ドラッグストア『マッド・ファーマシスト』

椋木美都

ドラックストア『マッド・ファーマシスト』

鈴蘭のアルバイト先であるドラックストア『マッド・ファーマシスト』は普通の店ではない。彼女が持つ常識の中で、ここは――


『前髪が失敗しても気づかれない薬』


『とにかく高評価したくなる薬』


『ビニール傘が盗まれなくなる薬』


――どう考えても『普通のドラックストア』ではないからだ。


アルバイト――厳密には叔父の店を手伝うようになって早5日。主な業務は掃除と品出しとレジ。15歳の鈴蘭すずらんが3日で音を上げずに続けられているのは・・・支払方法が現金のみという古典的で単純な仕様だということと、客と話す気分じゃなければ即店長である自分に振れと言われていることが大きかった。


――気分がどうと言うよりかは・・・店を把握しきれてない状態で客に話しかけられたくないだけだけど。


先程『なんか小さくて可愛いやつになれる薬ってありますか』と客に聞かれ、鈴蘭はそんなもんねーよとツッコみたいのを我慢して店長の助けを呼んだ。如何せん狭い店内の癖に品数が多いのだ。飲み薬だけでも錠剤と粉薬と顆粒剤と液剤に分かれており、同じ薬でも飲み薬と塗り薬と吸入薬が存在している。それを知った鈴蘭が分かりづれーよと文句を垂れてもおかしくない程に・・・この店の品出しは厄介である。


――どの薬がどこにあって在庫数まで把握してる店長って意外と凄いんだな・・・。


と、鈴蘭はつい昨日心の声がぽろっと外に出てしまい、それをしっかり聞いていた店長が調子に乗って非常にウザかったのを思い出す。少し後で店長は『在庫管理が完璧になる薬』と『どこに何があるのか分かる薬』を服用して仕事していたことが判明し、鈴蘭の中にある尊敬度が地の底に落ちてしまったが。


――アタシだってサッと動いてこちらですね。とか言いたい・・・記憶力上げてかなくちゃ。


一応客が見つけやすいように工夫した売り場づくりを心掛けているらしい。ならば天井高くまで商品を陳列するのを止めろとクレームをつけたいというのが鈴蘭の本音だった。誰もが店長のように背が高くて腕が長い訳ではない。店長曰く需要の高い薬程手が届きにくい場所にわざと置いているとのことだが・・・毎回踏み台を用意するこっちの身にもなってほしいと鈴蘭は思う。おまけに過去の踏み台案件は『彼女持ちのイケメン男子に迫られちゃう薬』と『高校生の妹が巨乳で重度のブラコンになる薬』の2ケース。客に手渡した瞬間キメェー!となり、鈴蘭の中にあるバイト辞めたいゲージが2割上昇した。


――アタシはまだこの店で商品買ったことないけど、こんだけ種類豊富なら流石に気になる薬の1個くらい・・・。


ハンディモップ片手に店内を掃除がてら見回る。鈴蘭は『痩身化コーナー』の前で足を止め、一重の瞼を大きく開いた。


――そうそうこういうやつ!飲むだけで痩せる薬とか超憧れるくね!?


体の部位に沿って上から陳列されており、特に真ん中――腹部に特化した薬が一番品揃えが多かった。


――お腹周りも気になるけど、アタシはまず足かな。ふくらはぎとは太ももに効きそうな・・・。


鈴蘭はしゃがんで足に特化した薬を見る。するとヒョウ柄のパッケージが目に入った。


『足がスラっとする薬。フラーラミンゴ』


――フラミンゴを薬っぽく言い換えんな!あとこれ飲んだとしてもフラミンゴ並に肉削げるってこと!?そこまで骨になりたくないんだけど!そんでデザインややこしっ!何の関連性もないじゃん!


箱を戻すと、目線の先にフラーラミンゴに相応しい色合いの箱を見つける。そうそうこんな色・・・と鈴蘭は白とピンク色の商品を取り出した。


『コーナーで差をつけられる薬 アキレース』


――いや逆!パッケージデザイン発注ミスって逆になってる!えっこの薬の効能・・・『コーナーに入った時のみ相手との距離が2倍差になる』・・・ってだけ!?それだけ!?いや十分凄いけども!


