第8話 政也
「えっと、その..........イングリッシュオーケー??」
政也様は、何かの呪文を言いながら黒鏡をあちきに差し出してくる。
やっぱりこのお方は、この黒鏡の"使い手"か何かに違いない。そう思ったあちきは————
————「ま、政也様!そ、その黒鏡!それは何なんでごぜえしょう??」
「え?何って..........いや、翻訳してもらおうと思ったんだけど......」
「......それってのは、iPhoneのこと?」
「あいほ......? それは、あいほんていうのでごぜえますか?」
「いやいやちょっと待て、iPhoneがわからないのか!?」
「わ、わかんねえけど、あちきの顔見知りで浅草の松葉屋っていう水茶屋に小春って娘がいて、その娘が持ってたもんにそっくりで、ええと」
「ま、マジかよ......こはるって誰だ?てか浅草から来たの? どおりでその格好......」
どうやらこの黒鏡はあいほん?なるもので、政也様はこれを操りし者らしい。
この方はやはり神または
————そのときあちきは思い出した。
政也様の声をどこで聞いたのかを。
『どこにいる!返事をしてくれ!!』
あの時だ。この場所に来る直前に黒鏡から聞こえた言葉。あれは間違いなく政也様の声だ。
そう思ったあちきは政也様に助けを求めてみることにした。
「ま、政也様、どうか教えてくだされ!ここは江戸から遠く離れたお国なんでごぜえしょう?!」
「江戸に戻りて、助けてえ人もいて......!鶴姉っていう大事な人で、元の江戸の世に帰してくだされ!」
「へ......?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て......江戸? 江戸って何の話だよ......?」
「酔っ払ってるのか?人探しなら交番連れてってやるから————」
「————政也様!!あちき、政也様のお声を聞いて江戸からここへ来たんでごぜえます!話を聞いてくだせえ!」
「......!」
「今なんて?俺の声を......聞いてここに来たって言ったか?」
通じてるかわからなかったけど、政也様の言葉にあちきはとりあえず大きく頷いた。
「うーん......」
政也様は考え込むような表情をしたあと、遠くを見ながら手を上に挙げた。
すると大きな道を走るあの箱の一つが、政也様の方に吸い寄せられるように近づいて止まり、戸が外に開いた。
政也様の合図一つでこんなことができるなんて、やっぱりこの方は特別な力を持っているに違いない。
「タクシー呼んだから、とりあえず乗りな」
「たくし......?」
目の前の状況にあちきが驚いて固まっていると、政也様はこの箱の中に入るように言ってきた。
町へ買い物に行くときは駕籠を呼んでいたが、少しそれに似ているような気もした。でも、駕籠とは比べもんにならないくらい広くて快適。
「目黒駒場の1丁目までお願いします」
「はい〜安全のため、シートベルトのご協力お願いします〜」
「けっ!!」
あちきはてっきりこの箱には政也様と二人だけしかいないと思っていたら、前に人がいることに気づかなくてまた驚いてしまった。
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突然目の前の四角い板が光だし、中にいる小さい人が喋り出した。あの黒鏡とよく似ていて、小春ちゃんや政也様の持っているものよりも大きく見えた。
どうしていいかわからないあちきは、とりあえず中の人に挨拶をした。
「へえ、旦那 今日はえれえ冷えますなぁ」
「え、どうした......?今俺に言った?」
政也様があちきに聞いてくる。
「あ、この中にいる男の方があちきに声かけてきたんで、挨拶を————あれ?」
しかし気がつくとさっきの男の方はいなくなっていて、別の絵にすり替わっていた。もうわけがわからない。
「やっぱり酔っ払ってるのか?そうだ、さっきコンビニで買った水飲む?」
政也様は、あちきに不思議な筒を手渡した。
中を見ると透けていて、中に水が入っているのがわかる。それもまた、驚くほど澄んだ美しい水だ。
これをあちきにくださるのだろうか?
「えと、これ......何をするもんで?」
「はい?何って水だけど......それ飲んでいいから」
どうやらこれは飲み水らしい。綺麗な入れ物だなとあちきは感心してしまう。
「なんと、澄んだ清げな入れもんでごぜえしょう ......」ひっくり返しても上の小さな蓋を引っ張っても水は出てこない。どうやって飲むのだろうか。
「開け方、もしかしてわからないのか?」
政也様は、蓋を横にねじるようにして開けて見せてくださった。
中の水はひんやり冷たく、それはもう驚くほど美味しくて、感動せずにはいられなかった。やはり政也様は、不思議な力を持つ神様に違いない――そう思わずにはいられなかった。
ところが、その政也様はどこかよそよそしい様子で、怪しむようにあちきを上から下までじっくりと見つめてくる。江戸のお客さんたちがあちきの容姿に見惚れるのとは違い、その真剣な眼差しに、思わず緊張してしまった。
「政也様、そんな目であちきを見ねえでくだせえ......」
「運転手さんすみません、すっごい変なこと聞くんですけど」
「どうしました?————」
あちきが一人で勝手に照れていると、政也様は前に座っている人と何やら話を始めた。
それにしても、引いている馬もいないのに、この箱がどうやって動いているのか、不思議でたまらなかった。
しばらくすると、どうやら目的の場所に着いたようだった。政也様は前にいた男の人と少し話を交わした後、外に出ることになった。
「ありがとうございました〜お忘れ物なさいませんように」
もしかすると、あの人がこの大きな箱を動かしていたのかもしれない――そう思った。
でも、駕籠のように掛け声もなく、一人でどうやって動かしているのかが気になったが、たぶん聞いてもあちきには理解できないだろう。
外に出ると、そこはこれまで見たこともないほど大きな建物の前だった。この世界では建物がどれも驚くほど大きく、無数の灯りが輝いていて、とてもきれいだ。
「あれ、その足――怪我してるのか?」
「ほらそしたら行くよ」
「え?」
あちきが足を怪我していることに気がついた政也様は、ひょいとあちきをおぶって歩き出した。男の人にこうやってされるのなんて、幼い頃に死んだおとっちゃんにされた以来で、少し驚いたけどとっても懐かしい気持ちになった。
建物の中に入ると、それはそれは立派なお城のように華やかで、昔お客さんがこっそり見せてくれたお伽話の書物に出てくるような光景だった。奥へ進んだ先にある大きな扉が開くと、小さな部屋があり、中へ入るように言われる。
「政也様、あちきを何処へ連れてくおつもりでごぜえしょう?」
「ん、どこに行くのかって意味?このマンションに俺の家があるの まあそのうち解約するつもりだけどな」
「まんしよん? かいやく?」
気になることを訊ねてみても、政也様はよくわからない言葉を並べてくるだけで全然理解できない。
「ついたよ ここが俺の部屋 上がって」
こんな状態でどうやって意思疎通を図ればいいのか悩んでいると、政也様の住む場所とやらに着いたようだった。
しかし、このときのあちきには、何もわかっていなかった。
ここがどんな場所なのか、そして、この先に待ち受ける運命がどれほど驚きに満ちたものなのかを――。
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