『予言の経済学』巫女姫の寝室

のらふくろう

第1話 逢瀬の間

【前書】

本編十章『レガシーコスト』第三話をアルフィーナ視点で描いたものです。

https://kakuyomu.jp/works/16818093088190195970/episodes/16818093088692211194




 その日、私は巫女姫としての務めに向かう支度をしていました。お父様とお母様が私を生んでくれた意味を証明するため、自らに課した勤めです。


 水晶の災厄は恐ろしいですが、今はリカルド君と多くの人が支えてくれます。リカルド君と皆を守るために私が出来る勤めを果たさなければなりません。


 それに…………今夜はすこし特別です。水晶の測定のためリカルド君が一緒なのです。最近はお屋敷ではミーア、研究棟ではメイティールがリカルド君と一緒のことが多いので、二人だけでお話しできる時間がほとんどありません。


 お役目はおろそかにはできませんけど、少しだけでも二人だけの時間が出来たら、そう期待してしまいます。


「アルフィーナ。今宵のことで少し話がある」


 叔母様から呼ばれたのは支度を終えた時でした。アルフィーではなくアルフィーナと呼ばれたということは政のお話ということです。


 私は緊張して叔母様の執務室に向かいました。


 …………


「水晶の間の隣にあるお部屋の意味ですか?」


 私は首を傾げた。聖堂で生活する巫女姫のための私的な部屋と聞いています。私は叔母様のお屋敷から通うので使ったことはありません。


「実はあの部屋には隠れた役割があってじゃな。それはつまり……」


 叔母さまが珍しく言葉を濁しました。


 あの部屋が歴代巫女姫により愛人との逢瀬に使われていたことを初めて知りました。大事なお勤めを行う部屋の隣でそのようなことが行われていたなんて……。


「そういう事情ゆえ、あの部屋ではルィーツアかクラウディアを一緒にさせるべきということになる」

「……どうしてもそうしなければならないのでしょうか」


 思わずそう口にしてしまいました。不謹慎だとわかっていても、期待していた時間が無くなってしまうのは悲しいのです。


「ふむ。つまりアルフィーナはあのような目的の部屋でリカルドと二人になることを厭わぬと」

「…………そ、そのような意味ではありません。最近はリカルド君と二人でお話する機会がないので……」


 叔母様の言葉に頬に血が上ります。これではまるで私が逢瀬を期待しているようです。


「これは意地悪な言い方になったな。実はな…………妾も、いや王国もと言うべきか、アルフィーナとリカルドをあの場所で二人にする事、悪くないと思うておる」

「あの、それは一体いったいどのような意味でしょうか」


 気がつけば叔母様は大公としての顔になっています。


「王国にとってリカルドが極めて重要であることは分かるな。万が一にもメイティール皇女などに靡かれてはこまる、そういうことじゃ」


 叔母様は扇子を口に当てました。メイティールという名に心がざわつきます。リカルド君がもし帝国に行ってしまったら大変です。メイティール殿下はとても積極的ですし。それに研究棟ではリカルド君とあんなに親しげに……。


 ですが今の話にどのような関係があるのでしょう。


「リカルドを王国に繋ぎとめるためあの部屋でアルフィーナに働いてほしい、と言ったらそなたはどう思う」


 言葉の意味を理解するのに少し時間がかかりました。つまり王国とリカルド君の結びつきを強めるために私が…………。


 政のお話なのに頬が勝手に熱くなります。もし王族としての義務と、リカルド君とのそのようなことが重なるなら、それはどんなに…………。


「ですが王国にこれほど尽くしてくれているリカルド君を……篭絡するようなことは好ましくないと思います」

「むろん無理に迫る必要はない。というよりアルフィーナにそのような手管が用いれるとは思っておらぬ。要するにそなたとリカルドの関係が少しでも強く成ればよいという話じゃ。ただ場所が場所ゆえ、仲良くなりすぎることも、のう」


