第四章 国相手の交渉

第51話 後ろ盾の選び方

 家に戻った俺はエミルを雪の民に託した話をした。

 子供たちは寂しがっていたが、また会えると言い聞かせてなだめる。

 大人たちは「家族が見つかってよかった」と口々に言っていた。


 彼らも奴隷の身分である。

 それぞれの事情があって不自由な暮らしを強いられてきた。

 今の俺の力じゃ奴隷制そのものは変えられない。

 だが、身近な人といっしょに楽しく暮らすのを目指してもいいよな?


 いずれ彼らも奴隷身分から解放するつもりだ。

 今すぐではないのは、彼らの生活能力を考えてのこと。

 今は奴隷として衣食住の面倒を見ている。

 奴隷じゃなくなれば独立して生きていかなければならない。


 この税金王国で元奴隷が一人で生きていくのは大変だ。

 俺の雇い人にしてもいいが、そうすると住居食費を給料から差っ引くことになる。

 結局そうなれば、奴隷のままでいても大差ない。

 奴隷は人ではなくモノ扱い。

 だから「俺の財産として」堂々と守ってやれる奴隷身分のほうが今はいいと判断している。胸糞は悪いがな。


 この辺りの話は奴隷たちにもしていあって、いずれ俺の計画が軌道に乗ってみんなが食べていける余裕が出たら解放すると伝えている。

 もちろん開拓村を運営するには資金が必要だ。

 それを全て俺のポケットマネーでまかなうのはきついものがある。

 そのときは税金やそれに準じるお金をみんなから集めるのも話してある。

 もちろんパルティアみたいな重税じゃなく、適正な額をな。







 家のみんなに一通り挨拶してから、エリーゼを呼んだ。

 

「エリーゼ。盗賊ギルドのバルトと連絡を取りたい」


「盗賊ギルドのノルマはきちんと納めていますから。手紙を出せば返事をくれると思いますよ」


 しかも手紙は通常の郵便と違って、ギルド網を使うため非常に素早く伝達されるのだという。

 エリーゼはノルマの小包を渡している相手に連絡を取った。

 すぐに返事が来て、三日後に王都パルティアで待ち合わせることになる。


 俺はエリーゼを連れて王都へと向かった。


 久しぶりに訪れた王都は、相変わらずにぎわっている。

 けれど少し路地裏を進めばスラム街があったり、表通りにも物乞いがいたりとこの国の歪みが垣間見える。


 バルトが待ち合わせ場所に指定してきたのは、宿の一室だった。

 なかなかの高級宿で、部屋の内装も立派だ。

 受付で鍵をもらって部屋に入ると、バルトはすでに待っていた。


「やあ、ユウ。久しぶりだね」


「久しぶり」


 進められるまま調度品の椅子に腰を下ろす。エリーゼは俺の横に立った。


「ご無沙汰だったのに、相談したいこととは何かな?」


「実は開拓村を作りたいと考えていて……」


 俺は今までの経緯を話した。

 重税と役人の横暴に耐えかねて新天地を目指そうとしていること。

 北の土地で雪の民に出会ったこと。

 雪の民たちはパルティア王国と古い不可侵条約を結んでいること。


「ふぅん、なるほどねぇ」


 一通りの話を聞き終えて、バルトは腕を組んだ。


「で、パルティア王に不可侵条約を認めさせるため、強力な後ろ盾が欲しいと」


「そういうことだ」


「でもね」


 バルトは薄ら笑いを浮かべた。


「パルティア王国に圧力をかけられるほどの後ろ盾は、そのままきみたちの敵になるかもしれないよ。栄えた町、豊かな畑はどこだって欲しがる。味方だと思っていたものに食い破られるなんて、よくある話だ。安易にどこかを頼るのは、おすすめできないなぁ」


「む……」


 俺は黙った。


「じゃあ、どうすればいいんだよ」


 苦し紛れに言い返せば、バルトはくすくすと笑う。


「頼る相手をよく選べってことさ。まず領土的な野心がある国は危ない」


「たいていの国は野心があるだろ」


「まあね。たとえ南のササナ国としても、飛び地で領地を取ろうとするかもだしね。東のシン国に至っては、間違いなく食指を伸ばしてくる。そんな相手に後ろ盾を頼んだら、パルティア王も警戒するだろうさ」


「じゃあ、どこにしろっていうんだ」


 バルトは人差し指を立てた。


「権力はないが権威はある国。南東の魔法都市国家マナフォースが適任だよ」







 魔法都市国家マナフォースは、魔法使いたちの総本山だ。

 王都パルティアから南東に十日ほどの位置にある。

 俺も何度か魔法書やマジックアイテムの買い付けて訪れたことがあった。


 マナフォースには魔法使いギルドの本部があって、入会を受け付けている。

 俺だって魔法剣士を目指す冒険者だ。

 本当は魔法使いギルドに入りたかったのだが、ノルマがきつくて諦めた。

 なおノルマは、一定期間内に特定の魔法書を指定数納品するというもの。

 納品場所がマナフォースで固定されているので、遠出して冒険できなくなるのが諦めた理由だった。


 魔法都市国家と呼ばれているだけあって、マナフォースは町一つが国になっている。

 魔法使いギルドのギルド長が元首を兼務しているのだ。

 元首は全ての魔法使いに尊敬される存在。

 けれど魔法都市は国としてはとても小さい。

 バルトの言う「権力はないが権威はある国」になるな。


 椅子の背もたれで背伸びをして、バルトが言う。


「それに今の元首はパルティア人と森の民の混血者。森の民のきみの言葉は、届きやすいんじゃないかな」


「……ばれていたか」


 一応、今でも頭に布を巻いて森の民の長い耳を隠している。

 けれどバルトにはお見通しだったようだ。


「そりゃあね。長い付き合いだし」


 バルトはさらりと笑って立ち上がった。


「じゃあさっそく、マナフォースへ行こうか」


「うん? いっしょに来るつもりか?」


「そうだよ。なかなか面白い話だからね。せっかくだから盗賊ギルドも一枚噛ませてもらおうと思って」


 バルトのうさんくさい笑顔を見て俺は心配になった。


「犯罪沙汰や裏社会の話を持ち込むのは、やめろよ。頼っておいて悪いが、俺は後ろ暗いことはしたくないんだ」


「分かってるって。盗賊ギルドは表の顔も持つと前に言っただろう? 最近は裏だけじゃなく表にもっと進出しようという話になっていてね。ユウの開拓村計画は利用しがいがあるのさ」


 利用と言われるとやや不本意だが、俺だって盗賊ギルドを利用している。お互い様だ。


「さあさあ、行こう」


 バルトにせっつかれる形で、俺とエリーゼは部屋を出たのだった。

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2025年1月11日 07:38 毎日 07:38

転生したら最弱でした。理不尽から成り上がるサバイバル 灰猫さんきち @AshNeko

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