『物事が一区切りついた瞬間爆発する薬 オチサイテー』


――爆発!?飲んだら爆発する・・・ってどんな感じで!?しかも隣にプレミアム版も置いてある・・・謎すぎ。


天性のツッコミ属性が思う存分に発揮され、鈴蘭は目に入る薬を片っ端からツッコんでいった。お陰で全ての瘦身薬に対して服用してみたいと思う気が失せてしまう。


――本当に効き目があるから利用客がそこそこいるのは分かってるけどさ・・・もっと効能とネーミングセンスどうにかなんなかったの?


「おーい鈴蘭・・・あ、ここにいたか」


「はい」


店長が顔を出し、鈴蘭はハンディモップを構えて立ち上がる。自分は決してサボっていないアピールをし、店長は見たままの情報を受け入れた。


「丁度良かった。この紙に書いてある商品の取り置きが入ったから、名前と個数確認してレジの後ろに置いといてくれ。ほぼ瘦身薬コーナーにあるから」


「分かりました。ち、ちなみに売れ筋というか、このコーナーでオススメの瘦身薬ってあるんですか?」


「は?何だオメー中坊の癖に体型とか気にしてんのか。別にそこまで太って・・・」


「セクハラですこのデリカシー無し男!」


 鈴蘭は心の中で店長のことをデリカシー無し男と呼んでいた。というか声に出して本人の前で言うようになったのは働き始めて2日目のことである。


「おまっ、ウチは地域密着型でやってんだぞ!他のお客様がいないからって好き放題言っていいワケじゃねぇんだよ!」


「だったらもっと気遣ってください。15歳がコンプラの対象外っていう考え方改めてください」


「はいはい思春期思春期。で、内弁慶の鈴蘭ちゃんは瘦身薬に興味を持ってくれたと。いいだろう。人気商品をこの俺が紹介――って前半部分の煽りに噛みつかないでいてくれんのはありがたいけどさ、もうちょいその顔どうにかなんない?」


――誰の所為だと!


鈴蘭はこみ上げてくる怒りをどうにか耐え、店長を恨みがましい目つきで睨むだけに留めた。何故なら鈴蘭は大人だから。


「イチ従業員として聞いておけ。やっぱこのコーナーで人気なのはお腹の脂肪を落とせる薬だな。食欲を失くす薬もよく売れている」


「はい」


「男性向け、女性向け、下腹部に特化したものに内臓脂肪を減らすもの、腹筋を作る薬なんてのもある。中で特に売れ筋なのはこの『さよなら50㎏』・・・」


店長が商品説明を中断し、手に持っていた箱を元の場所に戻す。鈴蘭は人の気配に反応して左を向くと――ランドセルを背負った男の子が不安そうな瞳をこちらに向けていた。


「あの・・・」


「はい!いらっしゃいませ」


「注射がいた、痛くならない薬ってありますか・・・?」


――ん可愛いいいいい!


見たところ小学校低学年であるその男の子は、両手で小さながま口財布を握りしめていた。子供好きな鈴蘭は抱きしめて撫で繰り回したい衝動を堪え、店長にアイコンタクトを送る。


「はいはい。少々お待ちくださいねー」


どうやら店長にはこの男の子が持つ愛くるしさが分からないようだった。鈴蘭は目線を合わせるためにしゃがみ、慈愛の目で男の子を励ます。


「大丈夫だよ。ここのお薬飲めば注射バッチリ受けられるよ」


「・・・怖い。でも、にーちゃんは全然へっちゃらしてて。そしたらばーばがここに行けば痛くない薬買えるって・・・」


――にーににばーばだってぇぇぇぇ!


