ねえ、また三人で喋ろうよ

両目洞窟人間

ねえ、また三人で喋ろうよ

 初めてその国道沿いのファミレスに行ったのは、私が会社を休職している頃だった。

 「岡田真希」と休職届に私の名前を書き、メンタルクリニックの診断書といっしょに上司に提出してしまうと、あっという間に休むことができた。

 いまは会社に行かなくなって、定期的にメンタルクリニックに行くだけ。あとは昼夜逆転。

 時間は有り余るほど生まれてしまった。

 とりあえず私はアディダスのジャージを着て、スマートフォンにつないだイヤホンを耳に着け、散歩する。

 夜、散歩するには明るい方がいい。

「明るいところ~明るいところ~」と彷徨っているうちに国道沿いにたどり着く。

 国道では車がびゅんびゅん走り抜けていく。でもちゃんと歩道もあって、等間隔にある電灯のおかげで、夜でも安全で歩きやすい。

 私はとぼとぼと歩いていく。

 イヤホンからは芸人のラジオが流れている。

 国道沿いを歩くことなんて全然無かったから、行ったこともないし、知らないところだらけだ。

 大きな倉庫。ガソリンスタンド。レンタルビデオショップ。リサイクルショップ。コンビニ。

 気がつくと30分近く歩いている。

 大きな墓石屋がある。

 墓石屋の入り口には石で掘られたドラえもんが二体立っている。

 その真向かい、横断歩道を挟んだその先には、そのファミレスがある。

 歩き疲れたし、ファミレスでも入って、休憩しよう。

 夜、もしかしたら真夜中に近い、その時間帯のファミレスは客が数名くらいしかいなくて、私は適当に窓際の席に座る。

「注文は何になさいますか?」若いイルカの店員に尋ねられる。そのイルカは目の下が黒い。メイクなのか、くまなのか、よくわからない。

 散歩して少しお腹が空いたから、アイスクリームとドリンクバーを頼む。

 ドリンクバーで、メロンソーダを注いで、席に戻ってくると、アイスクリームがちょうどよく届く。

 私は窓から道路を意味もなく眺めながらアイスクリームを舐めたり、メロンソーダを飲んだりする。

 二足歩行のねこが私の席に近づいてくる。

 オレンジのニット帽を被ったねこ。

 なんか見覚えがある気がするなと思っているとそのねこが口を開く。

「やっぱそうにゃよ!真希ちゃん!真希ちゃんにゃんね!」

「はい?」

「覚えてにゃい?中学の時一緒のクラスだった、尾形にゃよ~」

「えっ!」

 頭の中で今まで使ってなかった回路が一気に使われるのを感じる。

 尾形にゃんみ。ヤンキーのにゃんみちゃん。クラスの中で誰よりも大人びて見えたにゃんみちゃん。

 そのにゃんみちゃんが今目の前にいる。私は驚いて、やっと口を開く。

「尾形って、尾形にゃんみちゃん?」

「そうにゃよ~」

「えーまじ久しぶり!」

「ひさしぶり~」

「いつぶり?だって成人式来てなかったよね」

「うん。私、行かにゃかったよ~」

「そうよね。今、何してるの?」

「今、手塚と一緒にいるにゃよ~」

 手塚。その名前を聞いた瞬間また頭の中で使ってなかった回路に電気が走るのを感じる。

 中学のころ、クラスでうつむきがちだった手塚凛ちゃんの顔を思い出す。

 黒髪ショートで所在なさげな目をしていた手塚凛。

「え、手塚って、凛ちゃん?」

「そうにゃ。凛ちゃんいるけども、こっちのテーブル来るにゃ?」

「うん。いくいく」

 私は伝票とアイスクリームを持って、にゃんみちゃんがメロンソーダを持って、店内をぐるっと回るように歩き、喫煙席ゾーンに入り、たどり着いた席に、凛ちゃんがいる。

 でも、驚いてしまう。

 あの凛ちゃんは金髪ロングになっていて、タバコを吸っている。その近くにスケートボードがある。

「凛ちゃん?」私が聞く。

「あっ、えっ、ほっ、本当に岡田さん?」

 喋るとあの頃の凛ちゃんのままなところもある。

