第47話 雪の民

 雪の民のテントの中で、俺たちは楽しく過ごしていた。

 料理は肉が中心で食べごたえがある。


「これらの肉料理は、我らが狩った獲物のもの。雪の民は狩りに長けているのだ」


 イーヴァルが言う。

 肉は野生動物や魔物、それに飼っているトナカイのものなどもあった。

 ほとんどがきちんと調理されたものなのだが、ときどき生肉がある。

 クマ吾郎は喜んで食べているけれど、俺とイザクは手が止まってしまった。

 俺達の様子を見てイーヴァルが言う。


「ふむ。やはり客人は、生肉が嫌いか」


「嫌いというか、今まで肉を生で食べる機会がなかったので、戸惑っています」


 俺は相手を刺激しないよう、当たり障りのない言い方をした。

 正直言えば生肉にはいい思い出がない。

 一番最初に森の民ルードに助けられたとき、いきなり生肉を食わせられて吐いたからな。


 イーヴァルは苦笑した。


「無理に食えとは言わぬよ。ずっと昔にパルティア人と交流した際も、彼らは生肉を食べなかったと聞いている。だが、我らにとっては必須の食物なのだ。食べなければ体を壊す」


 無理強いされなくてほっとする。そしてふと気づいた。

 食卓には生野菜がほとんどない。

 野菜自体が少ない上に、焼いたり煮込んである料理ばかりだ。

 干し野菜や漬物も見当たらない。


 これ、たぶんビタミン不足なんじゃないかな。

 ビタミンの多くは加熱で壊れてしまう。

 だからビタミンを補うために生肉を食べる。肉にもビタミンは含まれているからな。


「どの肉もおいしいです。一つ不思議に思ったのですが、雪の民の皆さんは野菜をあまり食べないのですか?」


 俺が質問すると、イーヴァルはうなずいた。


「我らは狩猟と遊牧を生業としている。大地を耕して畑にしないのだ。我が土地は冬が厳しく、畑に向かないせいもある」


 なるほど、土地柄か。農業をしないせいで野菜を手に入れられない、と。

 イザクが言った。


「この周辺の土地であれば、畑を耕して十分な収穫が見込めるが。農業に興味はないのか?」


「興味はないな。我ら一族は伝統的な暮らしが気に入っている。変える必要を感じない。それに、ここは我が土地の中でも最も南に位置するのだ。もっと北に行けば、一年中凍りついている土地も少なくない」


 隣にいたイーヴァルの妻が会話に加わってきた。


「けれど、もっと食料があればとは思います。私の祖父母の時代には、パルティアと交流があったと聞きました。そのときは互いに物々交換をして、いろんなものを手に入れたそうで」


「パルティア王から連絡が途絶えて久しい。最後のやりとりは相互不可侵の取り決めだった。もう百年も前の話だ。我らとしても、土地を脅かされないならそれでいいと考えている」


 と、イーヴァル。彼の妻はちょっと不満そうな目で夫を見たが、黙ったままである。

 それからは雑談になって、楽しく飲み食いを続けた。


「そうだ」


 俺は思いついて言った。


「これだけのもてなしを受けて、何もお礼ができないのは心苦しいです。ただ、手土産は何も用意していませんでした。代わりと言ってはなんですが、これを」


 荷物から短剣を取り出してイーヴァルに渡す。

 俺が自ら鍛冶スキルで作った短剣だ。

 鋼鉄の地金にルビーの魔力を付与したもので、軽くて扱いやすいのに切れ味抜群。

 旅先で魔物を解体したり料理するのに使っていた。


「ほう……。これはなかなかのものだ」


 イーヴァルが短剣を鞘から抜き、感心している。


「俺が作りました。友好の証に、ぜひ」


「ありがたく受け取ろう」


 そんなやり取りをしているうちに夜になる。

 俺たちは雪の民のテントに泊めてもらうことになった。







 寝床に横たわり、テントの天井を見ながら俺は考える。

 雪の民の現状はだいたい分かった。

 パルティア王国と交流は百年も前に断絶している。

 正直、パルティア側は北の土地のことをほぼ忘れているんじゃないか。

 雪の民は少数民族で、領土的な野心もない。放置して問題ないと思っているのだろう。


 もしこの土地で開拓村を始められたら……。

 パルティア国外で余計な干渉を受けず、雪の民と協力できれば開拓は上手くいく確率が上がるだろう。


 だが問題も多い。

 第一に独立意識の高い雪の民の協力が得られるかどうか。

 彼らの領域に開拓村を建てる同意が得られなければ、やっていくのは無理だ。


 次にパルティア王国との関係性。

 国境外とはいえ国境のすぐ近くに村を作って将来的に栄えたとなれば、難癖をつけてくる可能性が高い。

 雪の民との不可侵協定がどの程度しっかりしたものか不明だし、国境を勝手に北に移動させて「そこもパルティアの領土だ」とか言い出すかもしれない。


「難題、山積みだなぁ」


「ガウ?」


 思わず寝床でつぶやくと、隣にいたクマ吾郎が首をもたげた。


「ごめん、起こしちゃったか。ちょっと悩んでいてね」


「何を悩んでいる?」


 イザクまで口を開いた。


「雪の民は気の良い奴らだ。この土地は農業が十分にできる。開拓村を作るのに、悩む必要はない」


「そうだよな」


 北の土地で農業が可能だと分かっただけでも収穫なのだ。

 まずは開拓村の計画を雪の民に話して、反応を見てみよう。

 パルティアとの関係を考えるのはその後でも遅くない。


 明日、イーヴァルと話をしてみよう。

 そう決めて俺は眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る