予見

@Kan_Itoga

第1話

 日野総司朗警部補は閑散とした会議室で一人黙々と捜査資料を読んでいた。この街で起きた件の連続殺人事件である。夜も遅く、意識には不思議な霧がかかっている。

 事件現場には大量の痕跡が残されており、当初は簡単に片付くと思われていた。しかし、こうした警察の楽観は即座に覆され、解決の糸口を掴めないまま、既に三人の被害者を出してしまっていた。手掛かりはありふれたものばかりで、個人を特定できるようなものはなく、被害者に共通点もない。無論、恨みを買うようなこともなかった。現場は凄惨を極め、ある種独創的だったが、犯人像を絞り込むのは難しい種類のものだった。その結果、捜査方針は五里霧中となり、警察は幾つもの無駄足を踏んでしまった。メディアやSNSの追及は日に日に熱を増し、上層部も後には引けなくなっている。何としてでも逮捕しなくてはならない。さもなければ、ただでさえ低い当局の威信は目も当てられないものになってしまうだろう。

(まあ、それはそれで別にいいんだけどな)

 大欠伸をしながら総司朗は体を伸ばした。缶珈琲を飲み干し、目を閉じては開き、閉じては開きを繰り返した。霞んだ白い影が瞼の裏に映る。力を入れ過ぎたのかもしれない。何か黒いもの、恐らくは蠅と思われるものがフラフラと視界を横切った。舌打ち。パチンと手を叩いたが、掌には何もついていなかった。最初から何もなかったかのように。

(結構、疲れてんな)

 そう思いながらも、休むことはせず、導かれるように文字の世界へダイブした。脳内で馴染みのない声がハウリングする。何度読み返したか分からない捜査資料は――耳元での囁き、いや、単なる物音だ――手垢でよれていた。若々しい指がくったりした紙をめくる。

 最初の殺人は八月七日の夜、K市東北部の白亜の城で発生した。近世初頭に建てられた、要塞というよりは政務機関としての特徴が色濃い建物で、日本一美しい城として海外でも有名だった。中でも天守からの景色は絶品で、そこからは最北部に広がる砂丘とそれを囲む海原が一望できた。海の凪いだ日には、桂の茂る白い月面が水面に漂った。この眺めを気に入った下弦教授は度々そこに足を運んでおり、年間パスを持っていることは知人によく知られていた。彼の専門は幻想文学で、近年は、三頭雄三が遺した短編を研究していた。三頭の短編は夢の内容をそのまま書き写した詩的散文と、心霊的事件・儀式を扱ったドキュメンタリー風のものとに二分できた。事件当日、教授の出席した神秘文学研究会日本文学支部の勉強会では議論が白熱し、三頭文学とトート神信仰との関係性について侃侃諤諤、意見が交わされた。しかし、従来通り、夢幻譚ばかりが議論の中心となり、記録文学風の短編は見向きもされなかった。当の教授も後者にはさほど関心を持っていなかった。教授は日の落ちる前に城を訪れる予定だったが、研究会の延長によってそれは叶わなかった。彼は城の夜間観覧を訪れ、電灯に照らし出された白の中へ入り、そのまま戻らなかった。ククク、と擦れるようなぼやけた音がする。閉城後に見回りをしていた職員は、天守閣の中心で、見るも無惨な博士の残骸を発見した。首を刎ねられた遺体は血抜きされ、解体され、最も見晴らしのよい場所、つまりは天守に安置されていた。背後の壁には、不可思議な紋様が描かれていた。新鮮な血で描かれたそれは、元々鮮明な赤色だったはずだが、発見時には薄汚れた黒っぽい色に変わっていた。紋様は一見すると月のようだが、角度を変えれば兎や蟹、狼のようにも見える複雑な図形だった。そのため捜査員同士でシンボルを呼称する際に混乱が生じた。

