第50話 いっときの別れ

「これはあくまで俺の予想だが、パルティア王国は北の土地を重要視していないと思うんだ。あの国は東と南、最近では西からも他国の重圧にさらされているから」


 今までの考えをイーヴァルに話す。


「実際俺も、ここへ来るまで雪の民を知らなかった。パルティアは北の土地をほとんど忘れているのだと思う」


「ふん。軽んじられたものだな。まあいい」


 イーヴァルは肩をすくめた。

 俺は続ける。


「それで、もし俺が雪の民の土地に開拓村を作って栄えたら、今度は急に利益をよこせと言ってくるかもしれない。あの国は欲深いんだ。長い間放っておいた不可侵条約を破る可能性さえある」


「奴隷制などを作って酷使する国だ。そうだろうよ」


 娘のリリアンがパルティアで死んだことで、イーヴァルのパルティアへの好感度が最低ラインまで下がっている。


「だが俺は、開拓村を諦めたくない」


 俺の言葉にイーヴァルはうなずいてくれた。


「わし個人としても雪の民の総意としても、ユウの開拓村を支援するつもりだ。雪の民の長としては、食料確保を安定させたい。そして個人としては娘と孫の恩を返したい」


 イーヴァルの言葉に、奥さんとエミルがこちらを見て頭を下げた。

 俺は軽く手を振って応える。


「ありがとう。けれどパルティア王国は、腐っても大国。万が一、武力で攻められることがあれば抵抗は難しい」


「ふむ……。雪の民は戦士として優秀だが、そう数は多くない」


「だからパルティアが欲をかかないよう、できる限りの予防線を張っておこうと思う」


「というと?」


「この不可侵条約の文書は、俺が見る限りでは正式なものだ。これを逆手に取って、現在のパルティア王に改めて不可侵条約を結ばせよう」


「……むう」


 イーヴァルは唸った。

 俺は続ける。


「現在の王が正式な条約として認めれば、よほどの大義名分がない限り攻め入ってこられなくなる。単なる欲だけで国境の外の村に手を出せば、パルティアが他の国から攻撃される口実を作ってしまうからな」


 たとえば不当な戦に巻き込まれた雪の民を支援するためとか、そういう大義名分で他国が介入するかもしれない。

 そんな事態はパルティア王国としては避けたいだろう。


 イーヴァルが言った。


「だがこの文書は百年も前のもの。しかもパルティア王国と我らは断絶状態にあった。今さらわしがこれを持ってパルティア王のもとへ行ったとて、素直に応じてくれるだろうか」


「ただ持っていっても難しいと思う。根回しが必要だ。……で、具体的にどうするかは考え中」


 俺が言うと、イーヴァルは苦笑した。


「やはりそううまくはいかぬな。アテはあるのか?」


「うーん……」


 真っ先に思い出したのは、騎士団長の白騎士ヴァリスだ。

 でも彼にこの件を頼んでも、聞いてもらえるとは思えない。だってヴァリスにメリットがないからな。

 貸し借りを清算してしまったから、頼み込む余地がない。


 他に偉い人に知り合いはいない。

 あとは……盗賊ギルドくらいか?

 あそこは裏社会を中心に顔が広いから、他国とのつながりもあるかもしれない。

 パルティア王に不可侵条約を飲んでもらうには、他国からプレッシャーをかけてもらえば話が早くなる。


「アテというには弱いが、一応当たってみたい相手はいる」


 盗賊ギルドのバルトと交渉してみよう。

 俺が差し出せる対価はたかが知れている。

 でも開拓村の将来性を考えれば、あるいは何とかなるかもしれない。


「パルティアとの交渉は、ユウに頼らざるを得ない。頼んだぞ」


「ああ、最善を尽くすよ。もともとが俺の開拓村計画だしな」


 ひとまず話はまとまった。

 一度家に戻って、盗賊ギルドに連絡しよう。


「じゃあ俺は帰る。次の待ち合わせは……そうだな、二ヶ月後にここでいいか?」


 盗賊ギルドのやり取りの時間と移動時間を考えて、期限を切ってみた。


「構わない。吉報を待っている」


 イーヴァルがうなずいた。


「ユウ様、帰るの?」


 俺の言葉を聞きつけてエミルが近づいてきた。

 そうだ、この子の今後を決めないとな。


「エミル。お前は雪の民の血を引いている。家族といっしょに暮らすのが、本来あるべき姿だと俺は思う」


「…………」


 エミルは不安そうに俺を見上げている。


「お前はどうしたい?」


「僕、僕は……。ユウ様に買われた奴隷で、パルティアの家に友だちがいる。みんなと離れるのは、さびしいです……」


 続きの言葉を待つ。しばらくして、やっと彼は言った。


「でも僕は、おじいちゃんとおばあちゃんといっしょにいたい。そんなの、できますか?」


「できるさ」


 俺がうなずくと、エミルは嬉しそうな悲しそうな、複雑な表情を浮かべた。

 イーヴァルが言う。


「パルティアの奴隷とはどんな身分なのだ? わしは全く知らなくてな」


「人間をお金で売り買いするクソッタレな制度ですよ。で、買い主は奴隷を命まで自由に扱える」


「ひどい」


 イーヴァルの奥さんが顔をしかめている。


「奴隷は買い主のものなので、買い主がよしとすれば奴隷身分から解放されます。だから――『エミルは今日から奴隷ではない。自由の身だ』」


 細かいことを言えばパルティアの役所に奴隷解放の書類を出さなきゃならんのだが。

 そんなものは事後でよかろうなのだ。


「ありがとうございます!」


 ひざまずいたエミルを抱きかかえて起こしてやった。


「もう奴隷じゃないんだ。そういうのはしなくていい。これからはおじいちゃんとおばあちゃんに、雪の民の暮らしをしっかり教えてもらえ」


「はい!」


 エミルは返事をしてから、遠慮がちに続けた。


「これでユウ様とお別れじゃないですよね。家の友だちやエリーゼさんや、クマ吾郎や、みんなとも。また会えるよね?」


「もちろんだ。開拓村を作ると言っただろう。みんなでこっちに引っ越してくるよ。エミルは北の土地の先輩として、待っていてくれ」


「……はいっ!」


 エミルは今度こそ笑顔でうなずいた。

 そんな孫の両脇に立って、イーヴァル夫妻が微笑んでいる。


「それじゃあ行ってくる!」


 テントの外に出て、雪の民たちに手を振る。

 帰還の巻物を読み上げれば、俺とクマ吾郎は一瞬でパルティアの家の前にワープした。


 開拓村のために何ができるか。

 まずは盗賊ギルドと連絡を取ってみよう。

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