「うん、そうだよ」

「えっ、あっ、ほ、本当に、にゃんみちゃんの言うとおりだったんだっ」

「さっきにゃ、真希ちゃんが店入ってきた時、私見てて、あれ真希ちゃんじゃにゃい?ってなったんだけども、凛ちゃんは人違いだって言って聞かにゃくてにゃ~」

「あっ、だって、みんな地元からいなくなったって思ってたからさ」凛ちゃんが言う。

「私、就職でこっち戻ってきたんだよね」

「えっ、あ、そうだったんだ」

「凛ちゃんとにゃんみちゃんは何してるの?」

「あっ、えっ、あっ」

「私らは何もしてないにゃよ~」

「そうなの?」

「お互い、色々あって、今、暇で、こうやってファミレスで駄弁ってるにゃよ~」

「あっ、そうっ、そうなんですっ」

「そうなんだ。私も色々あって今、暇で、散歩してたところだよ」

「にゃるほど~」

「その、スケボーは凛ちゃんの?」

「あっ、やっ、違うくて」

「それは私のだにゃ~」

「え、にゃんみちゃん、スケボーしてるの」

「暇だからにゃ~やってみようと思ったのにゃ~」



 二人に会うのは中学校を卒業以来だった。

 アイスクリームをなめながらよくよく話を聞いていくと、にゃんみちゃんは高校卒業からずっと働いていて、一旦自分の時間が欲しくなって仕事を辞めたところ。

 凛ちゃんは短大卒業後に働き始めた会社で、上司からセクハラを受けて、ある日嫌になり退職。それからはバイトをするも、なかなか長続きする職場に巡り会えていない。

 凛ちゃんはセクハラとか人に舐められやすい体質の反動からある日、髪を染めなきゃいけないと衝動的に思い立って、金に染めたとのこと。

「そ、そのせいで、今はバイトも中々受からなくなって・・・・・・」と凛ちゃんは嘆く。 

 にゃんみちゃんと凛ちゃんはそんな頃に偶然再会した。

 凛ちゃんが閉店間際の駅前のスーパーで買い物をして、外に出ると、かたんっかたんっと音がした。気になって音の方に行くと、スーパーの第二駐車場でにゃんみちゃんがスケボーの練習をしていたのだった。

「スーパーの第二駐車場は閉店間際になるとあんまり誰も使わなくなるから、スケボーの練習にいいにゃよ~」とにゃんみちゃんは言う。

 二人も中学を卒業してから会ってなかった。久しぶりに喋ろうってなって、ちょうど二人の家のあいだにある国道沿いのファミレスに移動。

 卒業以来だし、中学の時は違うグループにいた二人だったし、会話も盛り上がるかな・・・・・・って思っていたけども。

「な、なんか、馬が合ったというか」

「喋ってて気が楽だったにゃ~」

 ってことで、週に1,2度くらいファミレスで喋るようになったらしい。

「真希ちゃんも暇だったら、喋りにくる?」

「え、いいの?」

「いいにゃよ~。暇つぶししてるだけだし」

「暇つぶせるならうれしい」

「じゃあLINEグループに招待していいかにゃ」

「いいよ~。ありがとう~」

「いいにゃよ~」

 ってことで、私たちは週に1、2度くらいファミレスで喋るようになる。

 週に1、2度、誰かが「今日くらい集まる?」ってLINEを送って、それで都合が合えば、夜にファミレスで落ち合う。

 だいたいにゃんみちゃんはスケボーを片手に抱えていてあちこちに傷を作っていたし、凛ちゃんはいつも何かに怯えているようにやってきて、気持ちを落ち着けるかのようにタバコを吸っていたし、私は、アディダスのジャージを着てはぼんやりしていた。

 私たちはドリンクバーを注文する。

 大したことは喋らなかった。

 実のある話は何も。

「あいつ何してる?」って中学の同級生の話をしたり、読んでた漫画の話をしたり、好きな音楽の話をしたり、好きなドリンクバーの飲み物の話をしたり、税金怖いよねって話をしたり、美味しかったものの話をしたり、ちょっと不安を話したり、過去のこと言ったり、未来のことを喋ったりした。


