第49話 再会
今度は俺とクマ吾郎、エミルの三人旅だ。
子供のエミルを連れての旅は、いつもより少々苦戦した。
エミルは体力がまだあまりないので、どうしても歩みが遅くなる。
とはいえ彼が一生懸命なのは伝わってきた。
ときどきクマ吾郎の背中に乗せてスピードを上げながら、それでも歩ける分はなるべく歩いてもらった。
エミルの心意気を無駄にしたくなかったからな。
魔物が出たらクマ吾郎にエミルのボディーガードをしてもらって、俺一人で戦った。
まあ、極端に強い魔物はここらじゃ出ない。
いい腕ならしになったってとこだ。
そうして半月と少しの日にちが経過して、俺たちは再び北の平原へとやって来た。
約束の場所へ向かえば、イーヴァルたち雪の民はテントを張って待っていてくれた。
「ああ、間違いないわ! この子はリリアンの息子」
エミルと対面すると、イーヴァルの奥さんは泣き出してしまった。
イーヴァル自身も目を潤ませながら、妻と孫を両手に抱きかかえる。
エミルは祖父母の様子に戸惑いながらも、嬉しそうにしている。
並んでいる彼らを見ると、確かに血縁関係を感じた。
特にエミルは奥さんとよく似ていた。
エミルもきっと、母親の面影を祖母に見出したことだろう。
「リリアンは、この子の母親は私似でしたから」
奥さんは泣き笑いの表情だ。
「ユウよ、お前には大きな恩ができてしまったな」
イーヴァルが言う。ごまかしているが、目が赤い。
「前にお前が言っていた、開拓村の話。お前たちを待っている間、我が民と話し合ってみた」
「え?」
以前は取り付く島もなく断っていたのに。
意外な言葉に驚きの声を発すると、イーヴァルは説明してくれた。
「雪の民は狩猟と遊牧で暮らしている。それゆえ食べ物の入手は不安定で、余剰分をためておくのも難しい」
農業のいいところは、定住するから倉庫に食べ物をためておける点だ。
穀物などの日持ちする作物は特にそうだ。
反対に肉なんかはその場で食べないとすぐに腐ってしまう。
飢える確率は農民よりずっと高いだろう。
「北の厳しい環境では、毎年餓死者が出ている。だがその昔、パルティア王国と物々交換をしていた頃は、食物に余裕があったと言い伝えられている。餓えて死ぬ者が少なく、いい時代だったとわしの祖父も言っていた。あれから百年、我が民は数を減らすばかり。十年ほど前も家長の血筋が絶えた一族がおり、我が民に合流したのだ」
「パルティア王国とのやりとりは、いつの間にか途絶えてしまったのよ」
と、エミルと手を繋いでいる奥さんが言った。
「私がそんな話をリリアンに、エミルの母親にしていたものだから、あの子はパルティアに憧れがあったみたいで。家出同然に旅に出てしまったの」
「娘の件もあり、パルティアにいい感情は持っていなかった。だがこうして孫に会えた。わだかまりが一つ解けたのだ。だからお前の話も前向きに考えてみようと思った」
「そうでしたか……」
俺はうなずいた。
思わぬところで難題の一つ、『雪の民の協力を取り付ける』が解決してしまった。
ここは素直にラッキーだと思っておこう。
でもまだ問題は残っている。
パルティア王国との関係だ。
あの欲張りな国は、北の土地に旨味があると分かれば必ず手出しをしてくるだろう。
「立ち話も何だな。中に入って再会を祝おう」
イーヴァルが言って、俺たちはテントの中に入った。
雪の民のテントをエミルは珍しそうにあちこち見ている。
そんな孫につきっきりで、祖母があれこれと話しかけている。見ていて微笑ましい光景だ。
テントの奥の定位置に座ったイーヴァルに、俺は話をした。
「開拓村の運営は、雪の民の皆さんの協力が得られればきっとうまくいくでしょう。ただ、パルティア王国がどう出てくるかが心配です。雪の民とパルティアは相互不可侵の約定を交わしていると言っていましたね。それはどんな内容ですか?」
「境界線を南の森として、森を出た平原は我が雪の民。森はパルティアと取り決めた。百年ほど前の話だ」
イーヴァルは言って、テントの奥に置いてあった箱から紙を取り出した。
見せてもらうと、案外しっかりとした外交文書である。パルティア国王の捺印もしてあった。
「この文書を交わした前後は、かの国とやり取りがあったのだが。いつの間にかふっつりと途切れて、そのままになっている」
予想だが、パルティア王国にとっては北の国境は重要度が低いんだろうな。
パルティアは西は海だが、南と東の国境線では小さい争いが絶えない。
さらに西の大陸のアレス帝国も、最近は海を越えて領土欲を見せていると聞く。
少数民族の雪の民相手に労力は割けないのだろう。
北の土地は農業が不可能と思われているせいもある。
イザクの見立てでは農業は十分に可能ということだが、もっと南の農業適地でさえ開拓村は厳しい状況にある。
重税と魔物の脅威が大きいのだと思う。
北の土地と雪の民は、特に問題にならないから放置されている。それが実情だろう。
だから利益を生むとなったら手出ししてくると予想される。
それを潰すにはどうしたらいいか。
俺はもう一度、不可侵条約の文書を見た。
内容はイーヴァルが言った通りで、期限は設けられていない。つまり半永久だろう。
これを利用すればあるいは何とかなるかもしれない。
「イーヴァルさん。聞いてくれ」
考えをまとめながら俺は口を開いた。
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