第9話 ここは260年後の江戸
あちきは今、政也様のお家にいる。
お部屋の中は誰も見たことのない物ばかりで、火を起こしていないのにとても暖かく、何より天井の灯りがとにかく明るくて昼間みたいだった。
今まで他人の殿方と寝室で二人きりなんて経験がないのに、成り行きと勢いで来てしまった。
それにあちきは一応嫁入り直前の娘だ。
こんなところを誰かに知られたら大騒ぎになるし、何より倉地様から縁談を破棄されるに決まっている。
(ど、どうしよう......)
いや、そんなことは今は考えてもダメだ。でもこれはあちきが江戸に戻って鶴姉を助けるためだ。政也様とお話しすることで何か知ることができると直感がそう言ってる。
もしその条件と引き換えに、政也様に一夜を共にすることを求められた時は、素直に従う――そう覚悟していた。
「ま、政也様......あちきは腹を括ってるんで、その代わり、ど、どうか江戸に帰るお導きを――――」
「――――お姉さん、コーヒーとココア、どっちがいい?」
「......あい? こ、こここここ??」
「あーココアねw ちょっと待っててね」
政也様はあちきに手を出してくる気配はない。
それどころか暖かい布を着せて傷の手当てをし直してくれた上に、何やら甘い香りのするお茶を持ってきてくれた。
「冷めないうちに飲みな そのあと色々話聞くから」
優しくしてくれてとっても嬉しいけど、まるでおとっちゃんのような優しさというか、女として見られていない感じがちょいと悔しい。
自慢じゃないけど、江戸の男が一つ屋根の下であちきと二人きりになんてなったら、すぐに手を出してくるだろうに。
「......ありがとさんでごぜえます ちょうでえします」
「そんな畏まらないでくれないかなw やりにくいというか......あとその政也様っての慣れないから政也でいいよ」
「へ、へえ......政也様とお呼びしちゃあならねえでごぜえしょうか?」
「いや、ならねえってことはないけど 俺なんかにそんな呼び方はやめときな」
「俺なんか......?」
政也様は神様のくせに謙った呼び方は好きじゃないみたいだ。そしたらどうしようかな――――
「それじゃあ、政也の旦那!」
「は!?政也の旦那!?」
うん、これが一番呼びやすそう。
「あい!政也の旦那!」
「......わ、わかった じゃあもうそれでいいよ」
「冷めちゃうから早く飲みなって」
照れたような顔をした政也の旦那に人間味を感じて、あちきはさっきより安心した気持ちになれた。
――――「どう、美味しい?」
「!!!!」
不思議な香りのするお茶だとは思ったが、初めてここまで豊かな甘みのあるものを口にした。
あちきは心底感動してしまった。神様の嗜んでる飲み物はどれもこんなに美味しいのだろうか?
「こ、こんな甘味 お初でごぜえます!鍵屋にだしてみてえ」
「インスタントのココアでそこまで感動する人初めて見たわ......」
「そうだ、名前まだちゃんと聞いてなかったね 確か、ヤナカセンちゃんだっけ?」
「??????」
政也の旦那は名を確認してくれてるみたいだったけど、あちきの名はヤナカセンチャンではない。神様のくせに色々雑なんだなと思った。
それと政也の旦那の話す言葉は、あちきのいた江戸の言葉とはだいぶ違うようで、普通に会話すると意思疎通が難しい。だけど、所々言っている意味は理解できる不思議な感覚がある。だからあちきはゆっくり丁寧に話していくことにした。
「あちきの名は、お•せ•ん!」
「谷中•水茶屋•かぎや•茶汲み•二十歳!」
「お、おせん?」
「あい、仙と書いてお仙とお呼びくだせえ」
あちきは指で仙の字を書いてみせた。
ていうか神様なんだから、あちきの考えてることとか勝手に読んでくれたら楽なのに――――そんなことを思いながらも必死に説明をしていく。
「なる......ほど? お仙っていうんだな それで、苗字は?」
「ミョウジ......?ああ、あちきは市井の娘なんで苗字はねえ 茶屋の屋号は鍵屋でごぜえますが」
「苗字が、ない......? そんなことあるのか?」
政也の旦那があちきの言葉に一々突っ込んでくるから話が進まない。質問の多い神様だ。
「いや、ごめん 話を続けてお仙?――――」
それから何度もやり取りを重ねていく中で、あちきは身分と状況を説明して、なんとか政也の旦那に理解してもらえた。
「――――ってことは、お仙は今二十歳で 谷中にある鍵屋っていう水茶屋?で働いていたわけか」
「あい まあ、でえてえそんなとこでごぜえます」
「マジかよ......」
政也の旦那は終始困惑している様子で黙り込んでしまった。とにかくあちきは今自分が置かれている状況を知って、江戸に帰れる手立てを見つけたい。
「政也の旦那、どうされたんで?もし、あちきは江戸には帰れねえんでごぜえしょうか?」
「その前にもう一つ聞きたい情報がある」
「へえ、何でしょう?」
「お仙の生まれた年は、いつ――何年だ?」
生まれ年?――今更そんなことを聞くなんてどいうことだろう。政也の旦那は神様だから、生まれ年でその年で運勢を決める占い的なやつだろうか?
「生まれは武蔵国 寛延の四年 宝暦の始めでごぜえやす 江戸には十の頃に移りましたが?」
「かんえん? ほーれき? ちょっと待ってくれ......」
「やっぱり1751年 江戸時代中期......!」
政也の旦那はまたあの黒鏡を取り出して何かブツブツ言っている。きっと占ってくれてるのかな?
「――お仙、落ち着いて聞いてくれ!」
「え? あ、あい!」
ところが、意を決したように言葉を発した政也の旦那は、衝撃的な事実を打ち明ける。
「ここは東京 令和って時代で――――」
「とうきよ? れいわ? 」
「つまり今お仙は――――」
「260年後の江戸にいるんだ」
江戸で無双してる水茶屋の美女 令和にタイムスリップしてしまう ちゃんおく @chanok0201
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。江戸で無双してる水茶屋の美女 令和にタイムスリップしてしまうの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます