第3話:前編 水晶の間
俺たちの前には真っ黒な感魔板が置かれていた。年輪サンプルを左右に、感魔板を上下に移動させながら測定した結果だ。
年輪から引き出した魔力を直接イーリスにかけても、なんのデータも得られない。年輪の魔力量はクズ魔結晶よりもずっと少ない上に、魔結晶と違って人間が魔力を引き出すための手順が確立しているわけではない。雑多な波長が混じった魔力というのは、魔力の通りを阻害するという点を考えればなおさらだ。
「予想通りと言えば予想通りじゃな」
フルシーの言葉に俺たちは頷いた。問題はこれを打開する方法だ。
「年輪を年ごとに切り離してそれから魔力を発している成分を抽出する。これなら、年輪そのものよりも濃縮したサンプルを使える」
幅1センチメートルの年輪の棒なら、年輪一年分が5ミリメートルとして、ざっくり0.5立方センチメートルのサンプル。しかも、スリットを通して測定器に向かう魔力の量は更に少ない。だが、この方法なら年輪を丸々一回り使うことが出来る。抽出したサンプルを濃縮すれば、さらに濃縮できる。手間はもとより、データの統一がずっと難しくなるが。
「具体的には魔力触媒を抽出した時と同じ方法じゃな」
「なるほどね。抽出の各段階でもイーリス1号の性能が活かせるわね」
「ヴィナルディアに手伝ってもらわないといけないわ」
俺の提案を三人が検討し始める。「このままじゃ魔力触媒が主商品になっちゃうじゃない」と言っていたヴィナルディアには申し訳ないが手伝ってもらおう。
「リカルドくん」
背後から控えめな声が掛けられた。振り返ると、アルフィーナが申し訳なさそうに立っていた。
「あっ時間……。す、すいません」
今日は水晶の測定の為に聖堂に向かう日だ。今抱えている課題の中で最優先のタスクである。
「イーリス1号の準備は出来てるわ。分かってると思うけれど精密な機械だから扱いには気をつけてね」
ノエルが梱包済みのイーリス1号を俺に渡してくれる。
「ノエルが着いてきてくれれば良いんだけど……」
最初はノエルが同行するはずだったのだ、だが俺が自分の目でも確認したいと言い張った。一次情報は大事だ。ところが、今度はノエルの方に用事が出来た。
「私は魔導寮に設置するイーリス2号の調整で忙しいから……」
ノエルが作りかけの魔力波長測定器をみた。2号は魔導寮から西の魔脈観測所に送られ、現時点での魔脈のスペクトラム分析にも使われる予定だ。
「じゃあ私がいくって言うのは?」
「メイティール殿下それは……」
アルフィーナが困った顔になる。
「測定結果を見せるかどうかだけでも政治的な大問題なんだよ。連れて行くなんて出来るわけないだろう」
俺はいった。
「だったらせめて毎日ここにこれるようにしてよ。イーリス1号に関して私の貢献は明白。リカルドだってその方が良いでしょ。私と毎日会えるのだから」
「そのことは頼んでいるって……」
俺は待たせているアルフィーナが気になる。
「一緒に住んでる二人と違って、私はここでしか会えないんだから、ここに居る時は私を優先するべきじゃない?」
メイティールはふくれて見せた。
「……それに、水晶から予言が出るのって夜中なんでしょ」
メイティールは俺とアルフィーナを意味深な目で見る。何を言い出すんだ?
