守りたいだけ

黒羽カラス

第1話 みんなの場所

 古ぼけた木造校舎の音楽室に子供達が集まっていた。誰もが不満そうな顔で口を閉ざし、それとなく相手の顔色をうかがう。三分を超える膠着こうちゃく状態が続いていた。

 均衡きんこうを破るようにおさげの女子が駆け込んできた。一目で状況を理解して男子達の元へ速足で向かう。

「呼び出したのは誰よ」

「オレだけど」

 大柄な男子が片手を挙げた。半袖から見える腕は小学生に思えないほど太く、腕っぷしの強さを誇示こじしているようだった。

 改めて一同に目をやると丸刈りに近い頭をきながら言った。

「お前ら、呼ばれた理由はわかっているよな」

 おさげの女子だけにとどまらない。大柄な男子は鋭い目をその場の全員に向けた。本人に脅す意図がなくても十分すぎる程の威嚇いかくとなった。発言は得られず、視線が合わないように露骨に下を向く者もいた。

「わかっているけど、やり方がわからないじゃない。どうすればいいのよ」

 おさげの女子が代表となって大柄な男子に率直な意見をぶつけた。

「それをこれからみんなで考えるんだよ」

「……だって、怖いんだもん」

 その呟きに全員の目が一人に集まる。おかっぱ頭の女子は俯き加減で表情がはっきりしない。両脚を抱えた座り方で前後に揺れていた。

「なんでだよ」

「木本君は、その時にいなかったからわからないんだよ。岡崎さんなら、わかるよね?」

 話を振られたおさげの女子、岡崎は軽く頷いた。

「一緒に見たからね。ヘンなマスクをしていた。ホラー映画に悪役で登場しそうなヤツだった」

「そう、それ。その人は土足で校舎の中を歩き回って、泥棒みたいに物を引っ張り出していたんだよ。そんな相手を木本君は、どうにかできると思うの?」

「オレ、見てないし。お前らが大げさに怖がってるだけかもしれないだろ」

「……わたしも、見たことがあるんだけど」

 壁際に立っていた女子が目を伏せた状態で口を開いた。

 木本は劣勢の立場ながらも声を強めた。

「それもマスクなのかよ」

「マスクじゃないけど、ヘンな道具をいっぱい持ってた」

「それって数字が表示される四角い機械とか?」

 小柄な男子が弱々しい笑みでいた。

「それかも。凄い嫌な音をさせて、わたしの方に近付いてきた。どこに逃げたらいいのかわからなくなって、目をキョロキョロさせていたら……。側にいて、機械を顔に押し付けようとしたから慌てて逃げたよ」

「あれって女性の悲鳴みたいな音だよね。ボクもあの音や強い光を浴びせられたことがあるから、その怖いって気持ちはよくわかるよ」

「だから、今度はオレ達があいつらをビビらせて追い返せばいいんだろ」

 興奮して小鼻を膨らませた木本に一人の男子が勢いよく立ち上がった。細身ながら背はかなり高く、意を決したような顔で詰め寄った。

「ここにくる連中の話を隠れて聞いたことがあるんだ。こうなった原因は木本、お前にあるんだよ」

「なんでだよ。そんなわけあるかよ。オレだってお前らと同じだぞ」

「最初に一人できたヤツを、お前が驚かせた。あれからだ。人がたくさん押し掛けてくるようになったのは。たぶん噂になって今の状態になったんだ。違うなら反論してみろよ」

「……あの時のことは、よく覚えている。その、あれだ……隠れようとして転んだんだよ。そしたら大きな音になって……その時のオレは少しビビッていて、悪いかよ」

 木本の弱々しい声が音楽室にやけに響く。強く出た男子は、悪かった、とぽつりと口にした。

 その遣り取りを皮切りにして議論が活発化した。今まで話に参加しなかった者達が次々に口を開いた。

「みんなでやろう! できることの全てを使って!」

「追い返そうよ。できるよ。みんなが本気でやれば絶対できる!」

「そうだよ。みんなで、がんばろう。僕達の場所をこれ以上、荒らされてたまるかよ!」

 木本の周りに仲間が集まる。励ますような笑顔に囲まれ、みんなでやろう! と誰よりも大きな声を上げた。


 棒状の光が遠慮なく闇を引き千切る。太々ふてぶてしい顔付きの人物は特殊な機材を校舎に持ち込み、至るところで不快な音を立てた。

 勝手に教室に押し入っては周囲に向かって呼び掛ける。風の立てる音にも敏感に反応して頻繁に進む方向を変えた。

「誰かいるんだろ!」

 恫喝どうかつに近い声を上げた。その時、持ち込んだ機械の一つが不穏なワードを音声で伝える。

「え、『放火』ってマジか? そんな情報はネットになかったぞ」

『殺された』

「まさか、殺人事件の現場なのか、ここは!?」

 独り言に拍車が掛かる。遠巻きに見ていた全員が好き勝手な憶測に怒りを覚え、一斉に声を上げた。

「ふざけるな!」

「これ以上、勝手に荒らすなよ!」

「帰れ! 二度と来るな!」

「もう、ここに来ないで!」

 その間、木本は床を踏み鳴らして歩き回る。岡崎は高音を活かし、けたたましい笑い声を上げた。

「ウ、ウソだろ!? マ、マ、マジで聞こえるって!」

 酷い動揺で声が震えた。押し寄せる恐怖に抗えず、ヤバイ、を連発して走り出した。校舎を出ると校庭に乗り入れた車に飛び込み、急発進させた。

 校舎の割れた窓から一部始終を見ていた木本と岡崎は共に勝ち誇ったような表情で掌をパチンと合わせた。他の仲間達は飛び跳ねて、やったー! と半透明の身体で撃退の喜びを爆発させた。

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