女王と魔女の代理戦争

左原伊純

女王と魔女の代理戦争


 天に最も近い場所だと民たちが囁く柱のような崖で、ライリーは剣を持ち、そして覚悟を持って相手を見据えた。


 相手は千年以上続く魔術学校の教師にして、現役最強の魔女、イザベラだ。イザベラの上品なグレージュのローブが風にはためく。


 二人が立つ崖は、目が届く範囲だけがほぼ平らで、円形である。円の外には、空が広がり、落ちれば真っ逆さまだ。


 ライリーは剣を構えた。四つの宝石で打たれた剣は、魔法を弾く力を持つが、それには剣の使い手の腕が必要だ。


 ライリーは、王国の姫として産まれ物心つく前から、剣の修行に明け暮れた。国を継ぐ者が剣を受け継ぐ。王と王妃にはライリーしか子供がいなかったために、ライリーは次期女王になる運命だった。


「ライリー様、私は次期女王が相手であっても、手加減いたしません」


 イザベラの四つの宝石で作られた杖が輝く。


 ライリーは笑った。緊張が強すぎて、むしろ笑顔になるのだ。


「私に遠慮することなどない。貴女が私に手加減することを、私は良しとしない」


 ライリーは剣を下に構え、イザベラへ向かい、走る。


 イザベラの火の魔法で、辺りが赤い光に包まれ、崖の草花が燃える。


 ライリーの下から切り上げた剣が炎を切り裂き、ライリーは炎の壁から出た。


 イザベラは風の魔法を使い、ライリーの背後の炎をライリーに燃え移らせようとする。


 それに負けるライリーではない。ライリーは魔法の原点であるイザベラの杖の輝きを切り裂き、風魔法自体を消した。


 そして、ライリーは右下から左上へ切り上げる。魔法で身を軽くして後ろに避けたイザベラだが、ローブを切ることができた。


 イザベラが後ろに跳んだのは間違いだったと、ライリーはほくそ笑む。


 ライリーは前に踏み込み、上から剣を振り下ろす。イザベラの背後には崖の下の空が見える。


 イザベラは杖をぎゅっと握り、激流をライリーに浴びせかけた。ライリーは水流に押され、後方へ追いやられた。


 その上、鎧の下のドレスが水浸しになり、体に纏わりつき動きにくい。


 その隙にイザベラは氷魔法を出そうとする。


 このままではドレスごと凍ってしまう。


 空気が冷えてくる。さすがは最強の魔女である。魔法の発動が速い。


 負けるわけにいかない。


 ライリーは剣で自らのドレスを切り裂いた。


「まあ、なりふり構わないのですね」


 イザベラは少し驚いたように頬に手を当てた。


 ライリーはドレスを切り裂くことでドレスに纏わりついた魔法の水を乾かした。


 その代わりにストッキングを支える黒のレースのガーターベルトが露出してしまった。


 ライリーは負けじとイザベラを強い視線で見る。


「選ばれるのは、この私だ!」


 イザベラが顔をしかめる。


「貴女のような姫に務まるとは思いません」


「なんとでも言え!」


 二人は今、王国で最も強い者を決めるために戦っている。


 王国の最も強い者となれば、妖精の王の従者になるのだ。二人は勝つために、戦っている。


 ライリーが剣を両手で構え、イザベラが両手で杖を持ち、互いに最強の技をもって、向かい合った。ライリーの剣と、イザベラの杖が同じ白い色に輝く。


 そして、二人は駆けた。丘の真ん中で剣と杖を交えた。衝撃に二人とも吹っ飛び、それでも進み、何度も前進と後退を繰り返しながら、二人はどんどん消耗していく。


 ライリーは最後の力を振り絞る。これでとどめを刺せなければ、負ける。負けるわけにはいかないのだ。


 ライリーは叫びながら、剣に精神を集中させる。魔力切りの奥義だ。


 対するイザベラも苦しみながら、杖に精神を集中している。剣切りの奥義だ。


 二人は雄たけびを上げながら、美しい顔を歪めながら、髪を乱しながら、立ち向かい続ける。


 遂に、ライリーの剣が地に落ちた。ライリーは立てず、地面に崩れ落ちた。これでイザベラが妖精の眷属になってしまうのかと悔しく思いながらも、立ち上がれない。


「見事だった。負けを認めよう」


「貴女の勝利です」


 イザベラの言葉にライリーは驚いた。


 イザベラもライリーと同じで、全ての力を使い果たしたのである。


 これでは、どのように妖精の王の眷属を決めればよいのか。