「つまり、夜、狭い部屋にずっと二人っきりなんでしょ」
「馬鹿言うな。いいか、場所は神聖な聖堂だぞ。第一、二人っきりじゃない」
俺はアルフィーナの背後を振り返った。クラウディアとルィーツアがそろい踏みだ。
「とにかく、年輪のことを頼むよ。魔力のことに関しては頼りにしてるんだから」
「あらら、また道具扱いかしら。まあ、リカルドがいうのなら仕方がないわね。成功の暁には……次はフレンチトーストでいいわ」
メイティールがにやっと笑った。
「山盛りのサラダ付きでな」
俺は言い返した。
◇◇
王宮の隣に立つ聖堂のステンドグラスが両側に並ぶ廊下を、俺達は奥へ奥へと進んでいた。道行く神官達が紺の神官服に着替えたアルフィーナに頭を垂れる。その隣の俺に何も言われないのは、通達が行き届いているのだろう。
「思ったよりも早く許可が出て安心しました」
水晶の測定の許可は早急に出た。クレイグとエウフィリアが約束通り全力を尽くしてくれたのは間違いないだろう。一方、帝国との対魔獣技術開発の協定はまだ進んでいない。帝国に伝える案を、王宮の中で話し合っているレベルのはずだ。
「リカルドくんはメイティール殿下と……そのずいぶんと打ち解けていますね。呼び捨てですし」
「皇族が平民を呼び捨てにするのは普通では?」
「それは……そうかも知れませんけど」
アルフィーナは俺が同級生と言うことで「リカルドくん」だ。これが普通ではないと思う。まあ、この呼ばれ方は嫌いではないけど。
突き当たりがT字になっている。アルフィーナが右に曲がる。ついて行こうとした俺の前に三人の女性神官が立ちはだかった。
「この先は男子禁制の聖域です」
真ん中の年配の女性神官が俺に言った。
「えっ、いやそんなこと言われても……」
俺は手に抱えたイーリス1号を持ち上げた。測定はどうするんだ。
「ヴィンダー君はこっちよ」
ルィーツアが俺を反対側の通路に案内する。アルフィーナは一度俺に振り返るが、クラウディアに促されて進んでいく。
訳が解らないまま俺はルィーツアについて通路を進む。角を曲がると窓のない狭い通路。その奥に、大きな閂かかったドアがある。ルィーツアが錠を外す。そして、少し進むとまた錠の掛ったドア。やたらと厳重だ。一体何の場所だ?
ルィーツアが扉が開く、俺は促されるままに中に入る。一見普通の部屋だ。広さは、アルフィーナの私室よりも少し狭いくらいか。
「なあ、この部屋……。っておい」
振り返った俺は慌てた。ルィーツアが俺を残してドアを閉めようとしているのだ。俺は慌ててドアに駆け寄るが、その目の前で無情にドアが閉じた。ドアの裏で錠を下ろすガチャッという音がした。
「この部屋で、この部屋であるべき何が起こっても、私や大公閣下が対処しますから。そのつもりで」
ドアの向こうから意味不明な言葉が聞こえてきた。何がってなんだ? 俺は水晶の測定に来たんだぞ。そもそも、この部屋で起こるべきことってなんだよ。
水晶が何かするのか? そんな特別な秘密があるなら事前に教えてくれないと実験計画に支障を来すのだが。
改めて部屋を見渡す。まず気がつくのが普通の窓が一つもないこと。天井に明かり取りの小さな窓があるだけだ。部屋の四方にランプがひかっている。
壁はタペストリーのような物で被われ、絨毯も厚めだから貴族の部屋と言う感じだが、あまり使われていないのかどこかくすんでいる。部屋の奥には天蓋付きのベッド。よく見ると、ベッドの横にもう一つドアがある。
仮面をかぶせられた王の双子の弟とかが監禁されてそうな感じの部屋だな。
「仕方ないか……」
俺はベッドの横にあるテーブルに持ってきたイーリス1号を置いた。テーブルがあっても椅子がない。俺がベッドの向こうを探そうとすると、すぐ近くにコンコンという音がした。びくっとして振り返る。
「……あの。リカルドくん。来ていますか」
ベッドの横のドアの向こうから小さな声が聞こえた。その声にホッとした。
「アルフィーナ様。はい、います」
ドアがゆっくりと開き、アルフィーナが顔を出した。隙間から彼女のいる側の空間が見える。すぐ向こうに石壁があるからあまり広くはなさそうだ。祭壇のような物に、球形の透明な物体が乗っているのが見える。アルフィーナがいることを考えると、どうやら向こうが水晶の間だろうか。
となると、ここは巫女姫の控え室みたいなところかもしれない。
……なんで、別の入り口から入るみたいな作りになってるんだ?
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