 どちらにせよ大したことは話していない。

 雑談。

 私たちは雑談を延々としていたのだった。


 それらの日々は思い返しても、正しい順番がわからない。

 いつも雑談していて、どの日が先で、どの日が後はわからない。


 ある日は、にゃんみちゃんが喋り出す。

「くるりのライブに行くことになったにゃ~」

「え、意外。にゃんみちゃん、くるり聞いたりするんだ」と私が言う。

「中学から好きだにゃ」

「ぱ、パンクとか、ヒップホップとか聞いてるって思ってた」凛ちゃんが言う。

 中学の時のにゃんみちゃんはヤンキーでもっと怖くて、その中学の時のイメージとくるりを聞いているにゃんみちゃんが合致しないと言えば合致しない。

「私だってくるりを聴いたりするにゃ。くるりが救ってくれた夜もめちゃあるにゃ~」

「へー」

「彼氏と別れたあと『東京』聞いて泣いたり、働いていたときは『How To Go』聞いて自分も未来になにかあるかにゃ~とか思ったりしたのにゃ」

「あ、くるりはずっ、ずっと好きなの?」

「それがにゃ~、聴いてなかった時期とかもあってにゃ~」

「それはなんで?」

「アルバム毎に結構雰囲気が変わるんだにゃ~。『坩堝の電圧』ってアルバムの時期はなんか刺さんなくてにゃ」

「あーわかる。好きなミュージシャンの新作刺さらないとかあるよね」

「にゃー。あるよにゃー」

 凛ちゃんもうなずいている。

「でもにゃ、新曲の『その線は水平線』は、なんか昔のくるりの雰囲気もあって、めっちゃいいのにゃ~」

「へーそうなんだ。くるりって何から聴いたらいいの?」

「今だとベストアルバム出てるし、そっから入っていいにゃよ」

「わかった。聞いてみる」

「ぜひぜひにゃ~」


 ある日は、私が喋り出す。

「このファミレスの間違い探しって難しいらしいよ」

 メニューから間違い探しを取り出してテーブルに広げる。

 間違いの数は10個。

「いいにゃ。やるにゃ、やるにゃ」

「あっ、ここ、間違ってるっ」

「凛ちゃん見つけるの早いね」

 私達はテーブルの真ん中に置いた間違い探しに顔を突きつけて、間違いを探していく。

 5個くらいまでは間違いは見つかる。

「ぜ、全然わからない……」

「このピザって見つけたやつだっけにゃ」

 しばらく見つめる。8つまでは間違いを見つける。残り2つが見つからない。

「にゃああっ!わかんにゃいな!」

「ほ、本当に間違いまだある?」

「あるらしいけども……」

「にゃー。ネットで調べるにゃ」

 にゃんみちゃんはスマホで答えを見る。すると「うふふふ」とか「あーにゃるほど」とか言う。

「答えなんだったの?」

「ヒントはね、雲らへんと、道」


 ある日は、凛ちゃんが喋り出す。

「み、みんなは、サブスクって入ってる?NetflixとかHuluとか、Amazonプライムとか、そういうの」

「あー気になってるけども、まだ入ってないんだよねー」

「私はそこのGEOでよくDVD借りてるにゃ」

「サブスクねー。凛ちゃんは何か入ってるの」

「Netflix!」

「凛ちゃん映画好きなの?」

「あっ、私、映画が好きでっ。ファンタジーとか、そういうのが好き」

「『ハリーポッター』とか?」

「あっ、私は『ロード・オブ・ザ・リング』とかの方が好きっ」

「違いがあるのにゃ?」

「な、なんていうか、うまく、言えないけども、『ハリーポッター』は人間関係すぎてそんなに好きじゃなくて、それだったら、わ、私は『ロード・オブ・ザ・リング』の方が好き。あとの『ホビット』も含めて好き」

「凛ちゃんはにゃんでファンタジーがすきにゃの~?私は『アウトレイジ』とか『ジョン・ウィック』とか『ワイルドスピード』とかは人が沢山死んだり、車が爆発するから好きにゃんだけども」

