第5話「情状酌量の余地は、ネズミの餌」
樫村は私生児として生まれた。
母親は男にだらしない。物心つく前から暴力を奮われ、毎夜毎夜、違う男と淫らな行為に及んでいるのを強制的に見せつけられた。
小学校高学年の頃には、泥酔した母親に無理矢理ハジメテを奪われた。それ以降も、泣き叫び、嫌がっても無理矢理男女の関係──いいや、親近相姦を強要されたことで、女性というものが「恐怖」の対象でしかなくなったのだと、樫村は涙ながらに語った。
「成程。それで貴方は女性に対しトラウマを持ったと。だから、女性をレイプするなど有り得ない。そう仰りたいのですね?」
過去を思い出し、樫村は何度も何度も頷いた。
「ですが貴方は、アルコール中毒で錯乱し、包丁を持って襲い掛かってきた母親を誤って殺害してしまった。当時、貴方の生い立ちや精神状態も加味され、『正当防衛』として片付けられましたが……実際はそれだけではありませんよね? だって貴方は、母親の遺体に自らの『欲』を吐き出したのですから」
当時の新聞やニュースにもなっていない情報を口にする少年に向かって、樫村は信じられないといった目を向けた。
「貴方は母親という呪縛から解放されたことによって、自分を抑圧してきた存在を逆に征服したいという欲求が芽生えた。そして……その行為に快感を得てしまった」
事務的な口調で語られる内容が、あまりにも当時の自分の気持ちを的確に言い当てていることに樫村は青ざめた。
過去に背負った傷やトラウマ。
自分の育ってきた環境。
通常の裁判であれば、それらが『情状酌量』の余地を与えるか、もしくは『精神鑑定』へと回されるような内容だ。
けれど、ここは『裁判』とは名ばかりの、無法の場である。
自分がどうされるのか分からず、不安と恐怖で生唾を飲み込むと、少年の氷のような眼差しが突き刺さった。
「貴方は『女』への強い嫌悪感を抱きながらも、その反面、『女』を征服したいという欲望に駆られた。けれど、いざ女性と性的行為を行おうとしても、貴方は勃たない。それは何故か。生前の母親による性的虐待のフラッシュバック。「イヤだ」「ヤメて」と言っても止めて貰えず、玩ばれた記憶が蘇り、怯えてしまう。自分をこんな目に合わせた母親が憎い。女が憎い――そこで貴方は、『あの時』の興奮と快感を思い出した。母親の遺体を犯した時の『あの』興奮を……ね」
自分の全てが調べつくされていることを知って絶句した樫村に、少年は追い討ちをかけた。
「貴方は自分に反抗しない、玩具のような『死んだ』女性にだけ、性的興奮を覚える。だから……これまでの犠牲者たちも、殺した後で屍姦したというわけですね」
ここで肯定した途端、即、有罪判決になる。
梶村は答えるのを躊躇した。
しかし、時として、無言は肯定を意味する。
少年が最終的な決断をくだした。
「判決。有罪!」
言い終わるや否や、天井から透明のガラスに金細工を施した細長い円錐状の筒のようなものがワイヤーで吊るされ降りて来た。
尖端には小さな穴がある。
まるでコテカのような形をしたソレを少年は手にとると、どこから出て来たのか、全身黒タイツの男が虫かごのようなものを台の上に置いた。
ガサゴソと不気味な音を立て、更には「キィーキィー」「チューチュー」という鳴き声が聞こえる。
『まさ……か』
嫌な予感に樫村の背中に冷たいものが流れる。その想像通り、少年は虫かごから飢えたドブネズミを数匹取り出した。
腹を空かせたネズミたちはただでさえ苛立っているというのに、尻尾を持たれて逆さにされ、殺気立って暴れている。
「や……やめてくれ……」
目を見開き、掠れた声で懇願する彼に、少年は冷淡に言い放った。
「貴方も「やめて」と懇願しても、やめなかったじゃないですか。因果応報です」
手にしたネズミを陰部へと降ろし、その上からガラスの筒を嵌めた。
柔らかい『肉』を目にしたネズミたちは、すぐさまソレに歯を立てた。
「アギャァァァァァアッ」
吠えるような叫び声が響き渡る。
ガラスケースの中が真っ赤に染まる。
身悶え、涙も鼻水も垂れ流しながら泣き叫ぶ彼の姿を見ながら、会場内は「Bravo」「excellent」と、賞賛の声が上がり、拍手喝さいに包まれた。
「本日はこれにて。閉廷」
台の上にピンと背筋を伸ばして立ち上がった少年は綺麗にお辞儀をした。
拷問裁判~屑への鉄槌~ 小森 櫂 @yukainaousama
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