あっさり理性の糸が千切れ、鈴蘭は男の子を思いっきり抱きしめて頭を撫でまくる。もうお代はいらないと言いかけたその時、背後から呆れた気配を感じた。


「何してんだお前・・・お待たせしました。こちらが『注射が痛くならない薬 痛みナイチンゲール』です」


「ありがとうございます」


店長は用法用量を説明し、鈴蘭は会計をして男の子にレシートを手渡した。


「はぁ・・・皆こんな感じの客だったらいいのに」


「別にそこまで濃い客層じゃねーだろ」


鈴蘭はキッと睨み、右手を高く上げた。


「変な薬しかないから!変な客しか来ないっつってんです!この男の子はレアケースですよ!」


「おい鈴蘭。客のことは見下しても俺が発注する薬を見下すのは許さねぇ!」


「クズ台詞を躊躇いなく言うアンタを見下すわ!どー見ても変でしょこんなの!ほらちょっと見るだけで右から『10時間寝た気分になれる薬』とか『脇汗の匂いがパッションフルーツの香りになる薬』とか『満員電車での不快感が幸福感に変わる薬』とか・・・本当に効くかも不明だし需要の欠片も感じないんですけど!」


店長は齢15の姪っ子を見て頷き、手で顔を覆った。


「効果があるから商品化しているんだ。それに・・・お前ももう少し年取ればこの薬達の有難みが分かるよ・・・」


バックヤードに戻る店長の背を眺め、鈴蘭は釈然としない思いで仕事を再開する。何故『マッド・ファーマシスト』には一遍変わった薬ばかり置いてあるのか・・・バイト初日で出た疑問は『話せば長くなる』の一言で面倒になって諦めた。


――だって最初の段階で『時は紀元前』から始めんだもん!普通にオーナーがどうとかマネージャーがどうとかバイヤーがどうとか言ってくれるだけでいいのにさ。


鈴蘭は覚えたての横文字を連発し、役職の違いが分からないまま振られた仕事をツッコミ有でこなす。


『両手から気功派を出す薬 カメハメーハ』


――出してどうすんの!?仮にフルパワーで出ちゃった場合この惑星に危機が及ぶし飲んだ瞬間犯罪者になるよ!?


『学校一の美人女子が自分にベタ惚れして婚約を結ぶまでに至れる薬 モブモテールC』


――キッモ・・・ラノベのタイトルかよ。ど・・・男の欲望を詰めた系の薬は全部廃棄処分したい。


『モブリーマンだった自分が異世界転移。えっ転移ですか?転生じゃなくて!?~今世最弱の僕がこの世界で転生して最強ステータスを手に入れて、ケモ耳っ子達とハーレムスローライフを満喫するまでの人生を歩める薬~ カクヨーム』


――いやなげぇ!異世界ファンタジー小説のタイトル並・・・ってかタイトルそのものじゃん!無理に題名で話の内容全部説明しなくてもよくない!?そんで内容もテンプレ全部乗せでもれなくキモイ!


効能にツッコミ、商品名にツッコミ、時たま興味を寄せながら・・・今日の勤務時間も残り30分となった午後5時半。『マッド・ファーマシスト』に黒ずくめの男が来店した。


「いらっしゃいま、せ・・・」


「動くな。抵抗すれば刺す」


「ぁ・・・」


鈴蘭の怯えた顔が黒いサングラスに反射する。灰色のニット帽子に白いマスクをつけた男は上下無地の黒ジャージを着用しており――右手に持った大ぶりのサバイバルナイフを鈴蘭に突きつけて命令した。


「シャッターのし、締め方なんて分かりません。店長っ、に聞かないと・・・」


「チッ。おい店長!早く出てこい!」


「はいはいはい。どうかなさ・・・あーーー」


「おい何だその態度は!大人しくしないとコイツの命はないぜ?」


店長は一瞬で状況を理解し、深いため息を吐く。姪っ子が人質に取られているとは思えない緊張感の無さに、強盗犯は語気を荒げた。


「で、何が目的だ」


「話が早くて助かるぜ・・・俺様に『億万長者になれる薬』を寄越せ!あと『不老不死になる薬』もなぁ!」


「な・・・」んだって!?


