春の嵐。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
今年も開催されました、年一の掌編書きまくりお祭りKAC!
わたしも三篇参加いたしました。
お星様、応援ハート、コメント、レビューなど、皆さま、ありがとうございました。
『流し雛』
https://kakuyomu.jp/works/16818622170586913620お題「ひなまつり」に寄せて。
古代日本を舞台に、ひとりの少女の情念を描いたもの。主従百合っぽい。
非常に強く、巨大な感情を持っているけれど、時代、立場などの制約があって、彼女がそれに名前をつけることはありません……なんかいいですよね、そういうの、という話。
『十回目の夢は、もう見ない』
https://kakuyomu.jp/works/16818622171492901958共通書き出し「10回目の夢は、もう見ない」に寄せて。
未来の人類は、いまとはまったく違う価値観で生きているのでは……と思って書いたもの。
人類の歴史という観点から見れば、ほんの一瞬だけを生きているわたしでも、ふとした瞬間に価値観が変わったのを目撃した経験は何度かあります。
そのたびに驚くのは、古い価値観が塗り替えられ、ほぼなかったことになることです。
今を生きるわたしたちに強固にしみついた「当たり前」が覆され、「ないこと」にされた世界を描いたのは、そういう驚きが下敷きになってのことかもしれません。
『おふとん@無職』
https://kakuyomu.jp/works/16818622171693346228三題噺「天下無双」「ダンス」「布団」に寄せて。
少女ふたりの友情もの。勢い重視。おふとんに丸まってゴロゴロ転がっていく女の子を書きたかった……のかもしれません。
今年はストレートお題から書き出し縛り、三題噺まで、バラエティ豊かで楽しかったですね。
KACに初参加したのは、2023年でした。
それまでのわたしは、お題で書くとか掌編を書くとか苦手で……。
お題のとらえ方も一面的で、なんとなく起承転結をなぞった、どこかで見たようなものしか書けませんでした。
起承転結をなぞっても、どこかで見たようなものでもいいんです。
問題は、それが「自分の上っ面から出てきたもので、自分の何かを引っ張り出したものではない」と感じられてしまうことでした。
かといって長編を書いた経験もなく、『庭師とその妻』が初執筆。
要するになんにも書けなかったんですね。
でも、この年のKACで、はじめて、「お題によって、書きたかったものが引きずり出される」経験をしました。
そして、誰にも読まれないと思っていたクソ重小説を、意外にも多くの方に読んでいただけて……。
それが『先輩の筋肉とわたし』という作品でした。
https://kakuyomu.jp/works/16817330654360481784はじめて、「わたしにも、実感を込めて書けるものがあるのかもしれない」と感じた出来事で、このときに胸に宿った実感は、今も支えになっています。
なので、KACは思い入れのあるイベントなのでした。
この話、何回するんですかって感じですが、まあまあ、「はじめまして」の方が読むかもしれませんし、いいじゃありませんか、ってことで。
今年はそこまでエポックメイキング! な出来事があったわけじゃないですけれど、これからも書き続けて、いつか、臓物が引きずり出されたグエー……と思えるような……それでいて読者の方には読んで楽しんでいただける作品が書けたらうれしい……。
それでは皆さま、KACがほぼ終わり、開催されている春の気温気圧乱高下祭り、無事ご着陸くださいませ。