第2話 はっちゃんが記憶喪失になったら?
「はっちゃん! はっちゃぁん!」
「馬鹿、あんまり大声出すな、慶次郎」
「だ、だって、だってぇ!」
「落ち着いて慶次郎」
「そうですよ慶次郎、あなたが落ち着かないと」
「そうだぞ、葉月びっくりしてんじゃん」
目を覚ますと、見知らぬ部屋のベッドの上だった。
そんで、あたしを取り囲む、イケメン×5である。えっ、天国? 桃源郷? あたし死んだ? ていうか、イケメン五人中三人は頭の上にケモ耳生えてんだけど。天使ってケモ耳生えてるの? だとしたらケモ耳生えてないこの二人は何?
「えーっと、すみませんけど、どちら様? ていうかあたし、何でここにいるんですか?」
そう尋ねると、五人のイケメンは一斉に顔を見合わせた。
「い、いまどちら様って」
「言ったな。これもしかして」
「まさかと思うけど、葉月」
「さっき頭を打ったから」
「おい、笑えねぇぞ、これ」
そんなことをあたしの頭上でひそひそし、そのうちの一人、さっぱりとした黒髪の涼し気なイケメンが眉毛を八の字に下げておずおずと「あの」と声をかけて来る。
「僕、慶次郎って言います。ええと、あの、僕のこと覚えてませんか?」
「ごめんなさい。ちょっと存じ上げない感じですね。えっと、初めまして?」
慶次郎さんという人は、何やら相当ショックを受けた様子で、がくりとその場に膝をついた。えっ、大丈夫?
「はっちゃん、俺は君の恋人の歓太郎だよ。もう大丈夫だよ、マイハニー」
「えっ、キモッ。絶対違いますよね」
そんで、その隣にいた黒髪の長髪イケメンが、あたしの手を取って寝ぼけたことを宣う。おかしいな。めちゃくちゃイケメンなんだけど、まったく嬉しくないし、それどころかなんかゾワッと悪寒がする。
「全く、歓太郎は油断も隙もないよね。葉月葉月。あのね、ほんとのほんとはぼくが一番仲良しなんだよ。僕の名前は『おからパウダー』っていうんだ」
「何その名前。ふざけてんの?」
「おパ、下がりなさい。葉月、ウチの愚兄が申し訳ありません。私は『小麦粉』です。あなたの最も頼れる相談相手です」
「いや『小麦粉』て。あたし粉に相談する趣味ないし」
「だっはっは、二人とも振られてやんの。なぁ葉月、オレだよオレ。 『純ココア』だよ、『純ココア』」
「そんでお前も粉じゃねぇか。何だよ。オレオレ、って面と向かってオレオレ詐欺か」
なんなのマジでさっきから。
さっきまでイケメンに囲まれるなんて眼福~、って思ってたのに、一人はなんかショックで立ち直れてないし、もう一人は動きが気持ち悪いし、残り三人は名前が粉だし。
「とりあえず、家に帰らせてもらいますね」
もぞり、とベッドから下りようとすると、いまだに床でうずくまっている涼やかイケメン以外のイケメンが(そろそろイケメンがゲシュタルト崩壊しそう)待ったをかけて来た。
「はっちゃん、さっきのはまぁまぁ冗談なんだけど、帰るのは一旦待って」
「まぁまぁ冗談だったんだ。ふざけんな」
「そうだよ葉月! 帰らないで!」
「何でよ」
「ていうか、ベッドから出ないでください! 要安静!」
「はぁ? 何で?」
「お前頭打ってんだよ! お医者さんから、今日一日安静にして様子見ろって言われてんだって!」
「はぁ? どういうこと?!」
どうやら。
どうやらあたしは、ここ、『珈琲処みかど』の常連客で、常連客――というか、ここの人達とかなり親しい友人関係らしい。それで、ランチを食べるために来店したわけだが、ドアに手をかけたところで、どこかから飛んで来たでっかい王将の置物が頭にクリーンヒットしたらしく、昏倒。救急車を呼んであれこれ検査を受け、それで、異常なしとのことで戻って来たところらしい。
ちなみにその王将の置物がなぜ飛んで来たのかは不明だ。近所でいつも派手に夫婦喧嘩をしているお家があるらしく、たまにお皿が飛んでくることがあるので、もしかしたらそれかもしれないが、真偽のほどは定かではない。とにかくそれが飛んできて、あたしの頭にバチコーン、というわけだ。
いや、だったら、病院からそのままウチに帰してくれれば良いじゃん! と返すと歓太郎さんとかいう長髪のイケメンが、「さすがに俺も最初はそのつもりだったんだけどさ」と首を振った。
「葉月のパパとママ、いま二人で旅行中らしくて」
「え」
「それで、申し訳ないけど、そっちで見ててもらって良いですか? って言われたんです」
「ちゃんと証拠ならあるぞ? 葉月、スマホ見てみろよ」
ほら、とスマホを手渡される。うん、これは間違いなくあたしのスマホ。何せ、ロック解除はあたしの指紋だ。メッセージアプリを開いてみると、『お医者さんから異常なしって聞いたから、申し訳ないけど、土御門さんのところで休ませてもらってね』という母親からのメッセージである。
ちょちょちょ、仮にも嫁入り前の娘をこんな野郎だらけのところで休ませるとか正気か?!