「なにそれ」

「アクション映画にゃ。そういうのばっか見てるにゃ」

「わ、私は、ファンタジーが、私から、遠くて好き」

「凛ちゃんから遠い?」

「私っていうか、げ、現実から、遠くて、綺麗でかっこよくて、なんか見ていて、凄く憧れっていうのかなっ。そういう気持ちになる」


 そんなことをドリンクバーだけで散々喋った。ファミレス側から注意を受けることも全然なかった。

 私たちは沢山の夜をそうやって過ごして、深夜3時近くになったら、私たちは店を出て行った。

 それでお互いに「じゃあね~」って言って別れる。

 家の方向がばらばらだから、本当にばらばらに別れるのだった。


 ファミレスで雑談する以外には、何度かにゃんみちゃんがスケボーの練習をするのも見たりした。

 にゃんみちゃんはどこからか「よいしょ、よいしょ~」とカラーコーンを持ってきて、それを駅前スーパーの第二駐車場の真ん中に置いてスケボーで飛び越えようとした。

 かたんっと音を鳴らして、スケボーを跳ねさせる。

 それでカラーコーンを飛び越える・・・のはなかなか難しいみたいで、結構何度も失敗しては、ごろんと転けていた。

 にゃんみちゃんはねこだからか転けるのがとても上手かった。

 毎回、ごろーんと転がった。

 にゃんみちゃんに「大丈夫ー?」って聞くと「大丈夫にゃ~。スケボーは失敗してなんぼだし」と言われた。

 そういうものなんだと思ったりした。

 何回もにゃんみちゃんはかたんっとスケボーを鳴らして、カラーコーンを飛び越えようとして、失敗して、失敗して、失敗した。

「だめかー」と思って見ていると、突然成功したりして、それを見て私と凛ちゃんで「おお~!」と喜んだりした。

 成功するとにゃんみちゃんは「にゃははは」と私たちに向かって笑った。

 私もスケボーに乗せてもらったことがある。

 でも全然乗れなかった。怖くて、立つこともできなかった。

「無理だよー。これだめだよー」

 けれども、凛ちゃんは意外とスケボーにちゃんと乗れて、なんならそのまま軽く滑ることもできた。

「凛ちゃんもスケボー始めたらいいのにゃ~」とにゃんみちゃんが言うと「わっ、わたしができたのは、まぐれだからっ」と凛ちゃんは言うのだった。

 けども滑れたのは凛ちゃん的にも嬉しかったみたいで、少しの間、第二駐車場をぐるぐると凛ちゃんは滑っていた。凛ちゃんは楽しそうに笑っていた。

 それを見て、私たちも笑ったりした。



いつものある日に「わ、私、バイト決まって!」と凛ちゃんが言った。

「おーおめでとう」私とにゃんみちゃんは軽く拍手をする。

「どこでバイトするのにゃ」

「えっ、駅前の100均でっ」

「あーいいんじゃない」

「金髪でもいいのにゃ?」

「い、いいって言ってた!」

「良かったね」

「も、もしよかったら、バイト先、来てよっ」

「えーバイト先行くのってなんか気まずくない?」

「気まずいにゃ~」

「や、安くするっ」

「100均だから安くしようがなくない?」

「た、たしかにっ」

「今度は続いたらいいのにゃ~」

「うんっ。ありがとうっ」

 凛ちゃんが笑う。

 私たちはお祝いということでドリンクバーのドリンクでいえーいと乾杯をしてみたりした。


 凛ちゃんがバイトを始めると、なかなか三人で集まることは難しくなった。

 私かにゃんみちゃんが「この日集まる~?」と聞いても、凛ちゃんは「その日は難しい」や「ごめん疲れてて行けない」と返すのが増えてきた。

 無理に集まるものでもないかーと思い、私たちは集まらず、各々で生活をまたしていった。

 私は相変わらず散歩をよくしていたので、ファミレスにたまに行っていた。

