エピローグ
あの日、切羽詰まっていて何か良い出会いがあるかもしれないなんていう希望を持って音楽バーへ行った。音楽バーへ行くのは趣味の1つだったのだけど、あの音楽バーへ行くのは初めてだった。大学の近くだったからいつでも行ける、と思って今まで行っていなかったのだ。
結果として、今このタイミングでこのバーへ足を踏み入れた自分を褒めまくった。まさか、ここであんなにも素敵な〝音〟と出会えるなんて思いもしなかったから――
カランコロンとベルの音を響かせながら、少し薄暗い青い照明のバー店内へと入るとよく知っている楽曲が演奏されていた。
バッヘルベルのカノン。音楽をやっているものならば一度は弾いたことがあるのではないか。音楽に疎くても、知っている人が多いだろう有名な曲。サビに差し掛かったところで、チェロの音がとてもよく響いて聞こえてきた。美しく、優しい音色。周りは、大人の人ばかりなのにチェロの人だけ、若い。その人に見覚えがあった。同じ大学の3年生。背が低い男性チェロ奏者、として少し学内で有名だった。情報はそれだけで、名前も何も知らない。名前を知らない、ということは成績上位者とかでもないのだろう。だけど、すごく上手い。周りのプロの大人たちに負けていない音だと思った。こんなにうまい人がなんで成績上位者の名前にいないのだろうか。先生もどうして、教えてくれなかったのか。
運命、だと思った。
大学外で、先生からの候補にもあがっていなかった逸材。私が探し求めている音だった。この人と一緒に、私の大好きな曲を奏でたい、と強く思ったのだ。声をかけてみれば、その人は当然私のことを知っていて驚いていた。絶対にこの人……沢渡くんに私たちの室内楽グループに入って欲しかった。
約束の日に、彼は本当に来てくれた。もしかしたら、来てくれないかもとも思っていたから嬉しかった。だけど、レッスン室で聞いた彼の音は私が見つけた彼の音と全然違くてショックだった。理由を知ってからは、彼が本番までにどうにか克服をしてくれることを祈りながら、共に室内楽を続けた。
私が最初、思っていた通り彼が入ってくれたことによって私たちは、無難なままで終わらなかった。彼は、自分のことをよく平凡で何もないと言っていたけれど、それが良いと思ったのだ。
私は、常に実技も筆記も学年トップだけどそれだけ。
親友の詩織のヴァイオリンは、とても自信に満ち溢れていて堂々としていて強い音を持っている。
同じくヴァイオリンの舞は、詩織とは正反対で繊細で優しく丁寧。性格も穏やかでガツガツしている私と詩織を抑える良いクッションになってくれると思った。
ヴィオラの城ケ崎くんは、見た目は体育会系なのに音色は優しくて繊細。
私たちはみんな、学年トップ10には入っていて上手くて良い音楽が奏でられるのは当然のレベルではあった。だけど、面白みがないと感じていた。私たちだけでは、きっとトップは取れなかったかもしれない。
そもそも、上野芸術大学の学生は元々上手な人たちの集まりなのだから上手いだけでは先へは進めない。何かが必要だった。それを持っているのが沢渡くんだと思ったのだ。真っ白で純粋な沢渡くんが、入ってくれることによって面白い化学反応が起きると思った。
そして、実際に沢渡くんが入ってくれたことによってどんどん良い方向へ進んでいった。私たちは音楽だけの繋がりではなくかけがえのない友達になれた。きっと4人だけだったならば、音楽だけの関係で終わっていたかもしれない。私と詩織は勝ちたい、という想いだけで音楽をやっていたから。音楽を楽しむ、なんてことすっかり忘れていたのだ。
大学に入ってからこんなにも音楽が楽しい、と思えたことは今までなかった。この気持ちを思いださせてくれた沢渡くんとみんなには感謝してもしきれない。
きっと、私たちは4年生になっても、その先もずっと5人で音楽を楽しんでいけるだろ。
了
共鳴-僕らを音楽が繋げてくれた- つゆり歩 @tsuyuri_0507
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