ギルド追放された俺は、訳ありお嬢様の護衛になりました

羽間慧

第1話 初耳なんだが

 美味しいものを食べれば、嫌なことは忘れると思った。


 俺は、いらない子。俺は、いらない、子。

 砂浜に波が打ち寄せるように、同じ言葉が繰り返し耳に響いてくる。


 仕事柄、所属していたパーティから追放される場面はよく出くわした。戦闘能力の低い者が絶望した顔は、何度見ても慣れない。


「無能がこのパーティにいる資格はない。荷物をまとめてさっさと出ていけ」


 酒場で料理を食べ尽くした後に、そういう話が切り出されていた。

 一週間の疲れを癒しに来る場所で、戦力外通告なんてやめてやれよ。同情しながら酒を飲み、俺はクビになるもんかと固く誓った。

 冒険者を引退するとしたら、かつて討伐できた低級モンスターに負けたときだ。年齢のせいで強いボスに負けたなんて、絶対に認めない。人間関係で辞めることも、負けたみたいで嫌だった。


 早朝からの鍛錬も、細かい栄養管理も、武器の手入れも、強くなるために続けていた。ダンジョン探索やクエストをこなしたおかげで、駆け出しのときに買った装備より、はるかに質が上がっていた。レアエネミーやボス戦でしか手に入らない素材を鍛冶屋に持っていったおかげだ。ゆらめく炎のような剣の模様から「蒼炎のブレイド」の異名で名を馳せ、ギルド内のいろんなパーティから助っ人に呼ばれていた。それが弱冠二十の剣士、期待のエースのブレイド様だった。


 そう。「だった」のだ。クエストの報酬をギルドでもらって帰ろうとしたとき、副ギルド長に呼ばれて来年度の契約更新の話になった。


「ブレイドさんとは来年度の契約を結びませんので、当ギルドで受けられるサービスは三月で終わりです。新しい所属先は決まっていますか?」


 決まっているも何も、初耳なんだが。確かに一年契約の書類は四月に事務員から渡され、サインを求められた。更新の有無についての欄は「しない」と表記されていたけれども。有期雇用が終わることを言っていたんじゃないのかよ。三年目までは一年契約で、四年目からは専属として雇ってもらえるはずだろ。少なくとも入団試験を受けたときは、そういう話だった。前の副ギルド長から聞いた話が真実なら。


 三年目の先輩冒険者達が違うギルドへ移籍していたのは、契約してもらえなかったからなのかな。四月の段階で、事務員か偉い人に契約書の内容を確認しておくんだった。いや。「次年度の契約はしません」と明確に言われたのは、今日が初めてだ。こういう場合、ギルド側にも責任はあるのか? 訴えて勝てる相手とは思えないけど。


 もう十一月も終わろうかというときに、クビになる事実を知るのは酷すぎる。年越しの準備を盛大にする計画を立てていたが、新しい雇用先を探さないと。冒険者割引が使えない上に、探索で手に入れた素材を商店に買い取ってもらえなくなる。ギルドのメンバーズカードの恩恵を、こんなときに痛感させられたくなかったぜ。


「いいえ。これから探します」

「ブレイドさんは高難度のクエストを達成されてきていますし、初心者からベテランのパーティから頼られていましたよね。契約したいギルドはほかにもあると思います。来年度の雇用先が決まらなければ、いろいろとツテはありますのでご相談ください」


 だったら来年も契約を結んでくれよ! ギルドの入団試験は、半期ごととか数ヶ月に一回ペースで行われるところがほとんどなんだぞ。商店か飲食店のアルバイトの求人が、運よく現れるとも限らないのに。副ギルド長のブローチに使われている羽を、むしり取ってやりたくなる。


 だが、実行に移せる度胸は、俺にはない。


「ありがとうございます。いろいろ探してみます」


 愛想よく微笑みつつも、心の中は笑えていなかった。


 俺は専属にする価値もない人間なのか。年々高くなる成功報酬が惜しいと思うほど、お荷物になっていたんだな。


 駄目だ、駄目だ。こんな後ろ向きな考えは。とりあえず肉食って、元気をつけよう。


 逃げるようにギルドを出た俺は、行きつけの料理店に入る。前菜より先にリブロースステーキを胃に収めた。


 噛みしめたときに溢れる肉汁が、生きていてよかったと実感させる。同時に、俺が食べて申し訳ないという思いも首をもたげた。


 トマトソースって、こんなに酸味が強かったかな。今日はもう楽しい気分で飯を食えそうにないや。


 うつむいた俺のテーブルに、ステーキナイフが刺さった。暗殺者スキルが使われた気配はなかったというのに。相当な手練と見た。


 近くのテーブルから女の子が駆け寄ってきた。たなびくロングヘアに見とれてしまう。


「ごめんなさーい! お怪我はありませんでしたか?」


 間延びした声だけ聞くと、幼く感じられる。だが、黒色のニットワンピースが浮き彫りにする曲線は、大人のものだった。正面に座られたら、机に載った胸の柔らかさに目が離せなくなりそうだ。


「お、俺は大丈夫です。お姉さんこそ怪我はないですか?」

「怪我はないですけどぉー。厄介な呪いをかけられてしまって、刃物と相性最悪なんですー!」


 俺よりも不運な人がいた。ナイフが使えないと、食事に支障が出る。一体どこで呪いをかけられたんだろう。

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