第7話 銀髪の青年
ここはどこだろう。真っ暗で何にも見えない。
でも、ひんやりしてて、悪い心地じゃない。
ん?————何やら、遠くから騒がしい音が......。
人の声? ......ううん、だけじゃない。
何だろう......聞いたことのない不思議な音。
鳥や虫の鳴き声でも、寺の鐘の音でもない。
川の音....? それでもない、違う。全然わかんない。
眠りから醒めたような感覚で、あちきは何をしてたか覚えていない。
あれ、えっと確か............うーん....!
あの男に追いかけられて、神社の階段から落ちて、それから......?
それ、から......。
ああ、そうだ......あちきは....あちきはきっと————————
————————死んじゃったんだ......。
相変わらず、遠くから聞こえる騒がしい音は途切れない。
あちきと同じように死んでしまった人が近くにいるのかな?と思った。
少しずつ目が慣れてきたのか、視界が明るくなってきた。
よく見るとあちきは、大きな大きな壁に挟まれたような場所にいたことがわかった。
「......?何、ここ......」
後ろを見ると、小さな社殿と
ここが死後の世界の入り口か何かと思ったあちきは、祠さんに手を合わせた。
(ここまで綺麗な姿のまま連れてきてくれて、ありがとうごぜえます....どうか極楽浄土へ行けますように)
とはいったものの、ここからどこに行けばいいのかわからない。
とりあえず祠さんに一礼をして、騒がしい音のする方へ行ってみる。
しかしそこであちきはそこでとんでもないものを見る————————。
「え......?」
夜更けにも関わらず、白く輝く無数の光。
とてつもない速さで通り過ぎていく大きな箱?と奇妙な着物を纏った人々。
そして、見たこともない大きな建物。
ここは一体......どこなの?これが、極楽浄土?わからない。
「痛っ......!」
右足の傷が痛む。あの男から逃げる時に怪我をして、鶴姉に布切れで手当してもらった箇所だ。
「そうだ、鶴姉......!」
鶴姉はどうなったんだろう?やっぱりあのあと......死んじゃったのかな?
なんだか右足の痛みといい、このどこか現実味のある感覚といい、まだ自分が死んでいるとはとても思えない気がしてきた。
実はまだあちきは死んでいなくて、あの世とこの世の狭間、あるいは遠い場所に来てしまっただけかもしれない。
だとしたらおとっちゃん(五兵衛)も今頃きっと、あちきらがいないことに気づいて心配してる頃だろう。早く戻れる方法を探さないと。
とにかく近くで歩いている人に、ここはどこなのかを訊ねてみることにした。
そのときだった————————。
「おい、危ない......! 何やってる!」
突然誰かに腕を掴まれ引っ張られて怒鳴られる。
パ————————!!
その直後、大通りをすごい速さで移動する箱が、奇妙な鳴き声を上げながらあちきの前を通り過ぎる。
「けっ......!」
あ、あんなのにぶつかってたら、きっとひとたまりもない。
それと今の声......。思い出せないけどどこかで聞いたことのある声だった。
振り返ると、銀の髪色をした奇妙な男の方が、険しい表情であちきの腕を掴んでいた。
そしてそのお顔は、まだ一度しかお会いしていないあの方にとてもよく似ていた。
だからあちきは思わず————————
「え、倉地......様?」
そう呼んでしまった。
「は、え......?くら、ち??」
「は......!いえ、その せえのすけ(政之助)様......?」
「せー....のすけさま??誰のことだ......?」
あちきの嫁ぎ相手である倉地政之助様にお顔が似ているとはいえ、本人じゃないのかな?
それにしてもなんだかこの世の人とは思えないような奇妙な出立。まるで神様のよう。
この不思議な場所で初めに話しかけてくれた方が、倉地様にそっくりだなんてできすぎた偶然。もしかしたら、この人なら助けてくれるかも知れない。
そう思ったあちきは————
「せ、せえのすけ様......ここはいづくなんでごぜえしょう?夜更けのくせにえれえ明るいもんで」
「そ、それと....それと鶴姉が!鶴姉がえれえ目に!鶴姉を助けてくだされ!」
「はい....????」
男の方はまるで悟りを開いたお坊さんのような表情で黙り込んでしまった。
あちきと話していてこんな顔をした人は初めてだった。江戸の人はあちきと目が合っただけで昇天するほど喜ぶのに........。
「えっと、お姉さん......落ち着いて?あと俺はせーのすけ様じゃなくて政也って名前だから」
「........!?」
だめだ......言葉が....言葉がよくわからない!
どうして? この方は異国の人なのだろうか?
「さっきなんて言ったの?ツルネ?ツルネさんがどうかしたの?」
「てかその格好......どこから来たの?お祭りの帰りかなんか?」
「.........」
さっきと同じでこの方の言葉の訛り?が強すぎて聞きとりにくく、返す言葉が思い浮かばない。
「あー、もしかして日本文化好きの留学生かなんかか......?お・れ・は、ま・さ・や!」
「あ・な・た・の・な・ま・え・は?」
————名を聞かれている?それと聞き間違えでなければこの方は政也という名らしい。
察したあちきも返答する。
「ま、政也様......? あ、あちきは谷中感応寺、笠森稲荷の鍵屋で奉公しとります 仙と申すもんで......!」
この名を言って江戸で知らない人はいないはずなので、きっとすぐにわかってくれる。そう思ったのに————
「やなか? せん......?なんだって......?」
政也様は苦いお茶を飲んだ時みたいな渋い顔をしてしまう。
(つ、通じない......!?)
あちきは心が折れそうになる。
「あと政也様ってなんだよ......日本語も変だし、歴史好きな外国人観光客か?」
するとまさやの旦那は懐に手を入れてあるものを取り出す。
それは————————
———— あちきも見たことのある、あの"黒鏡"にそっくりだった。
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