第48話 親子

 翌朝、朝飯をもらってからイーヴァルに時間を取ってもらった。

 彼はテントの奥の定位置に腰を下ろして、俺の話を聞いてくれた。


「俺たちがここまでやって来たのは、新天地を求めてのことです。パルティア王国は税金の取り立てがきつくて、畑や店をやっていてもお金をかなり取られてしまう。これじゃあ生活が立ち行かなくなります。だからパルティアの外で開拓村を作ろうと考えました」


 一通りの説明をすると、イーヴァルは難しい顔になった。


「賛成はできぬな。我らは今の暮らしに満足している。ユウよ、お前は客人だから歓迎するのだ。住み着くとなれば、話はまた別。同じ土地に違う人間が住めば、必ずいさかいが起きるだろう」


 そりゃあそうだよな……。

 俺がどう話をしようかと迷っていると、イーヴァルの奥さんがお茶を持ってきてくれた。

 奥さんが言う。


「それに私たちは、パルティア人にあまりいい感情を持っておりませんの」


「よしなさい」


 イーヴァルが言いかけるが、奥さんは首を振った。


「せっかくですもの。聞いてもらいましょう。……私たちには娘がおりましてね。けれど十年以上前に南を旅してみると行って家を出て以来、戻ってきません。八年ほど前に一度だけ手紙が届いて、息子が生まれたと知らせてきました。詳しいことは何も書いておらず、心配しないでとだけ」


 奥さんの言葉にイーヴァルがため息をつく。


「……わしは手紙を届けてくれた者に何度も聞いたが、彼も詳しい事情を知らないようだった。わしか妻かがパルティアまで行くのも考えたが、一族を率いる長としてそれはできなかった。なぜ娘は帰ってこないのか、孫息子に会えないのはなぜなのか。不信感ばかりが募っておる」


 彼らの話を聞いて、俺の心にふと芽生えたものがあった。


「あの。娘さんと孫の男の子の名前ですが」


 二人がこちらを見る。


「もしかして、娘さんはリリアン。男の子はエミルではありませんか?」


「――どうしてそれを知っているの!!」


 奥さんがつかみかかる勢いで俺に近づいた。

 イーヴァルが彼女の肩に触れて落ち着かせている。


「ユウよ。わしも知りたい。お前の知っている限りを教えてくれ」


 イーヴァルは口調こそ静かだが、顔色は青ざめている。

 俺はうなずいて話し始めた。


 王都パルティアの奴隷市場で、エミルという男の子を買ったこと。

 彼の口から母親が北方の出身であり、名前がリリアンであると聞いたこと。

 リリアンは何年も前に死んでしまったこと。

 父親については不明だが、おそらくパルティア人ですでに死亡済みであること。


 話し終わる頃には、イーヴァル夫妻は無言で手を握り合っていた。

 どちらも深い苦悩の表情を浮かべている。


「……まさか、そんなことになっていたとは」


 長い沈黙の後にイーヴァルがぽつりと言った。


「手紙を受け取ったとき、何を置いてもパルティアに行くべきでした。あの子が、リリアンが奴隷にされて、辛い思いをしていたなんて!」


 うつむいた奥さんの目から涙がこぼれている。

 俺は少し間を開けてから言った。


「エミルに会ってみますか?」


「…………!」


 二人ははっと目を上げた。


「エミルも母親からそれほど詳しい話を聞いていたわけでは、なさそうですが。彼は俺の家で暮らしています。連れてきましょう」


「ぜひ、お願いします」


 夫の手を握りながら奥さんが言った。


「リリアンの忘れ形見を、この手で抱いてあげたい」


「……そうだな。ユウよ、頼まれてくれるか」


「もちろん!」


 この世界は便利なもので、『帰還の巻物』がある。

 読み上げれば拠点に設定した場所に一瞬でワープできるのだ。


「帰還の巻物で戻って、エミルを連れてここまで来るには半月少々というところです」


「分かった。この地を離れず待っていよう」


 イーヴァルがうなずく。

 俺はさっそくクマ吾郎とイザクを連れて帰還の巻物の準備をした。


 巻物を読み上げれば周囲の風景がぐにゃりと歪む。

 軽いめまいと浮遊感。

 それらが治まった後、俺たちは見慣れた我が家の前に立っていた。







 帰宅した俺は、エリーゼに不在中の様子を聞いた。


「お役人がまた来て、ケチをつけていきました。ご主人様に言われた通り、少しの心付けを渡したら大人しく帰っていきましたが」


「やってられないな」


 俺はため息をつく。

 この店はすっかり目をつけられたようだ。

 正規の高い税金に加えてワイロを取られるとか、めちゃくちゃだろ。


「エミルはどうしてる?」


「新しく来た子たちと打ち解けて、毎日楽しそうです」


「そっか」


 エミルと他の子たちは、子供とはいえ奴隷である。ある程度の仕事はしてもらっている。

 主に畑や家事の手伝いだ。

 けれど彼らは仕事も遊びの一環のように楽しんでいるらしい。たくましいな。


「あっ、ユウ様だ! おかえりなさい!」


「おかえりなさーい」


 そのエミルが通りかかって、他の子たちと一緒に笑顔を向けてくる。


「おう、ただいま。……エミル、ちょっと話があるんだ。今いいか?」


「はい」


 エミルを連れて鍛冶場へ行く。

 鍛冶場は俺の専用スペースだ。人払いをして話すにはちょうどいい。


「北の土地で、お前の祖父母に会った」


 単刀直入に切り出せば、エミルは目を丸くした。


「彼らはお前に会いたがっていた。だから北までお前を連れて行こうと思う。子供の足ではきつい旅になるが、エミルはどうしたい?」


「行きます! 僕、頑張ります。一生懸命ついていきます! だから、おじいちゃんとおばあちゃんに会わせて!」


 エミルは必死の表情で言った。

 俺は微笑んで彼の頭を撫でてやった。


「じゃあ決まりだな。今日明日と準備をして明後日には家を出よう」


「はい!」


 こうして再び北への旅が始まった。

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