エピローグ
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◯ エピローグ
帰り道。家で待っている妹になんという言い訳をするかを考えながら、篠乃枝さんへの言葉を後回しにする言い訳にしていた。言い訳による言い訳の言い訳。
公園に死体は残っていない。
散々カッコつけておいてなんだけど秋堂さんにはおかえり頂いた。正しくは篠乃枝さんが僕にヒトゴロシをさせてくれなかった。殺すつもりなら貴方を殺してでも止めるとまで言われてしまっては力の差がある以上どうしようもない。彼女自身、人殺しには反対なのだ。
「もう、貴方の挑発には乗りませんからね」
そう冷たく言い放った彼女は何処か拗ねていた。ぼんやり月を見上げる秋堂さんはつまらなそうに鼻で笑うばかりでそれに答えようとはしなかった。
多分また戻ってくるし僕らの前にも現れそうだなぁーとか思いつつ、彼女が「僕のため」に自制心を効かせてくれることを祈る。なんて心もとないんだろう。
そもそもこ腕ひゅんひゅんとサッちゃんがいなくなり、タケルくんも妹の尻拭いをしないで良くなったからこれ以上この街で死体が生まれることはなくなっているワケだし、彼女があの怪物になる必要ももうなくなっている。
秋堂さんさえ引っ込んでくれればハッピーエンド、幸せに暮らせるってものなんだけど、
「……まぁ、なんていうかさ。今のお気持ちは……?」
「最低に決まってます」
「だよね……」
隣から漏れてくるオーラでそれは十分に伝わるし聞く必要もなかったけど、沈黙はやっぱり辛い。話のキャッチボールはやっぱり必要だと僕は思い知った。
「でもさ、僕としてはもっと君のことを知りたいからやっぱり『どんな食感だったのか』教えてくれない?」
すごい嫌な顔をされた。言葉で表現するのも心が折れそうなほど嫌な顔された。んなに嫌悪感を示すなら一緒にいなくていいのに……、ていうか僕の家に一緒に向かう理由なくない?
「はぁ……、別に美味しくも何ともないですよ……。……なんていうか、衝動的な感情で食べるからなんとか飲み込めるだけで、所詮はお肉です。なまにくです。さいあくです」
「……ほう」
「……冗談よ」
「わかりづらいな」
「ごめんなさい」
「…………」
むしろそんなことよりも会話が成立していることの方が驚きだった。
それも僕の質問にちゃんと答えてくれている。ありえない! ありえないけど……!!
「これがデレってやつですか!!」
「……はぁ?」
で、これがツンってやつですね!
「相変わらず意味わかんない……」
呆れた篠乃枝さんの足取りはゆっくりだけどあるが重くはない。なんだか不思議と不機嫌そうには思えなかった。
「ねぇ、篠乃枝さんは僕を殺すの?」
だから思い切って一応尋ねてみることにした。
もしかしたらこのまま家に着くまでに命が終わるかもしれないから。
「……どうして?」
「篠乃枝さんの正体を知ってわけだしさ。身の安全のために? 通報とかするかもよ?」
「どうかしら、あなたが私のことを誰かに話すというのであればそれも考えなきゃいけないけど、あなた、私のことが好きなんでしょう?」
振り返り、まっすぐに僕を見つける彼女の瞳は綺麗だった。
……いや、そうじゃなくて。
「……ん?」
予想外の質問に僕が困惑していた。
自然と足は止まり、二人で立ち止まることになる。
「……違うの?」
何気ない感じに首をかしげる篠乃枝さんだけど、健全な男子高校背にとってその質問はとてもとても恥ずかしいものがある。
面と向かって「好きですか?」と聞かれて「おういえー、愛してるぜベイベー」なんて言えるようなら全国の少年少女は何も悩まないだろう。
「あ、あ、あー……?」
だから僕も答えに困った。
「なによ、さっきのあれってそういう意味じゃなかったの?」
なんか流れに任せてそれっぽいことを言った気もするけど、あれ? そんな風に取られてるわけ……? そもそも彼女がその件に関して頬を赤らめていることも意味がわからない。
あれか、今日まで過ごしてきた非日常。吊り橋効果で感情が高まってたとか……?
確かに少年漫画的にはヒーローとヒロインが結ばれるには十分なアレコレを乗り越えてきていて、条件を満たしているとも言えなくもない。
……多分。
ならば、それを打ち砕き、驚いた表情を見たいのが僕の本音って奴でぇ……???
「あ、それ誤解です」
「…………」
なんていうか、家には恐ろしい妹が待っているので恋人ができたりしたらガチで命を狙われかねない。僕と篠乃枝さん、どちらかは明日の朝日を拝めないだろう。
「あ、そ……。別にそれはそれで構わないわ。……私は私で貴方のこと、好きになったから」
「……へ、へー……」
思いのほかに押しの強い篠乃枝さんに僕はドギマギする。
こっちの方が素なんだろうか。事件に巻き込まれてる間はそれなりにプレシャーを感じていたとか? ……だとするとこれから先が思いやられるなぁ……。
「さ、行きましょう。お義母様にご挨拶しなくちゃ」
「え、ちょ、ちょっと待って篠乃枝さん? お母様じゃなくてお義母様だったよ!? 伝わらないけど変な文字挟まってたよ!?」
「だってあなた私の傍にいてくれるんでしょう? 心もとないけれど、そう言ってくれたのだから信じるわ。逃げ出さないでね?」
「わ、わー……」
なんとも俄かに信じられない展開だけど、猫は孤独な人に寄り添うらしいから、
「しかたないなぁ……」
僕は笑ってついていく。
結局、彼女が化け物なのかもしれないけれど結局は一人の女の子で一人のヒトだった。そしてあの秋堂という男も。化け物という殻を被った唯のヒトなんだろう。そんなもの彼方此方にあふれていて、化け物なんてモノを作り出すのは人の認識なのだ。
少し体が大きくなって、人を食べるようなことがあっても、それは人なんだろう。
そんな人とは呼べないかもしれない人々を受け入れる器量は誰にだってある。
少なくとも僕には、化け物と一緒に生きていくつもりがある。
そして自分自身が変わっているという自意識がある限り、彼らを見ることで少しだけ安堵することができる。自分は普通なんだと。化け物とはその免罪符の事なんだろう。
「ふへへ」
「相変わらず気持ち悪い人ですね。頭、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないんじゃないかな?」
「はぁ……、先が思いやれますね」
隣を歩くヒトゴロシを見て、僕は静かに笑った。
ヒトゴロシとバケモノと、どうせイコールで繋がらなくとも変わり者には違いないか。
明日からこの町で、死体が見つからないことを切に願おう。
嘘だけど。
【 終 】
死体の見えない彼女とこの街の人殺しについて 葵依幸 @aoi_kou
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