わたしらしく

 ──数日後。

 今日は土曜日のため、学校は午前中のみ。いつも通りに授業を受けたあと、琴はとある場所へと向かっていた。悠斗が通っている大学だ。

 あのあと、何回かメッセージでやり取りをしていたのだが、とある質問を送ったことがきっかけになった。

 それは、将来の夢について。

 琴が「普通の人になりたい」と送ったあと、悠斗から「会って話そう」と返事があったのだ。

 スマホを取り出し、メッセージ画面を開く。


『もうすぐ着きます』


 送るとすぐに既読がつき「了解」と書かれた、あのシュールなクマが送られてきた。

 大きな建物が見えてくる。手前にはアーチ型の立派な門。その傍には、見知った人物が立っていた。


「悠斗さん」

「ごめんね。ここまで来てもらって」

「大丈夫です。ですが、入ってもいいんですか?」

「これがあればね」


 許可証と書かれたネームプレートだ。受け取ると、首から下げた。


「じゃあ行こっか」


 初めて大学に足を踏み入れる。高校とは違う雰囲気だ。広大で、建物そのものが大きい。何となくだが、自由を感じる。渡り廊下らしいところを歩き、校内へと入った。

 中には吹き抜けがあり、広々とした空間の至るところに光が差し込んでいる。壁沿いには作品が並べられており、その一つ一つに目を奪われた。


「あの中に僕の作品もあるよ」


 石膏、油絵、水彩画、漆工芸、ガラス工芸、様々な作品がある。どれだろうかと首を傾げていると、悠斗が笑う声が聞こえてきた。


「実は、琴ちゃんに見せたいものがあるんだ。それを見ればわかると思うよ」


 そうして案内されたのは教室。悠斗は鍵を開けて扉を開いた。どうぞ、と促され、おそるおそる中へ進んだ。

 長机がいくつか並べられ、知らない道具が綺麗に置かれている。嗅いだことのないにおいもあり、無意識に身体に力が入った。

 ここで何をしているのだろうか。辺りを見渡していると、中央にある机の上に何かが置かれていることに気が付いた。


「あれが、僕が見せたかったものだよ」


 悠斗がその机に近付いていき、置いてあったものを手に取ると琴に見せてくれた。

 綺麗なガラス細工。薄い黄緑色の枝に立っている青い鳥が、今にも羽ばたこうとしている。


「普通って、何だろうね」


 どきりと心臓が跳ねる。琴が送ったメッセージだ。

 悠斗は手に持っていた作品を机の上に戻すと、琴を見る。


「普通の人になりたいって気持ち、わかるよ。何で僕だけこんな姿なんだろう。周りの人達と同じ姿になりたいって、何度も思ったから」

「今でも思いますか?」

「思わない。僕にとっての普通は、この姿だから」


 初めて話した、あの雨の日のことを思い出す。そこでも悠斗は言っていた。僕は僕なのだと。


「周りとは違うから、僕はそれに合わせないといけないのか。違うよね。僕は僕らしく生きていいんだ。それは、琴ちゃんにも言えることだよ」

「……悠斗さんは、わたしのことを卑怯だと思いませんか?」


 脳内でいつもの記憶が再生された。クラスメイト達に糾弾される、あの記憶が。


「教科書も参考書も何もかも、覚えてるんです。テストも満点。能力のことを話すとクラスメイト全員に白い目で見られて、全部覚えているのは卑怯だ、カンニングと一緒だと言われました」


 涙が溢れ、頬を伝っていく。

 中学でも琴の能力のことはすぐに広まり、今の高校へ進学するときも冷たい目で見られた。


「ネット知識で申し訳ないけど、瞬間記憶能力って二つのパターンがあるらしいね」


 涙を拭い、悠斗の話に耳を傾ける。


「覚えた内容を応用することができるパターンと、覚えても応用は難しいパターン。琴ちゃんは前者なんだろうね」

「応用?」

「前者の人は、知能が高いみたい。つまり、琴ちゃんは頭がいいんだよ」


 自分では、覚えていることを応用しているのかすらわからない。問題を読めば、内容にあった記憶が瞬時に思い出され、詰まることなく解けてしまうのだ。それが応用になるのだろうか。


「何も卑怯じゃない。成績がいいことは、誇っていいんだよ」

「内容を全部覚えているのに?」

「覚えるために、教科書や参考書を見ているんだよね。それはもう勉強だよ。卑怯でもカンニング行為でも何でもない」


 琴ちゃん自身の力だ、と悠斗は目を細めて微笑んだ。


「この鳥はね、琴ちゃんは琴ちゃんらしく、自由にいろんなところに羽ばたいていけるよって、伝えたくて」


 悠斗から手渡されたガラス製の青い鳥。軽いようで、少し重たい。


「その能力は、琴ちゃんの努力があって初めて輝く。だから、琴ちゃんらしく生きて」



 * * *



「このバラの作品、悠斗さんのものですよね?」


 教室を出た二人は、吹き抜けの場所へと戻っていた。琴が指差しているのは、赤いバラの一輪挿し。すべてガラスでできている。


「正解。僕、ガラス工芸の仕事に就きたいんだ。ガラス工芸を取り扱っている店に行ってもらったことがあって。いろんな色があって、輝いててさ。自信をもらったんだ」


 周りの色と違っていても、悲観することはない。そう自信をもらったのだと悠斗は笑った。


「わたしも、悠斗さんと話して、前を見ることができるようになりました」


 ずっと、過去に囚われていた。卑怯だと、カンニング行為だと言われたあの日から。琴は口元を綻ばせた。

 しかし、記憶は永遠に残り続ける。何かの拍子に思い出し、落ち込むこともあるかもしれない。

 そのときは、悠斗の言葉を思い出そうと思う。今日、彼からもらった宝物の言葉を。

 

「夢も、見つけました」


 悠斗との会話から生まれた夢。琴が悠斗の言葉に救われたように、誰かの力になりたい。マイノリティーである琴だからこそわかる気持ちもあるかもしれないと、そう思ったのだ。──両親は反対するだろうが。


「琴ちゃんの夢、叶えられるといいね。応援してるよ」

「ありがとうございます」


 両親には、琴の能力だけではなく、琴自身を見てほしい。血のつながりもない、偶然出会っただけの悠斗が見てくれているように。頑張って、と背中を押してほしい。

 琴は、自由に、いろんなところへ羽ばたいていけるのだ。

 悠斗がくれた、あの鳥のように。

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ずっと、普通になりたかった。 神山れい @ko-yama0

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