6話 鶴姉との別れ
男は手に筒のような物を持ちながらニヤついてる。
「――お仙、に、逃げろ......早く....!」
鶴姉は苦しそうにその場に倒れて、あちきに言った。
あちきには何が起こったかわからなかった。
大好きな鶴姉が突然、目の前で力なく倒れたことしか....。
「鶴姉!!だ、誰か、助けて」
「たの......む....!い、今すぐ逃げてくれ......」
鶴姉が弱々しい声で言いながらあちきを見る。
「こんな場所に助けは来ないぞ 逃げることも許さぬ」
男は筒のようなものををあちきに向けてくる。
「い、いやだ......来ないで....」
――パァン!!!
さっきと同じ乾いた音が響いた瞬間、あちきの着物の袖に何かが当たる。
「......!?」
きっと鶴姉はあれが当たったに違いない。弓矢のようなものだろうか?
「――ちっ、やはり当てるのが難しいな おい、そこを動くな」
「に、逃げろ....おせ....ん たの..む」
鶴姉を見殺しにはしたくなかったが、この男の狙いはきっと自分だ。
あちきが逃げれば追ってくるだろうし、鶴姉とも引き離せる。
――仕方ない、今しかない!!
「う、うう......!!」
ザッ!
あちきは不思議と立ち上がれて、森の奥へと走りだす。
「待て!」
予想通り男が追いかけてくる。
「鶴姉!!!ごめん....!ごめんねえええ!!」
(あとで、あとで必ず戻ってくるから....!)
――パァン!!!
またさっきの音が響く。今度は横の杉の木に当たった。
狙って放つものなのだろう。あの男も使い慣れていない様子だし、まっすぐ走らなければ当たらないかもしれない。
(鶴姉....鶴姉....!死んじゃやだよ....)
走りながら、鶴姉との思い出がえり、涙が止まらない。
「待てえええ!!」
今は必死に逃げるしかない。でも根津の旅籠がどっちの方向なのか、わからない。
「!!」
――すると目の前に高台になっている神社が見えてきて、裏手に階段を見つける。
ここに上れば今いる場所がわかって、助けを呼べるかもしれない......!
ザッザッザッザッ....
「はあはあ....!」
急いで階段を登るが、階段の足場が悪くて足が震える。
鶴姉に布切れを巻いてもらわなかったら痛くて登れなかっただろうなと思う。
(うう、鶴姉....)
階段を登りきって月の光を頼りに辺りを見回すも、暗くてよくわからない。
あの男に見つかる前に何か手がかりを探したいと思っていると、あちきは袖に入っている黒い鏡を思い出す。
「!」
黒鏡に顔を近づけると白く光り出す。夜だと余計に明るく見える。
一体これが災いをもたらすのか、守り神になってくれるのかはわからないけど....。
今は後者であることを祈るしかなかった。
(黒鏡様....どうか、どうか鶴姉を助けて、そしてあの男をここから遠ざけてください......!)
ザッザッザッ....
「....!!」
ところが――――
「あ....ああ......!そんな......」
その願いも虚しく、 男は階段を登ってきてしまった。
「こんなところにいやがったか」
「さあ、もう観念しろ」
もうダメかと思ったその時――――!
ブー!ブー!
「!?」
――黒鏡が激しく小刻みに震え始める!
よく見ると、鏡の面が姿を変えて何かの文字と絵を映し出しているが、あちきには読めない。
わけもわからかったが、黒鏡が自分を助けてくれるかもしれない!
そう思ったあちきは、男に向かって黒鏡をグッと向ける。
(どうか、どうか助けて!)
「何をしている?」
「......そ、それは!?」
「おまえ、なぜそんなものを持っている!!」
男は何やら慌てている様子だった。
もしかして、この黒鏡のことを知っている......?
「そ、それを渡せえええ!!」
男は動揺しながら刀を振り翳してきた!
あちきは髪に刺していたかんざしを抜いて――――
「よくも鶴姉を!!!!」
――――男の肩に思いっきり差し込んだ!
ザクッ
「ぐあああああああああ!!!」
男が苦しんでる隙に、登ってきた階段を下ろうとすると....
『どこにいる!返事をしてくれ!!』
どこからか聞いたことない誰かの声が聞こえてくる。
「......!?」
その声は遠くからではなく、すぐ近くから聞こえる。
というかむしろ......
『おい、返事をしてくれ!!』
「だ、誰......?」
やっぱりそうだ。声の主はこの黒鏡からだった。
ガバッ!
「逃さぬぞおおお!! 」
黒鏡の声に気を取られていると、後ろから男に襟を掴まれる。
「くっ......! は、離して!! 」
「許さぬ、許さぬぞ......!」
「あっ........!」
男の手を振り払った瞬間――――
「え、いや....うそ......?」
――――あちきは階段を踏み外して、地面から放り出された。
落ちる瞬間、とても時間がゆっくりに感じた。
――――こんなところで、あちき......死んじゃうの..........?
江戸で過ごした夢のような10年間が頭の中で蘇る。
この地で手に入れた不動の名、"江戸三大美人の代表 笠森お仙"。
まるでその名を神から返せとでも言われているかのように、ゆっくりゆっくり落ちていく――――。
これがあちきの最期なの......?バチが当たるようなことしちゃったかな?
やっぱりこの黒鏡は、災いをもたらす神からの贈り物だったのかな?
あ〜あ、何やってんだろ もう......
――――ドサッ!
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