鈴蘭は強盗犯の要求に驚く。思い返せば・・・誰もが一度は願う『億万長者』と『不老不死』。それに関した薬は今まで見たことがなかった。


「悪い鈴蘭。先に言ったら辞退されると思って隠してた。実はこういうバ・・・輩はよく来るんだ。後で『トラウマを消す薬 トラギノールA』やるから」


「それって注入軟膏じゃないですよね!?普通の錠剤ですよね!?」


「わり。今軟膏と坐剤しか置いてねんだ」


「いやああああああ!その薬使うことがトラウマになるーー!」


「お前等うるせえぞ!とくにお前!人質なら人質らしく黙っとけ!」


強盗犯の一喝によって場が静まり、店長は他の客が来ないようシャッターを閉めた。強盗犯は2人のスマホを店の端に投げ、熱くなってきたのかマスクを顎の下まで下げる。


「3分以内にさっき言った薬を持ってこい。1分遅れるごとにこいつの腕を切る」


「・・・!」


右腕にナイフが当てられ、服越しに鋭利な恐怖を感じた鈴蘭の膝が小鹿のように震える。普段気の強そうな顔立ちが弱く歪むのを見て――店長は眉間のシワを深めた。


「・・・『億万長者になれる薬』と『不老不死になる薬』の在庫はある。だがその薬に限らず、この店に置いてある全ての薬に言えることが1つ。それは『飲み合わせ不可』だ。普通の人間がウチの薬を一度に複数飲めば強い副作用を起こす。アンタが求める薬はどちらも強力だからな・・・2つ目を飲むのは早くて80年は先だろう」


「はっ、はあぁ!?俺は今年で42歳だ!80年も待てるワケねーだろ!」


これは鈴蘭がバイト初日に店長から説明されていたことだった。効能によって併用しても問題ない薬もあるらしいが・・・基本お客様には『飲み合わせ不可』と答えるよう教わっていた。


「その副作用って何なんだよ」


「穴という穴から50ml程血が出る症状が週2回起こる」


「まぁまぁ重篤じゃねーかこの野郎!」


鈴蘭も強盗犯の目鼻口から血が出る想像をして目の前が暗くなりかけてしまった。そしてここにある薬は絶対飲むまいと心に誓う。


「そんな血液不足のアナタにこちら『アニィーミアHb』」


「要らねーよ!何なら現在進行形で血圧上がってるわ!はぁ・・・なら『億万長者になれる薬』だけ寄越せ」


「分かった。それは地下の保管室にある・・・ついてきてくれ」


「チッ。おいさっさと歩け」


「ぇ・・・」


――あ、あれ。足が動かな・・・。


店長の変わらない態度をみてどうにか正気を保っていたものの・・・とうとう鈴蘭の精神に限界が来た。その場に力なくへたり込み、涙が床に落ちる。


「・・・この子はまだ中坊だ。人質役にはまだ早い。俺だけで我慢してくんねーか」


「クソ!だが1人になるのは駄目だ。おい店長!そいつを連れて歩け」


「はぁ・・・おい鈴蘭立てるか?叔父さんがお姫様抱っこしてやろうか?待ってな今『お姫様抱っこした相手が羽のように軽くなる薬 デブデモダッコデキール』を・・・」


「誰がデブじゃ!」


「ぐおっ!」


キレた鈴蘭が店長の脛を殴り、2人は揃って床に足をつく。強盗犯がナイフを振り回して喚いたことで・・・ようやく一同は地下倉庫の扉の前に立った。


――この店に地下室があるなんて知らなかった。どんな感じなんだろ。


強盗犯から少し離れただけで状況は大して変わっていない。それでも・・・鈴蘭は毅然とした態度で扉を操作する店長を見ているだけで幾分心に余裕ができた。


扉の横に設置されている電子キーに暗証番号を打ち込み、顔認証と虹彩認証と掌の静脈認証――の時点で鈴蘭は我慢の限界が来た。


「厳重すぎるでしょ!認証システムそんな種類いります!?顔認証あるなら虹彩見なくても良くないですか!?いや知らんけど!」


「うるせーな。俺だって好きでつけたワケじゃねーんだよ。静脈認証だけでいいっつったのに・・・」


ぶつくさ文句を垂れつつもう一度暗証番号を入力し、店長は自転車の鍵でよく見られるプレスキーで開錠した。


「いや鍵しょっっぼ!何ですかそれ!完全に自転車の鍵じゃないですか!寧ろ古すぎてそのタイプ最近見ませんよ!?」


「それがいーんだよ。誰が見てもここの鍵だとは思わねーからな」


「他の設備は最新鋭っぽいのに・・・」


店長はゆっくりとグレモンハンドルを回し、保管室に2人を案内する。一面に広がる光景を見て、鈴蘭は緊迫した状況を忘れてあんぐりと口を開いた。


「・・・・・・神殿?」


「惜しい。聖堂をイメージした」


「えええええーーーー!?」


保管室は地下とは思えない程明るく床は白の大理石。そして天井が謎に高かった。左右の棚に様々な種類の医薬品が保管されており、教会らしい色鮮やかなステンドグラスが鈴蘭の感性を優しく照らしていた。


――めめめっちゃキレイ!えー何ここ写真撮りたい!絶対映えるじゃん!


「それで薬はどこにある」


「えーっと奥の方に・・・あったあった。くそ・・・本当はこの薬たけーんだぞ。タワマンを土地ごと買えるくらい」


――ならその薬買える人ってもう既に億万長者になってるんじゃあ・・・。


鈴蘭は心の中に沸いた本音を敢えて口には出さないでおいた。彼女も空気を読めるお年頃である。顔にはしっかりと出ていたが。


『フォワァァァ・・・』


神聖さを感じさせる効果音と共に、3人の前に金色に輝く球体が現れる。鈴蘭がよくよく目を凝らすと――その中に長方形の箱が入っていた。


「えっ」


――急にファンタジーじゃん!背景も相まって完全にダンジョン内にあった聖堂でお宝見つけちゃったやつじゃん!


「どっ、どーなってんだそれ・・・球が浮いて・・・?」


「神々しいだろ。『億万長者になれる薬』を保管するならこういうのが相応しい」


――こいつキメェ!


強盗犯には全く刺さらず、理解できない空間と現象に初めて恐怖を覚えた。その隙をついて店長は鈴蘭にとあるカプセル剤を手渡す。


「――鈴蘭。コイツを飲め」


「え。な、何の薬・・・ですか?」


「『警察官を召喚する薬 ナンバーワンハンドレットテン』だ」


「いやいやいやいや。こっちの都合でいきなり警察の人をここに召喚させるとか何考えてんですか!後のことも考えて行動してください!公務執行妨害で捕まっちゃったらどーするんですか!あと表記が無駄に長い!何で普通に110にしなかった!?」


「言うてる場合か!このままじゃ『億万長者になれる薬タワマンと土地』が・・・俺の金が!」


「だったら店長が飲んでくださいよ!大体ちゃんと正規の手順で呼ばないと・・・」


「っ鈴蘭!」


我に返った強盗犯の拳が店長の背中に当たり、鈴蘭は呼吸を止める。瞬きの間で自分は店長に庇われたのだと理解した。


「テメェ等何ごちゃごちゃ言ってやふぁる。言ってやがる!さっさと薬を取れ!」


――噛んだ・・・。


シリアスな展開から一転、何とも言えない残念な空気となってしまった。言葉の力は偉大である。


「あー。で、この薬は注射薬だ。打ってやるから腕出せ」


店長はその場に座り、ポケットから消毒液とガーゼを取り出して塵一つない大理石の上に並べた。するとその様子を見た強盗犯の様子が変わる。


「おっおい!俺は注射だけは駄目なんだ!別のやつは無ぇのかよ!」


「無ぇ!いいから大人しく腕を出しな!」


「止めてくれぇ・・・それだけは!粉薬でも座薬でもいい!針を刺すのだけは止めてくれ!」


――うっわ。


「おいおいみっともねぇなー。ウチの従業員が虫ケラを見る目でお前を見下してるぜ?」


――しかし鈴蘭も・・・ちょっと前まで注射怖いって半ベソかいてた小坊に悶えてたじゃねーか。年が違うだけでそんな嫌悪マシマシになる?