 あの部屋の隠された役割を説明して、そしてリカルド君にその様に求められた場合の話の様です。それならば許されるのではないでしょうか。


「はい。リカルド君がそう望んでくれるなら」

「そうか。じゃが寝所での男の振る舞いは日頃の行いからは見えぬもの。豹変して女を乱暴に扱う不届者もおるでな」

「リカルド君はとても優しいですから。その様なことはないと思います」

「そうは言ってもな……。いや確かにむしろ手を出してこぬ懸念の方がか。わかった。ルィーツア、例の物を」

「アルフィーナ様これをどうぞ」

「書物ですか?」

「閨での作法について書かれたものです。馬車の中で目を通されるのが宜しいかと」

「分かりました。そのようにします」


 私は薄い書物を受け取ると、馬車に向かいました。


 …………


 馬車の中で書物を開きます。王族や貴族の娘の初夜の作法が段階的に書かれています。私は巫女姫となることが決まっていたため無縁でしたが、普通は月のものが来る前に教えられることなのでしょう。


 作法としてはまず口づけを捧げて……。


「リカルドくんとキス……」


 自分の指が唇に触れていることに気が付き、はしたなさに頬が熱くなります。それより先の作法となれば…………。


 そもそもリカルド君が私を求めてくれるというのは期待しすぎです。


 今夜はせめてミーアのように名前だけで「アルフィーナ」と呼んでもらえれば満足です。叔母様も「とにかく少しでも仲を深めればいいのじゃ」と言っていました。


 でももし……もしも……そうなったら?


 その時の私は信じていました。もしそういう事になってもリカルドくんならきっと優しくしてくれる。書物に書かれている様に安心して身を委ねれば良いのだと。


 それが何も知らない乙女の空想に過ぎなかったことを知るには時間はかかりませんでした。


 …………


「アルフィーナ」


 水晶の間の隣室で二人きり。私の願い通りにリカルド君が名前で呼んでくれます。彼の手が頬に触れました。心臓が跳ねました。もしかして本当に求められるのでしょうか。


 私はリカルド君の手に、自分の手を重ねました。


 作法ならこのまま口づけ……。


「えっ!?」


 気がつけばベッドに押し倒されていました。リカルド君の手は頬から首筋を伝い、衣の中におりてきます。書物と作法が全然違います。


 男の子の力強い手がわたしの肩を強く握って、絶対に逃さないって言われているよう。いつものリカルド君と違う表情が少し怖い。


 でも彼が望んでくれるなら、私は…………。


 …………


「あの小僧め。いきなり衣の中に手を入れてきたとなっ!!」


 バンっ、という音が部屋に響きました。扇子で机を打った叔母様は肩をわなわなと震わせています。


 水晶の間から戻った後、私は叔母様に昨夜のことを聞かれました。恥ずかしいけど、政であることはわかっていますので答えなければなりません。


「伯母上様、此度のことはいわば私共が……」

「ルィーツア。分かっておる。妾たちが仕組んだのじゃから責めるわけにもいかん。むしろ全く手を出してこぬよりは……。じゃがアルフィー、怖くなかったか。かように無作法に迫られては……」

「……確かに少し驚いてしまいました」


 あの時のことを思い出します。リカルド君の力強い手、私を見る瞳の光、いつもと全く違う彼に私は……。


「ですが思うのです。作法通りに優しくしてくれる殿方より、この人になら閨の中でどのようにされても、そうと思える人と結ばれることが幸せではないかと」


 リカルド君の立場を悪くしたくない一心で私はそう口にしました。


「…………」「…………」


 扇子で口を覆った叔母様と、すっと目を逸らしたルィーツア。壊れた扇子の隙間から叔母様の口元がこわばっているのが見えます。いつも冷静なルィーツアの白い頬が少し赤くなっているような……。


「ま、まあそういう考え方も、ありかもじゃのう。ほほほっ」

「そうですね。その考えようによっては……」


 二人の表情を見て自分が口走った言葉の意味にやっと気がつきました。熱くなった頬を隠すため顔を伏せました。


 でも仕方がないのです。私はあの時きっと、あの時間が続いてくれることを望んでいたから。







【後書】

2024年11月30日:

カクヨム投稿にアルフィーナサイドを一つ書いてみました。本編とはちょっと毛色の違う雰囲気を目指してみましたがどうだったでしょうか?

よろしければコメントなどお願いします。


第二話については現在未定となります。

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