 現場に漂うカルト的雰囲気から、警察は狂信者の犯行だと断定した。監視対象となっている教団を中心に宗教団体への捜査が始まり、同時に事件現場に残されたシンボルの解読も行われた。しかし、当該捜査は空振りに終わり、シンボルの意味も延々と解かれぬままだった。警察が一部の団体に強引な手法を取ったことは後々訴訟問題に発展した。何にしても、カルト教団を犯人とする読みは的外れで、捜査は靄に覆われたのである。総司朗はその時の雰囲気を覚えているが、どこか弛緩したところがあったのは否めず、その中にあって彼は、犯人がカルトの構成員でないと確信していた。証拠はなかったが、霊的直観が断固と囁いていたのだ。

 二つ目の殺人は西南部に位置する象牙の塔で発生した。この塔は不世出の芸術家、三頭雄三が心血注いだ最高傑作で、ヘラクレスの柱に似ていた。塔は月天子に捧げられた壮大なモニュメントで、三頭の深遠な祈りが込められていると見られていた。幻想趣味の強い装飾は何かの記号だと考えられているが、詳細な意味は明らかではない。類を見ない造型はどこか不気味で、幽霊を見ているような気分にさせる。あまりの奇抜さから、それらシンボルは何かを模したものではなく、三頭の脳内を映した創作物と見る説が昨今有力視され始めている。殺害された朔日教授も象徴学を専攻する立場からその説に同調しており、他の三頭作品との関係から装飾の意味を読み解こうとしていた。八月十四日、教授の研究チームは調査のため、終日塔に籠っていた。メンバーは分担して内部を調べ、夜に入口付近で落ち合う予定だった。総司朗の手が自然とペンを握り、しかし、集合時間になっても教授だけが一向に姿を現さなかった、サラサラとメモを取り始めた。いくら待ってもやって来ない上、連絡もつかなかったから、手分けして捜索することになった。チームは三組に分かれた。暫くして、最上階付近から突然、頓狂な声が上がった。それを合図に、チーム全員が屋上へ集合した。声を出した女性メンバーは入口手前で震えており、腰を抜かしたのか、立てないでいた。事情を尋ねられた彼女は、黙って指を差した。その先には惨たらしい姿となった教授の骸があった。彼は先の事件と同様に処理され、屋上の中心に置かれていた。首は地面と平行に切り落とされ、断面は惚れ惚れするほど美しかった。赤と白の二重円は象徴的な美を湛えている。手足の見所も当然切り口だった。バラバラになった肉体に真っ赤な血が塗りたくられている。塔の白肌と鮮明な赤とのコントラストは妖しい魅力を放っていた。生首の周囲に不可思議な紋様が描かれていた。勿論、血液でだ。

 現場の様相は第一の事件に酷似しており、描かれたマークは全くの同一だった。警察は連続殺人と見做して捜査員を増強、草の根を分けるような捜査を行ったが、犯人逮捕には至らなかった。どころか、手がかり一つ得られなかった。濃霧に惑わされる上層部を、当時の総司朗はせせら笑った。