 ファミレスに行っては、スマホでNetflixのドラマを見たりした。

 それはそれで楽しくはあったけども、最後にはなんか妙に寂しさが残った。

 喋りたいなーと思ったけども、私たちはもう大人で、今まで簡単に集まれて喋れていたのがおかしかったんだってわかっていた。

 だから、寂しいとは思っていても、それを三人のグループラインに投下することもなかったし、にゃんみちゃんも凛ちゃんもそう言うことはなかった。


 ある日の夜に駅前のスーパーで買い物をすると、かたんっかたんっと音が聞こえてきたので、第二駐車場に行くと、にゃんみちゃんがスケボーの練習をしているところだった。

「あ、真希ちゃんにゃ」

 私が手を挙げて挨拶すると、にゃんみちゃんも手を挙げ返してくれる。

「スケボーの練習?」

「うん。と言っても、全然上手くいってにゃいけどね」

「そうなの?」

「最近は練習しても全然伸びにゃい。伸びにゃやみの時期だわ~」

「そうなんだ」

 私たちは車止めのブロックに腰掛ける。

「そっか。最近会ってなかったね」

「凛ちゃん忙しいしにゃ~、私も最近は日雇いのバイトしてしにゃ~」

「そうだったの」

「筋肉付いたにゃよ。あっ、凛ちゃんの100均行ったにゃ?」

「ううん。悪いだろうなって思って行ってない」

「私もにゃ」

「そうだよねー。じゃあ、最近は誰も会ってなかったのか」

「まあ、それまで10年近く会ってなかったのに、最近がよく会い過ぎてたのにゃ」

「確かに、そうかもねー」

「にゃ~」

「今、学生時代だったら、考えれないくらい喋ってるしね」

「そうだにゃ~。昔は本当、同級生ってくらいだったもんにゃ~」

「なんでだろう」

「うん?にゃにが?」

「なんでこんなに喋るようになったんだろう」

「それはー、にゃんでだろう。馬が合うってやつじゃにゃいかな」

「馬が合う、だったら学生時代でも合ってもよくない?そん時から仲良くてもよかったんじゃない」

「でも、その時は、にゃんか違うかったんだにゃ」

「なにが違ってたんだろう?」

「そりゃー、あの頃は中学生だったし、私も荒れてたりで、今の私じゃにゃいし、みんなも昔のみんなだったわけにゃ。むしろ、今の私だったり、今の真希ちゃんだったり、今の凛ちゃんだから、やっと馬が合ったりすることもあると思うにゃよ」

「そういうことってあるのかな」

「そういうこともあると思うにゃよ。現に今の私らがそうじゃん」とにゃんみちゃんが言う。

 なんか途端に学生時代大人びて見えたにゃんみちゃんのことを思い出したりした。

 スマホが鳴る。にゃんみちゃんもスマホが鳴ったみたいでポケットを探る。

 私たちのLINEグループからの通知。

 凛ちゃんから。

"バイト、クビになっちゃった"

 え、これ、どうしよう。

 にゃんみちゃんはすぐに凛ちゃんへ電話をかける。

「あ、凛ちゃん。今、私ら、いつもの駐車場いるけども、ファミレスに行くにゃ?」

 スピーカーから涙声で「うん」って返答が聞こえる。


 散々泣き腫らした目で凛ちゃんはファミレスにやってきた。

 イルカの店員にドリンクバーを注文して、オレンジジュースを取りに行き、席に戻るとタバコに火をつけて、煙を吐きながら、凛ちゃんはぽつぽつと喋り始めた。

 凛ちゃんの100均でのバイトは散々だった。

 先輩の主婦アルバイターたちには「物覚えや要領が悪い」と怒られまくった。店長は落ち込んでる姿を見て相談に乗ってくれた。ところがある日突然、二人きりのドライブに誘ってきて、これはまずいと思い、逃げ出した。翌日から店長の対応がわかりやすいくらい悪くなった。それでも頑張っていたけども「生産性が見込めない」という理由で突然クビになったのだった。

