Black or White?

七々瀬 咲蘭

第1話

 レーザービームが暗い夜空を焼き切るように伸びた。


 と思ったが、それはレーザーではない。

 ──宇宙船が惑星ジイメの宇宙港に発着する時に管制塔が発する光だった。


「うわぁ──!」

 あたしはママに連れられて初めてやってきた宇宙港のガラス張りの壁に貼りついて夜空を見上げる。


 隣星に帰る叔父さんを見送りにあたしは生まれて初めて宇宙ステーションに来ていた。

 見るもの全てが新鮮で物珍しくキョロキョロしているあたしにママは苦笑した。

「そろそろ帰るわよ、心愛ここあ

「うん。あっ、ママ。あれ──!」

「なぁに? あぁ──」

 あたしの視線の先に気づいてママは何故か表情を曇らせた。


 ちょうど最近発見された惑星ガーナからやってきた宇宙船がロビーにどっと茶色い人影を吐き出したところだったのだ。


「すごぉい──!」

 あたしはそのままラウンジに大人しく整然と並ぶその姿にすっかり心を奪われてしまった。

「チョコレート星人だぁ。初めて見た……」


 彼らは『チョコレート星人』と呼ばれる、ここ最近、この惑星ジイメで急速に普及している人形(ひとがた)の商品(スイーツ)である。

 動力源を必要とせず、いざとなれば極上ショコラの非常食となる彼等は発売日に売り切れ必至の人気商品だった。


 チョコレートのような褐色の肌にブラウンの髪をした彼らは、外見的にはなんら人間型生物ヒューマノイドとは変わりはない。

 しかし、惑星ガーナの工場で産み出される『チョコレート星人』は全身を陽光などから守る特殊な繊維で覆われたチョコレート様の植物生命体──つまり分類としては「スイーツ」なのであった。


「本当にあれが欲しいの? 心愛(ここあ)」

「うん──」

 生まれつき色素が薄く、光に当たることのできない体質のあたしは滅多に家から出ることはない。

 そのせいで骨も脆くなっているからという理由で、走ることも禁じられているほどの──自分で言うのも何だが筋金入りの真っ白な箱入り娘だ。


 なのでその日、あたしは初めて本物のチョコレート星人を見たのだった。資料画像で見るよりはるかに肌が艶やかで、その人工的な整った顔だちはあっという間にあたしを魅了した。


 あんなに真剣に何かをママにオネダリしたのは生まれて初めてだっただろう。

「チョコレート星人は簡単に割れたり溶けたりしちゃうのよ? 大切に扱わないといけないの。あなたにそれができるかしら──」

「大丈夫。わかってるってば!」

 ママは心なしか悲しそうにしていたが、結局はあたしの願いを叶えてくれた。


 宇宙港のパティスリーで入荷ホヤホヤのチョコレート星人を買ってもらったあたしは早速、帰りの車で背中にある黒子(ほくろ)状の起動ボタンを押した。

「うふふ……」

「よろしくお願いいたします。ご主人様」

 中身はチョコレートだけれども、その肌は特殊な繊維でコーティングされており、どう見てもそれはたっぷりと日焼けをした少年にしか見えない。


「ねぇ、あなたの名前は?」

「製造番号C-014174141です」

「それは名前とは言わないわ──」

 あたしは眉間にシワをよせて考え込んだ。


 チョコレートだから「チョコ」じゃ安直過ぎるわね──それにこの子には何だか似合わない。


 あ、そうだ!


「カカオっていうのはどうかしら。チョコレートの原料なの」

「ありがとうございます」

「じゃ、あなたのことはこれからカカオって呼ぶわ。よろしくね」

 あたしはカカオに右手を差し出した。


 あたしの真っ白な手がカカオの褐色の手に包まれる。


 うわ──!


 あったかい。でもこの子、あたしと違ってチョコレートで出来ているっていうんだからビックリよねぇ……。


 ◇◆◇


 それからあたしはチョコレート色の少年「カカオ」と生活することになった。

 特異体質のお陰で学校にもほとんど登校できないあたしは「カカオ」にすっかり夢中だった。

 なので不吉なニュース──美味で高額なチョコレート星人を狙い、襲っている組織があるという噂を聞きつけ、危険だからカカオは返品した方が良いんじゃないかというママの忠告はあたしの耳には全く入らなかったのだ。



「おやすみなさい」

 サラサラとあたしの目の前で赤銅(しゃくどう)色の髪の毛が揺れた。

 陽の光に当たることのできないあたしは、日の出とともに眠る。そんなあたしの生活リズムは高温に弱く、昼間の気温が負担になるカカオにもピッタリだった。

 カカオと挨拶を交わしたのは、そんな夜明け前──。


「……?」

 あたしは潜り込んだシーツから首をめぐらした。

「っ!」

 ドアを開けようとしたカカオの身体が奇妙に強張っている。

「隠れて下さい」

 カカオの落ち着いた、低い声が室内に響いた。



「!!」

 その時。

 ドアが乱暴に開き、手に光線銃を持った一人の男が乱入してきた。


 見たことのない、黒いコートの黒髪の中年男である。

 顔色は不健康なほど青白く表情がない。


「止まって下さい! 通報しますよ!」

 カカオは庇うようにあたしのベッドを背にして鋭い声をあげた。


「……騒ぐな。お前がここのチョコレート星人だな──?」

 男の口から不気味な言葉が漏れる。

「ひっ──!」

 あたしはシーツを掻き寄せて悲鳴をあげた。


 何コイツ!