 第三の事件が起きたのは街の東南部だった。そこは行政官庁の集約地で、高層ビルが林立していた。中でも目を引くのが、雪のような白さの中央合同庁舎四号館だった。白繭館と俗称されるそれは、キュビズムと白鷺城を意識した独特の意匠で、ヒューキとビルが戯れるように方形と糸が絡み合っていた。数ある庁舎の内で群を抜いて高く、屋上展望台からは街の全域が見渡せた。それは、K市を訪れた人が一度は必ず行くと言われる代物で、床はガラス張りなため高所恐怖症には辛い。四号館には文化生活部文教課が入っており、八月二十三日は市主催の宗教教育審議会が開かれていた。被害者の弓張教授は当該審議会へ出席するためこの建物を訪れていた。この審議会は三年前に設立された諮問機関で、来たる多民族共生社会に向けた、相互理解促進のための宗教教育拡充政策が主な議題であった。審議会の中心である弓張教授はK大学文学研究科宗教学専攻に所属し、三頭思想の研究で博士号を取っていた。三頭は独特の宗教観を持ち、共鳴者がコミュニティを作っていたが、三頭自身は教団にも布教にも興味を持たなかった。院生時代の教授は三頭を含む日本の新霊性主義思想を研究していたが、ポスドク以降、宗教教育研究に関心を向けていた。会議は夕方前に閉会、弓張教授は荷物をまとめ、すぐさま庁舎を後にした。しかし、翌朝になっても帰宅せず、不審に思った家族が警察へ通報した。家族の危惧は的中し、教授は遺体となって発見された。庁舎の屋上に遺棄された死体は、床に描かれた血の紋様の中心にオブジェの如く安置されていた。これまで積み上げられた死体は、現場毎に多少意匠が異なっている。第一の事件には絵画的な側面があり、血液を用いて死体や衣服に水玉が描かれていた、と缶コーヒーの落ちる音で、総司朗の自我が帰った。集中しすぎたか。ファックと言いながら缶を拾うと、また文章に戻った。解体された体は戦利品のように列を揃えて並べられていた。対して第二の事件では服が消失しており、被害者は全裸だった。また、体はピラミッドのように段を成していた。問題となる第三の事件では、教授の白肌を前面に押し出すことで赤の美しさが鮮烈に強調されていた。顔以外の皮膚が丁寧に引き剥がされ、それらで肉片・骨片が包まれていた。グロテスクな風呂敷包みだった。職員曰く、暗がりではコーンにしか見えなかったという。

 疲労の詰まった息を吐きながら総司朗は机上に資料を積み上げた。紙の連なりはまるで雪を被ったバベルのようだった。ユラユラと震え、倒壊しそうでしないバランスを保つ。総司郎は天を仰ぎ、腕を組んだ。目を閉じ、思考に耽溺する。しかし、脳の巡りは何だか鈍かった。吹雪が行く手を、視界を遮っている感覚。瞼を開くと、月のような人工灯が目を突いた。

「さてさて、どうしたもんかね。」

 眼を細め、気だるく呟いた。眠りの沼が脳髄を飲み込みそうだった。彼は一連の事件から何やら教条的な匂いを嗅ぎ取っていた。ありきたりな合理主義とは異なる、神秘的な動機が根底にあり、宗教的ヴェールの奥にこそ事の真相が潜んでいると直観していたのだ。新調した腕時計を撫でる。奮発して購入したピアジェのアルティプラノ・オリジンだった。ローンは十年以上あるが、背中を押されて思い切った。全ての殺人は密儀成就のプロセスで、着目すべきは個々の事件ではなく、その組み合せが描く画にあった。細部より全体なのだ。儀式ならば手順が決まっており、必ず終極が存在する。パチパチと変な音がし、総司朗は眉を顰めた。室内を見回したが、原因らしきものは何もなかった。気のせいかと再び思考に集中する。手続きが定められている以上、全て、計画に則ったものと見るほかない。となれば、工程表の特定こそ、犯人逮捕に不可欠なものだろう。

「つってもなあ……」

 事件の子細を思い返しても儀式のプロトコルは見えてこなかった。直観はいい線を行っているように思われた。しかし、裏付けがない。伸びをすると、何かの腕が首元をさすり、肩を揉んだ気がした。背中の感触に驚き振り返る。そこにはホワイトボードがあり、地図が貼られていた。曲線と直線の織り成すテクスチャー上を影がはためいた。伸縮するアメーバのような黒だ。その歪みに意識が吸い込まれ、そして、朧気にバツ印が浮かび上がる。……バツ。見ると、事件現場にはバツがつけられていた。まるで図形のように。瞬間、何かが空から降りてきた。白光の輝きが脳を撃ち抜く。深く内側に潜って霊的啓示を得たようだった。総司朗は糸に引かれたように勢いよく立ち上がり、興奮した様子で注意深く地図を眺めた。ゾーンに入ったように思考がクリアになる。

「図形、そうか図形か。」

 独語しながらバツ印を一つ書き加える。図面に未知数Xが四つ並んだ。それらを直線で繋ぐ。赤い糸の運命が、美しい正方形を出現させた。魔法陣のように秘儀的で、とても偶然とは――ペンが手から落ちる――思えない。間違いなく、この形こそ犯人の意図だった。