「なにそれ!許せないにゃ!」

「バイトでもそんな簡単にクビにできないはずだったよ」と私は言う。

「その店長教えろにゃ。たたきのめしてやるにゃ」

「あ、や、いいの。もう」

「よくないにゃ。許せないのにゃ。主婦アルバイターも含めて全員たたきのめしてやるにゃ。やってやるにゃ。やるときはやってやらにゃきゃだめなのにゃ」

「にゃんみちゃん、ヤンキー出てるよ」

「あ、ありがとう。で、でも大丈夫。というか、クビになったから逆に助かったと思ったし」

「え、そうにゃの」

「う、うん。もう行かなくていいって思ったら気が楽になっちゃった」凛ちゃんは笑うように言う。

 凛ちゃんは泣いていた。けど、つきものが落ちたような表情も浮かべていた。

 よっぽどしんどかったんだろう。

 泣き疲れて、コップの中のジュースもすっかり空だ。

「凛ちゃん。飲み物取ってくるよ。何がいい?」

「あ、ありがとう。じゃあ。オレンジジュース」

「わかった。氷あり?抜き?」

「こ、氷抜きで」

 私はドリンクバーでオレンジジュースを注ぎにいく。

 なんで幸せになれないんだろう。

 どうにか幸せになる方法はないんだろうか。

 そんなことを考えながら席に戻ると、にゃんみちゃんが驚いた表情を浮かべている。

「あ、え、にゃんみちゃんどうしたの」

「あの。あーこれはー凛ちゃんから言った方がいいにゃ・・・・・・」

「え。凛ちゃんどうしたのなんかあったの」

「あ、う、うん。わ、私ね。俳優さんになろうと思って」

「へっ!」私は変な声が出てしまう。

「俳優さんってにゃんでなのにゃ・・・?」

「な、なんか、ね。私は私にもう疲れちゃって。私以外の私になりたいけども、無理だって思って・・・めっちゃ絶望しちゃったんだよね」

「うん」

「け、けどもねっ。俳優さんなら、役の上でだけども、自分以外の自分になれるって映画見てて思ったの。俳優さんなら、私以外の私になれるって思いついて。それでっ・・・」

「え、俳優さんって、凛ちゃん、演技とかしたことあるの?」

「う、ううん。幼稚園のお遊戯しかないよ」

「めっちゃブランクあるね」

「なれるもんなのかにゃ・・・・・・」

「わ、わかんないけども、お、オーディションに応募した」

「え?」

「ね、ネットで調べたら、東京だけども、なんかの劇団でオーディションしてたから、それ受けてみる」

「行動早くない?」

「ぜ、善は急げだよ」凛ちゃんは言う。


 その次の週には凛ちゃんは東京にオーディションを受けに行く。凛ちゃんはあんな風だし、演技も幼稚園のお遊戯しかしたことないと言ってたから、応援はしてるけども、正直無理だろうと思っていた。

 ところが、凛ちゃんはなんとオーディションに受かる。

 凛ちゃんからの"受かったよ"のLINEのメッセージに、私は「まじかよ」ともらしながら、喜んでるロボットのスタンプを送る。

 凛ちゃんは演劇の舞台に出ることが決まって、それは結構でかい舞台らしくて、大変じゃん!ってなってるうちに、あれよあれよと東京に行くことが決まる。


 最後に三人で集まったのは、凛ちゃんが東京に行く前々日だった。

 凛ちゃんが東京行くし、と見送り会ということで集まることにしたのだ。

 と言っても、特別なことはしなかった。

 凛ちゃんに「何食べたい?お祝いだよ。おごるよー」と聞いたら凛ちゃんは「じ、じゃあハンバーグとステーキ」と答える。

「・・・・・・意外と食べるね。なんかケーキとかパフェとかと思ってた」

「ちゃんと主食だにゃ~」

「いっ、一度、食べてみたかって」

 私達は目の下にくまがあるイルカの店員にそれを注文する。

「あとドリンクバーを三つ」

 凛ちゃんのドリンクバー代は私ら持ち。

 見送り会ということで、何か特別な話になるかなと思ったけども、気がついたらいつも通り雑談をしてる。

「Netflix入ったよ。便利だねー」「で、でしょ!」「私はまだGEO派なんだにゃ」「入りなよ。本当便利だから」って話をしたり「くるりのベストアルバム聴いたよ」「わ、わたしも聞いた。ロックンロールとか好き」「ワールズエンド・スーパーノヴァとかもいいよにゃ」って話をしたり。

