2月


「え、え?ぇえええ!?…え?はっはぁああ!?え!?ちょっ!?まっ! おいおいおいおいおいおい…!!」


 タナカは完全に取り乱していた。手の中の三日月と、さっきまで月のあった夜空を何度も見比べる。


(空に…無い!!こっちに…ある!! 無い!ある!無い!! あ、あるぅぅう!!)


 震える手で三日月をポケットに入れ、屋上から社内に魔法を駆使くしし、風の如く駆け戻ったタナカ。

 パソコンと向き合い。検索エンジンを開く。


 カタタタッカタカタン!


『月 取れた 対処法』


 当然、そんなワードが引っ掛かるハズも無く。煽る様な簡素なイラストと共に『不明』の文字がモニターに映し出されている。


(意味が分からない…え? いやマジで…何コレ…!?)


 ポケットから慎重に取り出した三日月を改めてマジマジと見つめる。


 浮いてるかの様に重さの感じない三日月は、冷たくも温かくも無く、苔に覆われた石の様な感触だ。


 不安と動揺で震えてると、目の端に残った仕事が映り、気持ちを切り替える為に徐々に意識を仕事に向け始める。


「ダメだ。私には分からないよ。…しっかりしなきゃ」


 自分では無理と判断したタナカ。明日、部長や社長やマトに会った時に相談しようと思い至り。モニターと向き合う。


 深呼吸をし。手の三日月を机に置くと、ぺチン!と自分の頬を叩いて仕事に集中しようとした。


 その時。ピコンピコンと目の端で三日月が跳ねた様に見え。バッ!と直ぐに振り向く。三日月は置かれたまま動く様子も無く。


「き、気の所為せい…?」


   ◆


「はぁ~!終わった~!」


 完成した資料の見直しも終わり、歓喜の声を上げるタナカは、背を反らしながら伸ばして、背凭れに深く身を預けた。


(いやぁ~久しかたここまで集中出来たなぁ~。そろそろ帰ろうかな…)


「…あっ!月は!? あれ?」


 月を思い出したタナカは、すぐに振り返るも、そこに置いていたハズの月は無く。


 どこだ!?と飛び上がる様に立ち上がり足元を見る。

 いつの間にか机から落ちた三日月は、床に突き刺さっていたのだった。


「え˝っ? 落ちるならまだしも突き刺さるなんて事ある!? …っ!あれ?」


 踏み潰されたカエルの断末魔だんまつまの様な声を上げるタナカは、慌てて床に突き刺さった三日月を拾おうとした。


 しかし、どう言う訳か三日月は、床から離れる事は無く。タナカが引っ張ろうと力を加える度に三日月は、ゴムの様に伸び始めたのだ。


「フンッ!ギニニニニィィ!!」


 歯を食い縛り、少しずつ後ろに下がりながら三日月を引っ張っていると、徐々に床が盛り上がり出し──スッポーン!


「おっ…わ!?」


 驚きに目を丸くして声を上げるタナカ。だが、タナカは三日月が抜けた事に驚いたのではなく、引っこ抜けた三日月から謎の男の子が出て来た事に驚いたのだった。


 うたた寝してる様に立ったまま目を閉じてる男の子。


 理解が追い付かず唖然とするタナカ。長く伸びた三日月から手を離し、男の子をマジマジと眺める。


(え…?誰?この子?)


 見慣れない異国の服を着る自分の腰程の身長の男の子。野菜の様に月から生えてきた事と、タナカの身長を優に超える三日月だったアホ毛を除けば、普通の人間に見える。


 疲れが溜まり過ぎて幻覚が見え始めたのかな?と少しの不安を抱きつつ、男の子を放置出来ないと、恐る恐る声を掛けてみる。


「お、おぉい…きみぃ~? だいじょぶぅ?」


 タナカの声に頭の三日月アホ毛がピコンと跳ね動き、ビクッとビビるタナカに対し。男の子は「ん…? ふわぁぁあぁ…」とグズる様に目を擦りながら欠伸あくびをして、目の前のタナカを涙の滲む目で見つめた。


「あ、あっ起きた。え、えーっと…君、大丈夫?」


「んぁ…? ここは、どこ?おばさんだぁれ?」


「おばっ…」


 眠たそうなけた声、私は男の子のおばさん発言に顔を引き吊らせていた。

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