「ははあん。なるほどなあ。これでよーやく分かったぜ。……今回の犯人は三頭の信者だな。四点に白い高層建築物、恐らく、それはすべて象牙の塔のオマージュだろう。象牙の塔は三頭が全精力を注ぎ込んだ作品で、一般に祈りのモニュメントと言われてる。調べたところによると、元々は四本建てる予定だったらしいが、計画が動き出す前に、奴さんは死んじまったから、結局、建たずじまい。だから、白いビルディングを代理品にしたんだろうな。四は帝王の数字、そして同時に方角を表す世界の数でもある。そうした数に支配される正方形は魔術的象徴性を持っている。ほんでもって白だ。白は、三頭において月を表す色で、月はあの男にとって世界を治める支配者を意味する。三頭と月、この二つがありゃあ、殺害日時にも規則性が見出せる。殺された日は代表的な四つの月相、半月、上弦、下弦が見られる日だし、被害者の名前もそれに対応している。三頭は晩年に月を最高神とする妙な思想つーか、宗教を提唱してて、それに惚れこんで教団を作った人間がいたって話だ。多分、犯人はその教団に属するメンバーだろうな。こいつらは超零細教団だから、上も見落としたんだろうさ。でもな、この推理からすれば、そいつらが事件の首魁に違いないぜ」

 総司朗は取り憑かれたように一息で話し、得意顔でゆっくり顎をさすった。口に出した法則をもとに、次の犯行日時を推測する。変数の一つは月相で、未だ登場していないのは、月面が青く輝く日、すなわち満月。次に月が真円を描くのは八月三十日だ。そこが犯行日なのは疑いようがなかった。恐らく時間は南中時刻だろう。最高到達点でこそ美は一番煌めくものだ。第二変数は正方形である。三頭にとっての幾何は、世界の神秘に迫る最も身近で最も単純な学問だった。その中でも正方形は特に普遍的だった。最後の変数は白い塔だ。犯人は三頭が愛し、尊んだ白い塔での殺人を信条としている。それは系譜的に明らかだろう。三つの変数は密接に絡み合い、連立方程式を組み上げている。その解は国立病理学総合研究センターだった。称賛するような、嘲るような笑みが網膜へ一瞬映り込む。総司朗は瞬きをした。何もいない。疲れているな、何せずっと泊まり込みだ。苦笑してから地図に焦点を合わせた。あのセンターだけが白い正方形に貢献できる唯一の代物だった。

 殺人を予測して、総司朗はニヤリとした。頭の片隅に冷たさを感じる。なんか風邪っぽいな、とぼやけた理性で考えた。腕時計に視線を落とす。角張ったデジタル数字は八月三十日を示している。驚声。すぐさま上司に電話したが、間の悪いことに捕まらない。仕方なく留守番電話へ伝言を残すと、最後の現場に急いだ。慌てたせいか、少し足が縺れた。

 国立病理学総合研究センターは病理研究施設と総合病院が併設された、K大学の付属機関である。ゴッシク様式の教会を模し、二棟ある高い尖塔から近隣の山々の四季の表情が伺えた。病院ゆえに全景は白く、雪の塔と謳われる。設計者は、三頭の薫陶を受けた新霊性主義の芸術家で、療養の場だからこそ美しくあるべき、という思想を持っていた。そのため、一見すると病院と判ずるのは難しく、美術館のような容をしていた。戦前は民間病院だったが、戦中、政府に接収され、空襲で元の持ち主と相続人が死亡したため、そのまま国に帰属していた。

 病院に到着すると、看護師に警察手帳を見せ、患者リストを出してもらった。端から端まで嘗め回すように検分すると、案の定、盈月という文化人類学者が入院していた。彼はアフリカにおける月信仰と祭祀を専門とし、本邦におけるアフリカ研究の第一人者だった。看護師の話では、フィールドワーク後に体調を崩し、一月前から入院しているのだという。この男の所在を聞くと、毎夜、屋上の物干し場で月を見るのが日課という答えが返ってきた。時計を見る。南中まで時間がなかった。場所を教えてもらい、棟の屋上を目指し全速力で走った。

