第20話 新たな一歩

デフリンピック本番まであと数週間。雅は全国大会の優勝を糧に、さらに厳しいトレーニングを積み重ねていた。これまで支えてくれた家族、仲間、そして次世代の子どもたちの思いを胸に、彼女は世界の舞台に立つ覚悟を固めていた。


最終調整


練習場では、高橋と佐藤が雅に最終的なアドバイスを送っていた。


「雅、デフリンピックではこれまで以上に強い選手たちと競うことになる。だけど、焦らず、自分の走りを信じるんだ。」

高橋は手話で、いつも通りの穏やかな表情で励ました。


「君のこれまでの努力を見てきた。君なら絶対に大丈夫だ。」

佐藤も雅の肩に手を置き、力強く頷いた。


雅は深呼吸をしながら、自分の心に問いかけた。


「私はここまで走ってきた。そのすべてを信じて、挑むだけ。」


出発の日


デフリンピック開催地への出発の日がやってきた。雅の家族、部活の仲間、学校の先生たちが駅に集まり、見送りに来てくれた。


「お姉ちゃん、世界一になって帰ってきてね!」

翔が手作りの応援メッセージを持ちながら、大きな声で叫ぶ。


「ありがとう、翔。全力で頑張るよ。」


母親は雅の手を握りながら、涙を浮かべて手話で伝えた。


「音がなくても、あなたの走りはきっと誰かの心に響くわ。信じて走ってきなさい。」


雅は感謝の気持ちを込めて家族に深く頭を下げた。


デフリンピックの舞台


開催地の競技場に足を踏み入れた雅は、そのスケールに圧倒された。広大なトラック、世界中から集まった選手たち、そして観客席を埋め尽くす人々。


「これが世界の舞台……。」


音がない世界でも、目に映る熱気は雅に大きな刺激を与えた。同じように聴覚障害を持つ選手たちが、力強く体を動かし、夢を追いかける姿は雅に勇気を与えた。


開会式での決意


デフリンピックの開会式では、各国の選手たちが笑顔で手話やジェスチャーを交わし合っていた。雅も日本代表のユニフォームをまとい、誇らしげにスタンドに手を振った。


その夜、選手村で美咲が雅に話しかけた。


「雅、いよいよだね。私たちの走りで、音がなくても何かを伝えられるって証明しよう。」


雅は美咲の言葉に強く頷いた。


「はい。私たちの走りが、世界中の誰かの心に届くように。」


スタートラインでの静寂


翌日、デフリンピックの100メートル競技が始まった。雅は予選を順調に勝ち進み、ついに決勝のスタートラインに立った。


隣のレーンには世界記録保持者の選手がいる。これまで以上に強いプレッシャーを感じながらも、雅は深呼吸をし、集中した。


「私は走れる。ここまで来たんだから。」


旗が振られる瞬間、雅はすべてを解き放つようにスタートを切った。


世界に届く走り


雅の走りは、これまでで最も美しく、力強かった。スタートダッシュ、中盤の加速、そしてラストスパート――全てが完璧に調和していた。


観客席の視線、仲間の応援、そして自分を信じる心。それらが雅の背中を押してくれる。


ゴールラインを駆け抜けた瞬間、雅は息を切らしながらも、笑顔を浮かべてタイムボードを見た。


「11秒7」


自己ベストをさらに更新し、堂々の3位。雅は世界の舞台でメダルを手にすることができた。


家族と仲間への報告


帰国後、雅は地元で開かれた祝賀会に参加した。家族や仲間、恩師たちが集まり、雅の功績を称えてくれた。


「私は音のない世界で走り続けてきました。でも、走ることで多くの人とつながることができました。」


雅は涙ながらに手話で挨拶をした。そしてノートに新たな目標を書き加えた。


「次は金メダルを目指して。」


新たな挑戦へ


音のない世界でも、雅の走りは確かに誰かの心に届いている。そして彼女の挑戦はまだ終わらない。これからも雅は走り続け、音を超えて広がる可能性を追い求めていくのだった。


「走ることで未来を切り拓く。」


雅の物語はここで一区切りを迎えるが、彼女の挑戦はこれからも続いていく。

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無走 ~音を知らないスプリンター~ 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92

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