 二人は、再び戦い、その戦いは七度に及んだが、一度も決着が付かなかった。


 それは、七度目の森の中の戦いの後のことだった。


 倒れ込んだ二人は、しばらく動けずにいたが、赤子の泣き声に気がついた。


 傷と疲労が嘘のように、赤子の泣き叫ぶ声を聞くやいなや、二人は立ち上がり赤子を探した。互いに剣も杖も地に置いたまま、丸腰だっま。


 鬱蒼と茂る木々の中、どこから声がするのかを探すのは大変だったが、二人は必死に手分けをした。


 赤子は、切り株の上に置かれたゆりかごの中にいた。双子であった。


 片方の赤子がお漏らしをして、もう片方はゆりかごから転げ落ちそうになった。ライリーはおもらしをした方を咄嗟に抱き、イザベラは転げ落ちそうになった方を咄嗟に抱いた。


「この子らは、捨て子か?」


「おそらくそうです」


 先ほどまで敵同士だった二人は顔を見合わせ、困った。果たして、どうすべきか。


『お前たち、戦いはどうしたのだ』


 声と同時に、妖精の王の使いが現れた。大きさは人の頭の大きさほどだが、一目見るだけで魔力の強さが分かる。


「この子らを放っておけというのか」


 それでもライリーはひるまず、妖精の王の使いに言い返した。


「捨て子ですよ。貴方の王様は、捨て子を見放すような方ではないのではありませんか」


 イザベラも言い返した。イザベラに王のことを言われ、妖精の王の使いは不愉快な顔をした。


『いいだろう。その子らを連れて帰るがよい』


 突如聞こえた妖精の王の声に、一番驚いていたのは妖精の王の使いだった。


『お主らは、同じ力を持つために、決着を付けることができぬ。ならば、赤子を一人ずつ連れ帰り、育てよ。そして成長した子らを戦わせ、決着を付けろ』


 ライリーは何も言えなかった。


 私らの代わりに何の罪もない子らを戦わせよと言うのかと、言葉も出ない。それはイザベラも同様のようであった。


『断れば、この子らを殺す』


 妖精の王に逆らうことができないことを、これほどまでに腹立たしく思うことは今までなかった。


「妖精の王よ、この子らを戦わせるが、貴方の眷属となるのは、私かイザベラなのだろうな?」


 ライリーはそれだけを問うので精いっぱいだった。


『よかろう。眷属にするのは、お前達のどちらかにしてやろう』


 この子らを見つけてしまったせいで、過酷な運命を負わせることとなってしまったのだ。腕の中の赤子を見る。二人とも男の子だ。なんて憐れな子なのだろうか。


「分かりました。この子を育てます」


 イザベラがはっきりと言ったことに、ライリーは驚いた。イザベラは腕の中の赤子をライリーに見せた。


「見なさい。この子の方が、そちらの子よりも魔力に秀でています」


 イザベラは魔法で二人の赤子の魔力を覗いたのである。


 イザベラは男の子を愛おしそうに見つめた。その瞳にライリーは驚く。見たことの無いイザベラの優しい瞳だ。


「貴女がそちらの子を抱いて、私がこの子を抱いたのは、恐らく偶然ではありません。そちらの男の子は剣の才能があります」


 ライリーは赤子をじっと見た。魔力を持たないライリーには分からないが、イザベラはつまらない嘘をつく者ではない。


「運命だと言うのか」


「おそらく」


 何の迷いもなく受け入れようとするイザベラのこういったところには敵わないと、ライリーは素直に思った。

 先ほどまで敵であったというのに。


 イザベラに迷いはない。

 彼女を見て、ライリーも決意した。


「分かった。私はこの赤子を育てる。貴女もその子を育てるというのだな」


「ええ」


 二人は顔を見合わせた。思えば、戦いではなく互いを見るのは、初めてであった。イザベラが清楚であり、知的な女性であることが、彼女の穏やかな顔を見て分かった。今まで何度も相対したというのに、初めて分かったのだ。


「健闘を祈る」


 ライリーは快活に笑った。

 二人は一人ずつ赤子を抱いて、一緒に森を抜けた。


「十七年後はどうだ」


「賛成です」


 その言葉を挨拶代わりに、ライリーは城へ、イザベラは魔術学校へ、正反対の道へ帰った。

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