 屋上の入口に着くと、開放された扉に身を隠して外を窺った。眩い銀の光。その輝きが描き出す人影は一つだけだった。ホルスターから拳銃を取り出すと、サプレッサーとレーザーサイトを装着した。安全装置を外し、グリップを握り直す。それから、再度、周囲を探ってから、慎重に足を踏み出した。物干し場では静謐な月天に照らされた初老の男が、こちらへ横顔を向け、静かに佇んでいた。霞のようにぼんやりとした輪郭。目を凝らしてみると、確かに件の学者である。舌先で歯を軽く撫でた。思いの外、緊張していた。

(盈月教授だ……)

 心の中で呟くと、レーザーサイトのスイッチを入れた。赤色の殺意が一点、教授の側頭部に顕現する。トリガーに指をかける。小さく、息を吐き絞る。そして……気の抜けるような発砲音が響いた。弾丸をこめかみに受け、倒れる盈月教授。その体が地に伏したのを確認すると、傍らに移動して更に二発、トドメに発砲した。肉隗と化した教授を冷たく見つめる。拳銃を仕舞い、流れるように狩猟用の大型ナイフを取り出す。刃先の鋭い照り返しに思わず見とれてしまう。おっと、と照れくさくニヤニヤしてから固く柄を握り締めた。萎れた人の残骸を一瞥し、躊躇なく刃を振り下ろす。骨の削れる、くぐもった音。それを聞きながら淡々とナイフを動かし、かなりの時間をかけて首を切り離した。鮮やかな紅が朧げな視界にパッと散った。作業を終えると、凶器を刷毛へ持ち替え、血液の紋様を地面に描き始めた。二十分程で紋様は完成し、神秘的な祭壇が出現した。即席の、けれども荘重な儀礼場を満足そうに見つめ、深呼吸をした。長年夢見た究極の儀式が漸く達成されたんだ、その感動たるや一塩だよ。

 暫く余韻に浸っていると、けたたましいサイレンが轟いた。感傷から一気に現実へ引き戻される。思ったより対応が早い。警察が来るまで幾許もなかった。手早く後処理をし、そそくさと出口へ向かった。下階へ通じる入口を覗き込む。果てなき無辺の闇が不気味に何かを待ち構えていた。まるで鏡のようだな。そう思った。黒はあらゆる色を食らってしまう。つまりは混沌なのだ。そこには何もかもがある。それゆえ当然、自分自身もそこにあるのだ。先の見えない階段を前に何を思ったか、ふと後ろを振り返った。

 夜空に大きな銀白色の穴が空いていた。それこそ混迷を貫く神の意志、理性の表れであり、何とも神聖で、清浄な気持ちが御霊を満たしていくので、狭隘にして矮小なる人の器、その霊魂は、今、神秘なる煌めきの権能によって生まれ変わり、ああ、作り変えられている最中なのだとひとりでに理解されるのだが、その変質を経た先はまさしく前人未到、空前絶後の領域で、長き人理の歴史を以てして、未だ嘗て只の一人も至れることなき、究極の変革、極限なる一者への回帰、否、転変のプロセスなれば、この後の、我が身を待ち受けるものが如何なる事柄か、自身でさえ当然ながら予測叶わぬ以上、人の身を捨て去りし最果てに待ち受ける謎なるものへの期待と不安を抱えつ、変異の処理過程が終われることを只管待ち侘びつることのみぞ自身にできうる唯一の事なりと感じ入りし瞳には美しき満月映じ、波打ち、黒と白の二重円ぞ形成せしを、白金の知性と英知に己が身の合一しつつあらむ証と悟れば、惚れ惚れと夜の深みを眺望しつべけれ、ただあわれとのみ三頭雄三ぞ小さく呟ける。

 やはり、警官にしておいて正解だった。

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