 まさか! 噂に聞いていた、チョコレート星人を狙う輩なの!?


 バシュッ!


 鋭い破裂音が響いた。

 それとともにあたしの視界いっぱいに茶色い液体が飛び散る。


「イヤぁぁぁぁっ!」

 あたしの恐怖と絶望が混じりあった悲鳴と同時にベットリと白いシーツが茶色に染まった。


 カカオが糸の切れた人形のように床に転がり、鈍い音を立てる。

 甘ったるいチョコレートの香りで寝室が満たされた。


 白い床板に大きな茶色のシミが広がっていく。

「カカオ!」

 すすり泣きのような悲鳴をあげて、あたしはベッドから飛び降りた。


 ゴキッ!


「……っ!!」

 骨が砕ける鈍い音がして、あたしは全身を駆け巡る激痛に声にならない悲鳴をあげた。


 ベッドから飛び降りた弾みに骨を折ってしまったらしい。


 なんて──あたしの身体は脆いんだろう。

 なんとか腕だけで這いずりながら、あたしはカカオに近寄った。


「お前もか──チョコレート星人」

 ツルッとした光線銃の銃口があたしにも向けられる。


「え? あたしは……チョコレート星人じゃないわ!」

 肌を粟立たせながら、あたしは動かなくなったカカオにしがみついた。


「何を言っている。お前もチョコレート星人だろうが──」

 抑揚のない冷やかな口調で男は引き金に指をかける。


 その時。

「ぐわぁぁぁっ」

 男の身体がゴムまりのように空中でバウンドしたかと思うと、床に崩れ落ちた。


 隣の部屋に続く壁が上方へスライドする。

「ママ!」

 あたしは歓喜の声をあげた。


 大型のレーザー銃を構えたママがゆっくりと部屋の中に足を踏み入れる。

「あら? 心愛。足が折れてしまったの? だから言ったでしょ? チョコレート星人は割れやすいから気をつけなさいって──」

 ママはあたしを見て困ったように眉をしかめてみせた。


「え? ママ……それは──どういうこと?」

「私はあなたのママじゃないわ。

 あなたは私が特注した娘の記憶を植えつけたホワイトチョコレート星人」

「ホワイトチョコレート星人? ウソ! 嘘でしょ!?」

 あたしは呟いた。

 これは夢だ。きっと夢にちがいない。


 思わず頬に手をやってつねってみた。

 痛い──。


「痛覚があるわ。ママ、あたしは……あたしは人間ヒューマンよ!」

「チョコレート星人も痛覚はあるのよ。ウソなんかじゃないわ。これは現実なの。

 私の娘──心愛は三年前に亡くなってしまったわ。

 ほら、あなたの背中にも黒子があるでしょ? それが起動スイッチ。あなたがチョコレート星人である証拠よ……」

「そ──んな!」

 あたしは思わず背中に手を回した。

 鏡でしか見たことはないが、確かにあたしの背中には黒子がある。


「それにしても、足が折れてしまったのは困ったわね。今回、処分しようと思ったのはカカオだけだったのに。あなたもスイーツに回して新しいチョコレートを注文しようかしら……」

 ママの衝撃の告白にあたしの全身は小刻みに震え出す。


 あたしは──あたしも。

 チョコレート星人だったの?


 ママ!

 そしてあたしは……もう要らないの?

 そう思うと──胸が張り裂けそうに痛んだ。


「カカオはもうぐちゃぐちゃだから、その男が目覚めたらあげるとして、あなたは私が食べてあげるわね。

 ホワイトチョコレート星人の味は絶品だと聞くし、とても楽しみよ──心愛」

 ママはそう言うと微笑みながらあたしに電気銃を向けた。


 大好きだったママの蒼い瞳が冷たくあたしの姿を映し出す。

 心臓がツキンと跳ねあがった。


「ママ──!」

 轟音とともに、あたしの目の前が真っ白に弾け、痛みが爆発する。


 身体がズタズタに裂け、あたしの中から何かが流れ出していった──。


 ◇◆◇


「ついにチョコレート星人は原材料不足で生産中止ですって」

 スクリーンの惑星ニュースに目を通したあたしは、お茶のカップをカチャンと置いた。

「みたいですね」

 隣でお茶を取りかえに来た男が肩をすくめて短く応じる。


「チョコレート星人を乱獲するからよ。どれだけスイーツ好きなのかしら。人間って……」

「中毒性がありますからねぇ──」

「そうね。甘い誘惑には罠があるに決まってるのに」

 あたしの双眸がの中年男に向けられた。


「くくく……美味しく食べたチョコレートに実は捕食者だった人間の脳が逆に喰われて乗っ取られてしまう、なんて誰も想像がつかないでしょうから──」

 黒髪の、かつて「カカオ」とあたしが名づけた男は薄く笑った。


「宿主の記憶と同化しているあたしたちに気づく人間がいるとも思えないし」

「そうですねぇ──この惑星が既に我々の仲間が支配されているといわれても私は驚きませんが」

「まぁ、あたしはそんなことには興味がないんだけどなぁ」

 あたしは中年にさしかかり、たるみが出てきた自分の頬を愛しむように撫でた。


「ねぇ──あたしたちはずっと一緒よ、ママ……」

 そう呟くと、ホワイトチョコレートの欠片をあたしは口の中へ無造作に放り込んだのだった。


 《Fin》

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