自己皇帝冠

自己否定の物語

AI技術を活用して執筆

俺の人生には、二つの世界がある。

一つは、埃っぽい工場で歯車のように働くだけの現実世界。もう一つは、「皇帝冠」を手にした俺が君臨する仮想世界――「オムニクレスト」。


現実の俺はただの作業員。誰にも必要とされない存在だ。だが、仮想世界では違う。俺は全てを支配する王だ。この玉座に座る限り、俺に逆らう者などいない。


夜勤を終えて帰ると、部屋には冷え切った空気が漂っていた。机の上の食べかけのカップ麺と空き缶。その光景が、俺の生活そのものを映しているようだった。


VRヘッドセットを手に取る。これを装着すれば、俺は「無力な俺」ではなくなる。赤い空、そびえ立つ黒曜石の城。そこが俺の居場所だ。




「オムニクレスト」――それが、この仮想現実ゲームの名前だ。ログインの瞬間、現実の無力感が薄れ、胸の奥に熱い何かが灯る。ここでは俺が王だ。全てを支配する力を持つ、この世界の絶対者だ。


目の前に広がるのは、黒曜石の柱が天井へとそびえ、深紅の光が壁面を照らす荘厳な玉座の間。その中央に設置された巨大な玉座に腰掛けるのが俺の定位置だ。


「お帰りなさいませ、陛下!」


数十人のプレイヤーたちが俺の帰還を待ち、床に膝をついて頭を垂れる。鎧を身にまとった戦士、魔術師のローブを纏う者、盗賊風の装いをした者。それぞれが異なるスキルや装備で俺を称える姿は、圧倒的な満足感を与えてくれる。


「待たせたな」

俺は玉座に腰を掛け、わずかに手を上げるだけで群衆がざわめきを止める。この瞬間がたまらない。彼らの視線が一斉に俺に集中する。


「今日も誰か、俺に挑む者はいるか?」


玉座の間がざわめき立つ。誰かが声を上げ、背中を押されるように前に出る者もいれば、ためらい、顔を伏せる者もいる。その光景を眺めながら、俺は自分が支配者であることを改めて実感する。


そのときだ。


黒いマントを纏った一人の男が、ざわめく群衆の中から静かに歩み出てきた。


ガイアの挑戦


黒いマントの男――ガイアは、群衆が恐れる視線を背に受けながら、まるで足音さえ響かせないような滑らかな動きで玉座の間の中央まで進む。そして、頭を下げることなく、まっすぐ俺を見据えた。


「お前が、この冠を持つ者か?」


その声は低く冷たい。それだけで空気が一変し、周囲のプレイヤーたちは息を呑む。


「そうだ。それがどうした?」

俺は玉座から立ち上がり、その場の緊張感を楽しむように微笑みながら彼を見下ろした。


「確認してやる。この冠にふさわしいのがお前かどうかをな」


その言葉には挑発が含まれていた。俺の背後に飾られた黒曜石の壁に反射する光が、彼の瞳に不気味な輝きを与えている。


「挑むつもりなら、かかってこい!」

俺は剣を構え、一歩前に出た。玉座の間に緊張感が張り詰める。


ガイアはゆっくりと剣を抜いた。その刃は、俺がこれまで見たどの武器とも異なる光を放っていた。黒い剣身に赤い紋様が刻まれ、そこから発する光が不気味に揺れる。それは、この世界の通常のアイテムではない――そう直感で分かった。


「なるほど、面白い剣だな。その程度で、この俺を倒せると思うなよ」

挑発するように俺は笑ったが、内心はわずかな違和感が胸をよぎった。




戦闘が始まる。俺は剣を振り下ろし、全力で攻撃を繰り出した。この冠の力は絶大だ。これまで、どんな敵も一撃で屈服させてきた。それが、この冠の持つ力だ。


「喰らえ!」


剣が振り下ろされ、音を立てて地面が揺れる。だが――ガイアの姿はそこになかった。


「……なに?」


俺の剣をかわしたガイアは、無駄のない動きで反撃を繰り出してきた。その刃が俺の脇腹をかすめた瞬間、HPゲージが大きく削られる。


「……なんだ、こいつは」


驚愕が胸を突いた。これまでの戦闘ではありえなかったことだ。この冠の力を纏った俺が、ダメージを受けるなど。


「どうした?冠に頼るだけでは、この程度か?」

ガイアは冷笑を浮かべ、再び刃を構えた。その一挙一動には無駄がない。


「黙れ!」

怒りに任せて俺は攻撃を繰り返す。だが、すべてがかわされる。いや、それだけではない。ガイアの攻撃は確実に俺のHPを削り、身体の動きを鈍らせていく。


剣を振るうたびに感じる違和感が増していく。俺の力が、まるでこの世界に拒まれているような感覚だ。


「どうした?お前の力は、そんなものか?」

ガイアの言葉が胸に突き刺さる。


ついに、俺のHPゲージは赤く点滅を始めた。ガイアは剣を下ろし、ゆっくりと歩み寄ってくる。その冷たい視線が俺の心を貫いた。


「お前の力は、この冠が作り出した幻想にすぎない」

ガイアの声は、低く冷たく、まるで事実を突きつけるようだった。


「違う……俺の力は本物だ!」

俺は叫んだが、その言葉に自分自身が最も違和感を覚えた。


「本物?いや、この冠がなければお前はただの凡人だ」

ガイアの言葉に、俺の胸の奥で何かが崩れる音がした。


「お前は、この冠に頼り、逃げ続けているだけだ。その先にあるのは、虚無だ」


玉座の間の床に膝をついた俺は、初めてその言葉の重みを痛感していた。


「お前は……誰だ?」


その問いに、俺は答えることができなかった。




膝をついた俺を見下ろしながら、ガイアが冷たく口を開く。

「お前は、その冠を拾った瞬間から、何を思った?」


その言葉が、胸の奥に刺さる。問いかけの中に含まれる冷ややかな響きが、俺に現実を突きつけるようだった。言葉を返せないまま、記憶の奥に押し込めていた「あの日」を思い出す。




