絵がド下手くそな文字書きが自作小説キャラを描いたら、「あんた誰?」と思った件
丸毛鈴
いや、たしかに設定上はこうだけど……
「丸毛さんの好きなキャラクターの素材が、CLIP STUDIO PAINT(クリスタ)にあるよ」
きっかけは、SNSでそう教えてもらったことだった。「あのキャラの素材があるなら」と、ダウンロードしてみたクリスタの白いキャンバスはいかにも何かを描きやすそうで、ためしにビントロングという動物を描いたら、モフモフかわいいはずの哺乳類がまるで落ち武者に!
なんとかこの動物を上手く描いてやろう……とお絵描きを続けてみたものの、その道のりは「描けない以前に見えていない!」「線を引くのってこんなに難しいの!?」「えっ、世界ってひょっとして立体なの!?」と、衝撃の連続!
しかし、その驚きのなか、どんどんお絵描きにハマり、次第に描く対象が動物から人間に移っていくのだった。
***
夫のスケッチをするようになり、「人間を描くのっておもしろい!」と思うようになったわたしは、ジェスチャードローイング(ジェスドロ)もやるようになった。ジェスドロとは、短時間でモデルの動きを素早くとらえる練習法だ。わたしがお世話になっているのは、YouTubeの「GesDrawPARTY(じぇすどろパーティー)」。1分で描くポーズ5つ、2分で描くポーズ4つ、5分で描くポーズ1つという構成で、20分ほどで完結し、続けやすい。
そういった練習を重ねていると、たまには「キャラクターを描いてみようかな」と思う瞬間がある。わたしは小説を書いているので、すでに書いている作品や、構想している作品のキャラクターを絵に描けたら楽しいのではないか? と考えるわけだ。
さっそく、「『庭師とその妻』のヒロイン・ユメリアは、銀灰色のロングヘアで、瞳は灰青色、優しいけれど、物語冒頭では気弱さが前面に出ている子で」と思い浮かべながら、板タブレットにペンを走らせる……。
が、描いているうちに疑問が次々と湧いてくる。気弱な子っていうけど、どんな顔をしているの? 前髪は、ロングヘアの長さは? なんとかそれっぽく仕上げた絵を見て思ったことは……。
「あんた、誰?」
たしかに、絵の中の女の子は設定通りの髪と瞳の色で、いかにも気弱そうだ。しかし、この子がわたしの小説のヒロインだという証拠はどこに? 「下手だから、思い通りに描けなかった」わけではない。ヒロインをイメージし、自らの手で描いたにもかかわらず、本当に誰かがわからないのだ。
そして、気がつく。「わたしは思った以上に、キャラクターのビジュアルが想像できていないのではないか」と。
小説を書く上では、外見を事細かに描写する必要はほとんどない(たぶん)。むしろ、詳細に想像できる作者であれば、省略に腐心するはずだ。ぼんやりとしたイメージから必要なワードを抽出して文章にすれば、描写はたいてい成り立つ。少なくともわたしはそう思って小説を書いている。そのため、それまで「己がどれぐらいビジュアルをイメージできているか、いないか」に目を向けたことはほとんどなかった。
しかし、絵を描くとなると話は別だ。詳細にイメージができていないと、描けない。だましだまし描けば、今度は「小説に書いたあの子」なのかどうかがわからない。たとえばわたしが夫の似顔絵を描き、通りがかりの人に「似ているでしょう」と見せても、「知らんし」となるのと同じ……いや、わたしにとって小説の登場人物は「見知らぬ人」ではない。性格や雰囲気、だいたいの容姿は知っている。しかし、はっきりとした外見は知らないのだ。
ネットで知り合って、しょっちゅう通話する親しい人、ぐらいの間柄なのかもしれない。内面についてはよく知っているが、その人のアイコンにはピンボケした写真が使われていて、外見は、なんとなくの雰囲気しかわからない。
自分のことを「ビジュアルイメージ能力が弱いほうだ」とは思っていたが、ここまでとは思わなかった。この事実は一面ネガティブなようだが、わたしにとって、とてもおもしろい体験だった。だって、「自分が頭の中で何を、どこまで思い浮かべられて『いないか』」なんて、なかなかわかるものではない。絵を描くことを通して、はじめてそれが白日のもとにさらされたのだ。
初期にやっていた動物の模写でも、描くことでどれだけ模写の元になるものを「見ていないか」がわかった。現実、想像上のものを問わず、自分に何が見えているか、見えていないかを教えてくれる眼鏡。それが絵なのだ。こんなにおもしろいものが、他にあるだろうか?
この体験をしてから、わたしは小説を書くとき、「自分がどこまで『絵』を思い浮かべられているか、いないか」を考えるようになった。劇的に書き方を変えたわけではないけれど、書く中で、「登場人物の容姿描写や背景描写をどれぐらい入れているか、いないか」を少しだけ意識する。わたしの傾向から、足りていないことが多いはずなので、「もう少し付け足したほうがいいところはないか」を、一瞬立ち止まって考える。もちろん、何も加えないことも多いけれど。
小説を書く方は、「におい、味などの五感にまつわる情報を入れると、読者が感覚の移入をしやすく、没入しやすい」と聞いたことがあると思う。やっていることは、それを意識するのと同じことだ。「入れたほうがいいところはないかな」というチェックポイントが増えたのだ。とはいえ、「絵」に関するあれこれは、今までにわたしが持ち得なかった視点だった。
「描く」ことで、「書く」が変わる。これも絵を描くまで想像だにしなかったことだった。
絵がド下手くそな文字書きが自作小説キャラを描いたら、「あんた誰?」と思った件 丸毛鈴 @suzu_maruke
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