3月
この世界の魔法使いには、4つの階級がある。
一定の質量、物量の物体を動かしたり浮かす事の出来る《一般級》。一般級に加え、火や水の発現と多少の空間操作や、自身の身体能力の上昇等々が可能な《上級》。そこから一気に飛び。
下2つに加え、不死に近い死の克服。広範囲の天候や地殻、時間の意図的な変動が可能な《特級》
そして、存在その物が世界を滅ぼしかねない《禁忌級》。
土煙に巻かれる中、地面にへたりと座り込むタナカの目の前。先程まで自分が働いていた会社が、瓦礫の山と化していた。
「タナカ!だいじょーぶ!?」
ガラガラと瓦礫を跳ね除けて飛び出す大きなアホ毛、山か這い出て来たのはあの、三日月の男の子だ。
──ほんの少し前──
月を引っこ抜いたら出て来た男の子。絶対に関わるとロクでも無い目に合うのは分かっていた。
しかし、だからと言って子供を見捨てる程、薄情じゃない。
男の子を連れて休憩室にやって来たタナカ。椅子に座らせたアホ毛の男の子に自販機のジュースを渡し、向き合う為に屈んだ。
「君の名前は? どこから来たの?」
「オイラは月からやって来た。名前は無いから好きに呼んだら良いぞ、おばさん」
興味津々に周りを見渡す男の子。もし仮に男の子が人間だとしたら、エルフの私は世代を超えた年増だろう。しかし、私はエルフの中でもずっと若いのだ。
「あ、あのね。私、タナカって名前でね?その…まだおばさんじゃないからお姉さんとかで呼んで欲しいかなぁ」
「うん分かった!タナカ!」
意地でもお姉さん呼びはしてくれないらしい。私の名前を聞いたのが嬉しいのか、犬の尻尾の様にアホ毛を振りながら無邪気な笑顔を向ける男の子。
顔を引き吊るタナカは「うん、それで良いよ」と言いながら立ち上がった。…とにかく今は、この子を何とかしなくてはいけない。
「少し待っててね~」
取りあえず警察に連絡するか…とタナカは、男の子を安心させる様に微笑んで見せて部屋を出ようとしたその時。
ガッ!
私は足が
転んだ所で、なんて事は無かった。だが、
「っ!え…?」
伸ばした手は床に着く事は無く、私の体は宙に浮いていたのだった。ゆっくりと落ちる体を床に着ける。
(コレは一体…この子の魔法なの? 浮遊魔法?いや、それにしては何か変…!)
驚きつつ体を起こそうと、腕に力を加えると再び体は、簡単に浮かび出す。「わっ!」と思わず声が出てしまう。
タナカは、実際に経験した浮遊魔法を思い出していた。体が浮かぶと言うより着てる服に引っ張られるあの感覚。今のコレとは明らかに違う。
明らかな異常。それも男の子の仕業だと言う事は考えるまでも無い。そして、何より──(何で…この魔法、魔力の放出が感じられないんだ…?)
フワフワと浮く中、何とか立ち直したタナカ。落ちる事無く引っ付く額の汗を拭えば、吸収されずに腕に
それを見たタナカは、コレが浮遊では無く、無重力が発生してるのだと理解した。
「セーフ!無事みたいだね!それじゃあ下すよ!」安心した様に言う男の子。
(っ!それはマズい…っ!!)男の子の言葉にタナカは、我に返った
「待っ──」
ズシッ!
重力が戻った、途端。
建物がゴゴゴッ!と揺れ出し、床や壁、天井にまでヒビが走り始め、ビルは今にも崩れそうになっていた。
当然だ。この建物はたった今、軽くなった重さの分、重力で落とされたのだから。
この世の誰も、無重力を想定して建物なんか建てちゃいない!
ガラッ!
男の子の頭上の天井が崩れ出した。男の子はそれに気付いて無い!
「危ない!!」
咄嗟に男の子の頭上に手を伸ばした私は、瓦礫に魔力を集中させて弾いた。
一秒でも早く男の子を助けようと飛び出す。しかし一瞬、遅かった。
タナカの足元が瞬く間に崩れ始め落ちて行こうとしていた。
瞬きをする間も悲鳴を上げる間もない。私の目には、全ての動きが遅く見え。男の子の顔色が徐々に変わり、何かを叫ぼうとしてる様子、その顔が瓦礫で隠れるまで見て取れた。
ふと、脳裏にまた別の記憶が蘇った。
奴隷時代。1人のエルフの魔力の暴走に巻き込まれた記憶。
私は無意識に、今の状況と過去を照らし合わせてしまい。男の子を助けようとした両手を、自分の両目に押し当てた。
手の中、固く閉じた目から溢れる涙。手を振り
(ああ…何してんだろ、私…あの子助けなきゃいけないのに…ほんと、ダメね)
諦めかけたその刹那。私の体は、魔法の光に包まれた。
そして──
気が付くと私は、ビルの外で、膝を崩して瓦礫の山を眺めていた。
騒然とする声に我に返った私は、辺りを見渡した。
なんと、隣接してる建物もビルと同じ様に崩れており。辺り一帯が自分と同じ様に唖然としてる人で溢れかえっていたのだ。
隣の飲食店の店主が居る事から全員が崩れた建物に居た人達なのだろう。
再び視線を戻せば土煙の波、瓦礫の中から平然と這い出る三日月の男の子の影が見えた。
しかし、不思議と恐怖心は無く。タナカは、もう昔とは違うんだと言い聞かせつつ、ただ呆然としていた。
重力を操るなんて聞いた事が無い。心配そうな様子で慌てて私に近付く三日月の男の子。
私個人の見立てでは、間違い無く《禁忌級》の魔法使いだ。
「タナカ!だいじょーぶ!?しっかりして!!」
耳が
(あぁ…私、これからどうなってしまうんだろう…)
ガクンガクン!と首を振らされる私は、今後の人生に内心嘆いていた。
これは───私、タナカが後に
月が回る 丫uhta @huuten
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