最終話「共鳴」

 気が付けば、怒涛に日々は過ぎて行き年が明けていた。

 俺は、年末年始に久しぶりに実家に帰った。親はびっくりしていたけど、俺の話しを最後までちゃんと聞いてくれた。3年生になってからの室内楽でとても素敵な人たちと出会えたこと、その人たちと一緒に学年トップの成績を取れたこと、この先もずっとチェロをやっていきたくて、プロになりたくて今よりももっと練習時間が欲しいこと。だから、今年からバイトの時間を減らしたい。音楽バーのバイトはチェロも弾けるしプロの人たちと一緒に演奏が出来て良いから辞めたくはないけど、コンビニは辞めたい。音楽バーも金、土、日だけにしたい。後1年分だけでも学費と生活費を支払って欲しい、とお願いをした。バイトの時間を減らしてその分、プロになるために練習時間に宛てたいのだ。全てを告げた時、心臓がバクバク鳴っていた。もし、勘当でもされたらどうしよう、なんてことまで思ってしまったくらいだ。

 今までこんな必死に親に何かお願いをしたことはなかったからか、親はすごく驚きつつも仕方ないわねと言いながら、承諾してくれた。正直びっくりした。こんなあっさり認めて貰えるなんて思いもしなかったから。それを言ったら親は、俺が途中でチェロを諦めるだろうと思っていたそうだ。どうせ諦めることにお金を出すなんて嫌だった。だから3年まで諦めずに、しかも学年トップまで取ったものだから俺がもうチェロを途中で投げ出すことはないと信じてくれてみたいだった。

 それから、ようやく俺のチェロに興味を持ってくれたのか2月のコンサートは見に行くからチケット送りなさいよと言ってくれて嬉しかった。

 ここまで本当に頑張って続けてきて良かった。


 年明け最初のバイトの日に、コンビニにバイトを辞めることを言いに行った。

 コンビニバイトも長く続けていたから、辞めるのは気が引けたが理由をちゃんと伝えればスタッフたちは応援してくれた。


 冬休み中に奏良の家に遊びに行った。その時、初めて奏良のお母さんに会ってびっくりした。


「バイト辞められたんだな!」

「うん、親もようやく認めてくれてさ。でも、音楽バーは良い刺激にもなるし続けるけどな」

「良いんじゃね? 俺も、母親に初めて文句言ってみた。妹弟たちが手伝ってくれるようになったとはいえ、限界はあるからさ自由奔放に生きるのいい加減にしろって。大ゲンカにはなったけど、最終的には認めてくれてもう少し家のことやる努力するって言ってくれたよ」

「良かったな。これで、お互い今年からプロに向けてより一層レッスンに励めるな」

「おう! あ、あとこれは言うべきかどうなのか迷ってたんだけどさー実は、中園さんとお付き合いをすることになりました!!」

「え!???」


 素直に俺は驚きの声をあげてしまった。確かに2人は、良い感じの雰囲気に見えることが多々あったが、まさか本当に恋人同士になるなんて……。


「いつから?」

「クリスマスに俺から告白した!!」

「すげぇ、さすが奏良だな! おめでとう。2人のことお似合いだって思ってたから応援してる!」

「ありがとな。中園さんさ、妹弟たちとも仲良くなってくれたからすげー助かってんの。付き合う前からも時々、家に遊びに来てくれたりしてさ。素敵な人だなって思って……」

「顔にやけすぎ」

「良いだろ~~あーでも、お互い音楽が1番なのには変わりねーから! グループ活動には影響させないから安心しろよ」

「それは、心配してないよ。いやーでもそっかー奏良と中園さんが……名前で呼び合ったりしてんのか?」

「まあ、な。2人きりの時だけな!! さすがにみんなの前ではまだ恥ずかしい!」


 にこにこと嬉しそうに笑いながら奏良はそう言った。


 冬休みが明けて、最初のグループレッスン日に俺と奏良はそれぞれの環境の変化を伝えた。奏良は、中園さんと付き合い出したことも話していた。2人は驚いてはいたが、女子高生のようにはしゃいでもいて奏良と中園さんは照れ臭そうにしていた。

 俺の環境の変化を聞いた真柴さんと中園さん、東宮さんは喜んでくれた。


「じゃあ、これから思う存分練習時間が取れるわね!」

「アマービレの最高の音楽を旧楽奏堂に響かせようね」

「楽しみすぎるねっ」

「俺も今までで1番のヴィオラ響かせるぜ~!!」

「俺だって、あの日のチェリストに負けない音で弾く」


 これから、俺たちは2月の旧楽奏堂でのコンサートに向けての準備を始める。旧楽奏堂でのコンサートは45分も時間を与えられているのだ。

 だから、今まで弾いてきたドヴォルザーク、シューマンのピアノ五重奏2楽章のIn modo d'una marcia. Un poco largamente、フォーレのピアノ五重奏曲第1番ニ短調作品89、そして真柴さんと中園さんの約束の曲、ブラームスのピアノ五重奏曲へ短調作品34を弾くことになった。ドヴォルザーク以外は久しぶりに弾くし、ブラームスは初めてになるから練習時間はたくさん欲しくて、去年以上に俺たちは空きコマや放課後などレッスン以外の時間に集まって練習をした。寮や大学のレッスン室の予約が取れない時は、前みたいに真柴さん家を借りたりもした。

 慣れない曲、初めての曲を短時間で完成させないといけないのは大変だったけど、とても素敵な時間だった。バイトも嫌いではなかったけど、音楽のためだけにこんなにも必死になれるのがとても嬉しかった。


 そうして、時間はあっという間に流れて行き2月の旧楽奏堂でのコンサート当日がやってきた。この日のために俺は上野芸術大学の音楽学部に入り、ずっとチェロを弾き続けてきたんだ。大好きな、思い出深いこの場所で今日、大好きな仲間たちと一緒に大好きな曲を弾くことが出来る。それは、なんて幸せな時間だろうか。


 じいちゃんに連れられてこの場所に来なければ、俺がチェロに魅了されていなければ、チェロを始めたとしてもどこかで挫折してしまっていたら、真柴さんが俺の音を見つけてくれなければ、ここまでこられなかった。


 1つ、1つの日々の積み重ねがあって今この瞬間をつくり出している。


 俺たちは、きっと音楽がなければ出会うことのなかった5人。生まれも育ちも価値観も、何もかもが違う5人が〝音楽〟を通して出会い共鳴した――


 暗いステージ袖から明るいステージ上へと歩を進める。じいちゃんに聞かせることは出来なかったけど俺は、はじまりのこの場所で、最高の音楽をこれから奏でて行く。


 この先も、ずっと音楽を愛し楽しみながら生きて行きたい。


 最初の1音がコンサートホールに美しく鳴り響き、最高の時間が幕を開けた――


                                        了

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