それは、ゲームを始めて間もない頃だった。


当時の俺は、他のプレイヤーたちと同じように小さなモンスターを狩り、経験値を積みながら少しずつ強くなっていく日々を送っていた。だが、仲間を組むことは一度もなかった。現実と同じように、この世界でも俺は誰とも繋がれない孤独な存在だった。


「俺には、これが合ってる」

そう自分に言い聞かせながら、一人で深い森をさまよっていたときだった。


目の前に、ひっそりと輝く宝箱を見つけた。それはあまりにも場違いで、他の誰にも見つけられないような場所に隠されていた。好奇心に駆られて箱を開けると、その中には眩い光を放つ冠が入っていた。


アイテム詳細のウィンドウが浮かび上がる。


皇帝冠:全ステータスを飛躍的に向上させ、ゲーム内のすべてのプレイヤーに影響力を与える唯一無二のアイテム。


「これを装備すれば……!」


興奮を抑えきれず、即座に冠を装着した。その瞬間、体が熱を持つような感覚に包まれ、ステータス画面に表示された数値が跳ね上がる。


冠を手にした俺は変わった。いや、変わったと思い込んだだけだった。雑魚モンスターは一撃で倒せるようになり、これまで恐れていたボスですら手応えなく沈む。


他のプレイヤーたちは俺を見て、目を輝かせながら言う。

「陛下、すごい力ですね!」

「あなたについていきます!」


俺はそれに満足し、玉座の間を作り、そこで彼らを跪かせることで、自分が特別であることを証明し続けた。


「これが俺の力だ」


そう自分に言い聞かせていた。だが、どれだけ敵を倒しても、どれだけ他人に称えられても、胸の奥の虚しさは消えなかった。それに気づくのは、冠を手にしてから随分と時間が経った後だった。




「俺は……この冠に救われたんだ」

その言葉は、冠を手にした当時の興奮と孤独を思い出しながら、自然と漏れた。


だが、ガイアは首を振る。その表情には冷たいものだけでなく、どこか憐れみのような感情が混じっていた。

「救われた?いや、お前は冠に囚われただけだ。お前は現実を見ず、ただ虚構の力にすがったにすぎない」


その言葉に反発しようとしたが、何も言えなかった。俺はずっとそれに気づかないふりをしていただけだったのだ。


「お前は、その冠を手にしたことで自分を特別だと思い込み、現実を見なくなった。だが、その孤独の果てに待つものは虚無だ」


虚無。その言葉が胸の中で反響する。俺は、この冠を手放すべきなのか?だが、それを手放した俺に何が残る?




「捨てろ」


ガイアの声が静かに響く。その声には、命令でもなく怒りでもない、ただ純粋な願いが込められているように感じられた。


「その冠を捨て、自分を取り戻せ」


「……捨てたら、俺には何も残らない」

声が震える。胸の奥で何かが軋むような感覚がした。


「何もない?違う。現実にはまだ、お前自身がある。この冠がないお前を信じてみろ」


冠を見つめる。その光は、これまでの俺を支えてきたようにも見えたし、俺から何かを奪い続けてきたようにも思えた。


「俺に……何ができる?」


その問いに、ガイアは静かに微笑む。

「それを見つけるために、捨てるんだ」


冠に手を伸ばす。冷たい金属の感触が、これが「ただのアイテム」であることを思い知らせる。だが、それを放すことがどれほど怖いことかも理解していた。


「……分かった」


俺は冠を玉座の上に置いた。その瞬間、冠が放っていた光が消え、玉座の間全体が静寂に包まれた。まるで、この世界が俺を拒んだような感覚が胸を締めつける。


ガイアは微かに微笑み、背を向けた。

「お前の選択に、未来があることを願う」




ログアウトすると、部屋の冷たい空気が肌に染みた。机の上には散らかった空き缶と冷めたカップ麺がそのままだ。


「……何も変わらない」


そう思った。だが、その考えの裏側に、どこかで何かが動き出したような感覚もあった。それは、俺自身を動かすための小さな火種だった。


翌朝、目が覚めると、窓の外に朝焼けが差し込んでいた。久しぶりに部屋を片付けることにした。カップ麺の容器を捨て、埃を払う。その小さな動作の一つ一つが、心の中の淀みを少しずつ拭い去っていくようだった。




机に向かい、ノートを開く。そこにはペンが一本置かれていた。


「ここからだ」


ペンを走らせながら、何かを始めることの重みと喜びを同時に感じていた。窓の外には、夜明けの空が広がっている。深い青からオレンジへと変わるその空が、未来への道を静かに示しているように見えた。



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