「さっさと豚箱に入って二度と日の目を浴びなければいいのに・・・」


――そこまで言う!?最近の15歳ってーのはよく分からんな。


「チクッってしないと億万長者になれないぜ?」


「ヒイッ・・・チクッで表現できる痛みじゃねぇだろぉ・・・見た目も怖いしよぉ」


「いい年した大人がだっっさ」


強盗が弱みを見せた途端、店長と鈴蘭は態度を翻して彼に迫る。すると強盗は凶器の存在を思い出し、震える手で2人にサバイバルナイフを突きつけた。


「じゃあまずは『注射が痛くならない薬』を寄越せ!どうせあるんだろ!?」


「あるよ」


店長はあっさりポケットから『痛くナイチンゲール』を掴み、強盗に向かって投げる。流石に疑問に思った鈴蘭は怪訝そうな顔でポケットを見た。


「あの・・・ポケットに物いれすぎてませんか?の割には何も入ってないように見えるし・・・」


「あー俺今『ポケットが四次元になる薬』服用してっから」


「は!?」


――最強じゃん!店長ナイフより強い武器持ってんじゃん!何故活用しない!?ってかそれよりも・・・。


「そんな何種類も併用して大丈夫なんですか?」


「平気平気。ちゃんと薬剤師の資格持ってっから」


「ここに置いてある薬がその資格の範疇なのかは疑問ですけど・・・そのポケットで空気砲とか出せないんですか?」


「色々危険だからしない。それに・・・あの薬は即効性だからな」


「ぐっ・・・お前、俺をハメやがっ」


「え?」


鈴蘭が強盗の方に顔を向けると――彼はうつぶせで倒れたまま寝息を立てていた。店長は結束バンドで強盗の両手両足を拘束し、ふうと息を吐く。


「怖い思いさせてすまなかった。このことは義姉さんには内緒にしてお前はもう帰れ」


「え・・・何であの人寝てるんですか?『痛くナイチンゲール』じゃあ・・・」


「馬鹿オメー親にいつも言われてるだろ?『他人からもらったモノを無暗に口の中に入れるな』って。何入ってっか分かったもんじゃねーから。今回は相手が救いようのない馬鹿で助かったぜ・・・ははははははは!」


鈴蘭はゲス店長に何回目か分からない嫌悪感を抱き、眠っている強盗犯に少しだけ同情した。


「ま、まさか毒飲ませたんじゃないですよね?」


「ただの睡眠導入剤だよ。ちと強力だけどな」


――そこは普通の医薬品なんだ・・・。


「ちなみに・・・あの注射を打てば本当に億万長者になれるんですか?」


鈴蘭は注射器の中に入っている黄金色の液体を見て呟く。薬を飲み終えた店長はあくどい笑みを浮かべた。


「おうなれるぞ。どれだけ散財しても使いきれない金を手にして、この国の長者番付ランキングっていうサイトに顔と名前が晒される」


「そんなには・・・いらないです」


「薬なんてそんなもんだ。本来はそんなもんに頼らず、高い精神力を持って生身のまま生きた方が余程幸せだと俺は思う」


「・・・」


「それが一番なんだが・・・人間は弱い。自分だけじゃどうにもならなくて、辛くて苦しい思いをするくらいだったら俺は・・・『マッド・ファーマシスト』で薬を提供し続けたいんだよ」


「・・・そうですか」


「こんな店で悪いが、家よりかは退屈しないって保証する。鈴蘭が良ければこれからもよろしく頼むわ」


――そっか。だから店長は・・・。


「・・・しょーがないですね。今の私がバイトできる店なんてここくらいですし。明日もよろしくお願いします」


こうして手っ取り早く『ワンハンドレットテン』で召喚した警察官は――警務課の方ではなく交通課の方が来てしまった。幸いにも店長と顔見知りだったらしく、10分程度の説教の末強盗犯を逮捕してくれた。


結果残業となってしまった鈴蘭は心の中で叫ぶ。


――説教オチなんてサイテー!

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