第2話 雇ってください

 女の子はユージェニーと名乗った。


「私、実は家出中なんです。親が結婚結婚ってうるさくて。冒険者になって自立できたら、文句を言われなくなるって思ったんです。それで三日間帰らずにいたら、変な呪いをかけられてしまったんですよね。自分に向けられた刃物を、遠くに飛ばしてしまう呪い」

「何だそりゃ」

「侮らないでください。入団の空きがあったギルドに入りたくても、サインを書くペン先でアウトだったんですよ。ナイフですら強制的に使用不可なんて、どうやって生きていけばいいのですかー! お肉もお魚も、フォークだけでは食べられません!」


 生粋のお嬢様か。早く帰ってやれよ。


「家に帰ったらどうですか? 道中は護衛しますよ」 

「嫌です。護衛してくれる人もいないのに……って、あなたがしてくれるんですか?」

「だって、危ないじゃないですか。俺でよければ雇ってください。銅貨三枚でいいですよ」


 ただで引き受けると下心を疑われそうだから、最低限の対価はもらうぞ。一食分の代金くらい、お嬢様には楽勝で払えるよな。


 弱みにつけ込んで無理難題を押しつけようとしているつもりはない。貴族のコネでギルドへ入れる可能性に、目がくらんでいるだけだ。


 そんな考えを知らないユージェニーに、満面の笑みで両手を掴まれる。


「破格の値段ですねー! 採用しちゃいます! 私との距離感だけ気をつけてくださいねぇー?」

「はい! 頑張ります!」


 このときの俺は、護衛がどんなに厳しい仕事か想像していなかった。



 ⚔️⚔️⚔️



「うわあぁー!」

「きゃー! ブレイド様、大丈夫ですか?」

「まだやれます」


 森でスライムを斬った後に、呪いが発動してしまった。お嬢様を助けようとした相手ごと吹っ飛ばすなんて、非礼ではなかろうか。


 そりゃあ、大事なお嬢様の体がぬめぬめになったのは悪いと思っているけどさ。指一本触れてないんだからセーフだろ。妄想の材料にするのは勘弁してくれよな。


 だだ、剣の腕を買ってもらいたいのに、アピールできない状況は歯がゆい。


 俺はもう、剣士にこだわる必要はないってことかな。この際、格闘家にジョブチェンジしてもいいかもしれない。ナックルならユージェニーの呪いの範囲外だろうし。「蒼炎のブレイド」なんて大層な名前を捨てても、困る奴は……。


治癒ヒール


 俺の体が光に包まれる。

 吹っ飛ばされたときにできた傷が癒えていく。


「ブレイド様! 助けてくれたのに怪我させてごめんなさい! 護衛対象に殺されないように、気をつけてくださいね。私の剣士様」


 上目遣いで見られた目が焼けそうだ。

 ギルドの専属剣士に選ばれなくても、たった一人から求められるのは救いになる。


「いくらでもかかってこい。俺があんたを送り届けてやる。そのときには一緒に酒を飲んでくれよな」

「え? 私、未成年ですよ? ブレイド様より四つも年下なんですけどぉ」

「まじか!」


 発育よすぎだろうが。年上だと思って手を出さなくてよかったぁ。


 気を取り直して、街で腹ごしらえだ。手持ちの金を考えると、あまり高いところは入れない。女の子が怖くない店だと、あそこがいいかな。


 考え込んでいた俺は、門の壁に貼られていた紙を素通りした。「ユージェニー王女、失踪!」の見出しに気づいていれば、誘拐犯として投獄されずに済んだだろう。

 もっと人に話を聞いておくべきだと、後悔させられてばかりの生涯だ。

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ギルド追放された俺は、訳ありお嬢様の護衛になりました 羽間慧 @hazamakei

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