そう思って過去のメッセージを読んでみたけど、何かどうやら普段からあたしはここに入り浸ってて、ウチの両親からもかなり信頼されていることがわかった。だからこそ、家に一人で置いておくよりは安心と思ったのだろう。えぇ、ほんとかな? 何か全く信用出来ないやつが一名いるんですけど? もしかしてマジで恋人だったりする? いや、絶対そんなことはない。あたしの本能がそう告げている。こいつだけはマジでない、と。
しかし、親も公認となると、ここにいるしかなくなってくるわけだけど、とりあえず深刻なのは、あたしがこのイケメン達のことをきれいさっぱり忘れてしまっている、ということだ。
そして、気になるのが、慶次郎さんとかいう人が、うずくまったまま動かないことである。この人なんでこんなにショック受けてんの?
おーい、もしもーし、大丈夫? どっか具合悪いんですかー?
ベッドの上から手を伸ばして、丸くなっている背中をさすってやると、突然彼がふるふると震え出した。そして――、
「わかった!」
そんなことを叫んで勢いよく立ち上がった。
「えっ、な、何?!」
「わかりました、はっちゃん!」
「え? ちょ。何、マジで」
「悪霊です! 悪霊の仕業です、これは!」
「は?」
「少々お待ちください! 僕が何とかしますから!」
そう言うや、あっという間に部屋を出て行った。え? ちょ、大丈夫、あの人、と残りの四名に助けを求めると、なぜか四人とも呆れたような表情で「あぁ――……」と息を吐き出すのみである。
ほどなくして彼は、はぁはぁと息を切らせて戻って来た。
それは良いんだけど――
「いや、その恰好ォ!」
突然のコスプレである。
テレビとかで見るような、平安のお貴族様みたいな恰好で現れたのだ。ねぇマジで大丈夫なの、この人?!
「安心してください、はっちゃん! 僕はこれに関してはプロです! 日本一ですから!」
「日本一のコスプレってこと?! 有名なレイヤーさん?!」
助けて、誰か!
というあたしの願いむなしく、彼は手に持っているなんかあのバサバサしたやつをバサバサしながら、もうホンワカパッパとしか思えない呪文を唱えながら部屋の中をうろうろし出した。怖すぎる。
で、さんざんバサバサうろうろして、てぇぇい、とそのバサバサを振り下ろし、ドキッとするほどの涼やかな顔で「いかがです?」だ。いかがですじゃねぇよ。森の音楽家か?
「いや、いかがですって言われても、何が?」
「思い出しました?」
「何を?」
「僕のこととか」
「日本一のレイヤーさん?」
「違いますよぉぉぉぉ!」
も、もう一回! と言って、再びホンワカパッパし始めようとするので、もういい加減あたしの堪忍袋の緒が切れた。
「バサバサバサバサうるせぇんだよ! そんな恰好でうろうろすんな! 埃が立つやろがいっ! ていうか何だいきなり、平安貴族か?! 平安貴族のコスプレか?! そういうのはコミケでやれやぁぁぁぁ! ……って、あれ? 慶次郎さん? ちょ、何そのガチの恰好。また何か陰陽師系のお仕事? ていうか何であたしベッドの上なん?」
叫んでる途中で、急に思考がクリアになった。
あれ? なんかいままで頭の中がもやもやしてたんだけど、何があったんだろう。ていうか、陰陽師ルックの慶次郎さん久々に見たなぁ。うん、やっぱ似合うわぁ、この恰好。
のほほんとそんなことを考えていると、きょとん顔だった慶次郎さんの顔がみるみるうちにくしゃくしゃになった。それで、だばだばと涙を流しながら、手に持っていたバサバサを放り投げ、あたしの手を握る。
「はっちゃぁ、はっちゃぁぁぁぁん! よ、よがっ、よがっだぁぁぁぁぁぁ!」
「は、はぁぁ? ガチ泣き?! 何で?!」
「思い出じでくれだんですねぇぇぇぇぇぇ!」
「ちょ、何?! だ、誰か! ちょっとケモ耳達、見てないで助けて! 何これ!」
いい歳した男がベッドに取り縋り、ガチ泣きするのに辟易して助けを求めるも、ケモ耳達は何やら安堵の表情を浮かべて和やかにこちらを見守るだけだ。
「さすが葉月だよねぇ。ツッコミの勢いで思い出すとかさぁ」
「ええ、自力で思い出すとは、さすがです」
「いやぁ、ご祈祷無駄だったな」
「いや、あのガチ祈祷に突っ込んで思い出したわけだし、無駄ではなかっただろ」
ワイワイとそんなことを話して楽しそうだけど、いや、助けて?!
全部説明してくださる?!
その後、どうにか落ち着きを取り戻した慶次郎さんに全部説明してもらって解決、ということにはなったけど、結局のところ、戦犯であるあの王将の置物がどこから飛んで来たのかだけは謎として残ったのだった。
千年ぶりに現れたとかいう安倍晴明レベルの陰陽師は日常生活が特にどヘタレまくっててどうしようもない! 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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