 いつも通りの雑談。

 凛ちゃんに「引っ越しの準備は終わった?」と聞くと「そ、それが、まだなんだよね」と言った。にゃんみちゃんは「明日暇だから手伝いに行くにゃ~」と言う。

「え、ほんと、めっちゃ助かる」

「うん、なんなら軽トラ持ってこようかにゃ?」にゃんみちゃんが言う。

「け、軽トラは大丈夫かな。梱包くらいだし」

「え、にゃんみちゃんって軽トラ運転できるの?」

「軽トラどころか、本物のトラックも運転できるにゃ」

「えーまじで」

「あ、その流れだと、言ってなかったけども、私も就職することににゃってにゃ。トラックの運転手になるのにゃ」と言う。

 聞けば、知り合いの知り合いがそういう業界で働いているらしく猫の手も借りたいってなって、話が来たようだ。

「トラックの免許持ってたんだ」

「持ってるにゃよ。長距離のはまだだけども」

「へー」

 散々喋ったつもりだったけども、にゃんみちゃんの知らないことあるんだなと思ったりした。

「だから、真希ちゃん、スケボーいらにゃい?」

「え、私?」

「うん。働くとなるとスケボー、なかなかしにゃくなると思うし。どうにゃ?」

「凛ちゃんの方が上手かったし、凛ちゃんはどう?」

「わっ、わたし、これ以上、荷物持って行けないしっ」

「あ、そうか」

「って言ってるにゃ」

「うーん。じゃあ、私が貰うよ」

「ありがとうにゃ」にゃんみちゃんはにゃはははと笑う。


 それからちょっと喋って、いつもよりは早い時間、といっても深夜は深夜だけども、2時ぐらい、私たちにとっては早い時間に解散した。

 いつものように「じゃあねー」と言って別れたけども、私はもう三人で会うことはないんだろうなと思っていた。

 その時の別れる言葉が「じゃあねー」で合ってるとは思わないけども、それ以外の言葉もなかった。

 私たちは中学生の同級生で、最近たまたま再会して、たまたまよく喋っていただけだ。それがまた前のように戻るだけだ。それだけなのだ。

 私は帰る。にゃんみちゃんから貰ったスケボーを片手に。



 それからあっという間に時間が経つ。

 私は休職していた会社を結局辞める。

 メンタルクリニックに行く回数が前よりも減った頃、私は資格の勉強をし始める。

 その資格の勉強で、ずっとあのファミレスに通う。

 注文はドリンクバーだけで、資格の勉強をする。たまにNetflixでドラマや映画をスマホで見て息抜きをする。

 散歩、ファミレス、勉強のルーティンで動いていた頃に、世界中で感染症が流行り始める。 

 その感染症は思ったよりも大変で、多くの人と同じように、不要不急の外出を避けて、私も家にこもるようになり、しばらく経って外に出られるようになった頃、あのファミレスに行くと深夜営業をやめてしまっている。

 深夜3時どころか、22時には閉店してしまう。

 時を同じくして喫煙席も無くなっている。

 あの目の下にくまがあったイルカの店員もやめている。

 それが嫌だったわけじゃないけども、私はなんとなくあのファミレスにも行かないようになり、家や図書館で資格の勉強をするようになって、何度目かの資格試験でやっと合格をし、それを元に仕事を探し、やっと見つけて、働くようになる。

 結局また地元での仕事。

 まあ、全然よくて、私はちゃんとまた社会人をやる。

 それからしばらくして、多くの人が感染症のワクチンを打ち始めた頃、全然動いていなかったあの三人のLINEグループが突然動く。

 にゃんみちゃんからだった。

"凛ちゃん、演技めっちゃ良かったよ"

 写真が添付されている。

 そこにはファンタジーな衣装を着た凛ちゃんと、前よりも日焼けしたにゃんみちゃんの二人が写っている。

 私は"いいなー"と返して、そのあとに"凛ちゃん、めっちゃ似合ってる"と送る。

 凛ちゃんから"ありがとうー"って返ってくる。

 その後に私は"にゃんみちゃん、めっちゃ日焼けしてない?"って送ったら"うるせえ。長距離は焼けるんだよ"って返ってくる。

 凛ちゃんからメッセージが届く。

 "また三人で喋ろうね"

 私は喜んでいるロボットのスタンプを送る。


 散歩はたまに続けている。

 休みの日、何の予定もない日に、なんとなく身体を動かしたい時に。

 そして夜じゃなく、昼間に、国道沿いを歩く。

 もうアディダスのジャージは着ていない。

 耳に入れたBluetoothイヤホンからはくるりが流れている。去年、出た『潮風のアリア』という曲を聞いてる。

 散歩のルートはいつもと同じ。

 いつもの大きな倉庫。いつものガソリンスタンド。いつものリサイクルショップ。いつものコンビニ。

 レンタルビデオショップは潰れた。代わりにラーメン屋が入った。でもだいたいはいつもの風景。

 いつもの大きな墓石屋。正面にドラえもんが二体。

 その真向かい、横断歩道を挟んだ先にはファミレスのはずだけども、影も形もなくなっている。

 ファミレスだったそこは中古車販売店になっている。

 私は「そっかー」と呟いて、写真を一枚撮る。

 そして三人のLINEグループに"ファミレス潰れちゃった"と送る。

 写真だけ見ても、何が何だかわからない。ただ中古車販売店が写っているだけだ。

 既読はすぐには付かない。

 たまにあの時間ってなんだったんだろうと思う。

 私たちが何度も会って、ずっと喋っていたあの時間。

 沢山、沢山、時間を過ごしたはずなのに、こうやって生活をしていると、まるで何もなかったようになっている。

 けども。

 なんにもなかったなんて思いたくなくて。

 ねえ、また三人で喋ろうよ。

 私は心の中でそっと呟く。

 私は、スマホをポケットにしまって、家に向かって歩き始める。

 それから、スケボー、ちょっとは乗れるくらいには練習してみようかなとか思ったりする。

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