手料理
さらに自転車をこぐこと数時間、辺りが暗くなってきたので、そろそろ野宿の準備をしようと思った。
少し先に、大きな岩が点在しているところがあったので、その辺りで休もうと考えた。
「あの岩の辺りで、今日は野宿しようか」
「わかったわ」
「はい!」
チャーリー、次いでクルシェが返事する。
「クルシェは野宿大丈夫?」
「大丈夫です、あの誰とも仲良くなれない町に来るまでに何度か経験ありますので」
となぜか自慢げに言う。
「ひとりで野宿してたの? モンスターとかに襲われなかった?」
と僕が訊くと、彼女は胸を反って、
「いえ、旅の途中で出会った、旅人や冒険者や行商人とかと一緒に旅をしていたので、襲われたときもありましたが、対処できました。それに私もちょっとは戦えるんですよ」
「へぇ」
それは意外だ。彼女の華奢な体を見るに、肉弾戦が得意なようには見えないけど、どういう風に戦うのだろう?
なんて考えているうちに、休憩場所に着いたので、自転車を停めた。
比較的座りごこちのよさそうな岩を見つけ、その上に腰を落ち着ける。
「お腹減ったし、食事にしよう」
バッグから干し肉が入った袋を二つ取り出して、クルシェに片方を差し出す。
「はい、クルシェの分」
彼女は受け取った袋の中をじーっと眺めている。
僕は干し肉をかじりながら、そんな彼女を見て、
「どうした、食べないの、干し肉、嫌いだった?」
「いえ、そういうわけではないんですけど、あの、いつもこういうものを食べているのですか?」
「野宿するときはそうだね」
「不健康よね、こいつの食生活」
チャーリーがやれやれと言った感じで言う。
「そうだったんですか、こんなものばかり……わかりました、今日は私に料理させてください!」
ドン、と効果音がつきそうな威厳で言う彼女。
「料理? してくれるならうれしいけど、でも、食材は……」
「ありますよ、屋敷を追い出される前に、少しメイド長に頂いたんです」
と彼女は自転車のかごに入れていたバッグからキャベツや玉ねぎ、トマト缶などを取り出していた。
「今から作りますから、ちょっと待っててくださいね」
なんてニコって笑ってから、岩の上に板を敷いて、そこに野菜を置いて、包丁で切り始めた。
切った野菜は隣に置いた鍋に入れていく。
「何か手伝えることある?」
「そうですね。では木の枝を集めてください」
そう言われたので、彼女が野菜などを切っている間に、枝を集めておいた。
これぐらいあれば十分かな、という量をあつめた後、野菜を切っている彼女の元へ行く。
ちょうど、切り終えたところだったようで、彼女は鍋に具材と水を入れていた
。
「これぐらいあればいいかな?」
と抱えた木の枝を少し持ち上げると、
「はい、十分です、そこら辺においてください」
彼女に指さされた場所らへんに集めた木の枝を置く。
すると、クルシェは自転車の方へ行き、かごに入れてあるバッグから何やら袋を取り出し、こちらにきた。
そして袋の中にあるものを取り出す。
トライポッドだった。
それを木の枝があるところに接地すると、彼女は先ほど具材を入れた鍋をトライポッドのチェーンにつるした。
「火はどうする? 僕がつけようか?」
「いえ、大丈夫です」
と彼女は言うと集めた枝に手の平を向けて、
「イグニス」
と魔法を唱え、ぼっと火を起こした。
「魔法、使えたんだ」
「ええ、幼いころに教わっていたので、こう見えて故郷を出てからあの町にたどり着くまで、一人でモンスターとかを倒しながら移動してたんですよ」
魔法はだいたい家庭教師か魔法学校に通って教えてもらうのが一般的だ。
どちらも裕福な家庭じゃないとできないことだ。
僕はチャーリーに教わったから多少扱えるけど。
やっぱり、彼女は結構いいとこのお嬢さんなのかもしれないな。
それから待つこと十分くらい、彼女は鍋にトマト缶の中身を入れた。
さらに五分ほど待ち、鍋からいいにおいがし始めたとき、
「できましたよ、野菜たっぷりのトマトスープです」
と言って、彼女が鍋から器にできたばかりのスープを入れて、、朴に渡してきた。
これは、僕の元々いた世界でいうところのミネストローネという料理に似ている。
「食べていいですよ」
「いや、ちょっと待って。まだ君の分を盛り付けていないじゃないか、一緒に食べよう」
「あ、そうですね、その方がいいですね」
「僕がよそうよ」
空いていた器にスープを入れて彼女に渡す。
「それじゃあ、いただきます」
僕が手を合わせると、クルシェがそれをじーっと見ていた。
「その食べる前に手を合わせるの、なんだか礼儀正しいですよね、変わった作法ですけど」
「ああ、僕の故郷の作法なんだ」
「私も真似してみようかな、いただきます」
と彼女も手を合わせてそう言う。
「べつに君はやらなくていいんだよ」
「でも、ご主人様はやっているじゃないですか、だから私もやってみたくなったんです、だめですか?」
「いや、だめではないけど」
「ならこれからもそうしますね」
これは僕がくせでやっているだけなので、別に彼女がやる必要はないのだけど、自分の文化を尊重してくれているのは嬉しい。
では、早速……
料理を口に運んだ。
うん、トマトの酸味が効いていて、おいしい。
切られた野菜の大きさもちょうどよくて、食べやすい。
「すごくおいしいよ」
「そうですか、ふふ、ふふふふ」
「どうしたの、突然そんな笑い出して?」
「あ、違うんです、嬉しくて、ふふふ、自分が作った料理を美味しそうに食べてくれるのって、気分がいいものですね、故郷では料理人がいつも作っていたし、あの屋敷で働いていた時は料理を作ることもありましたけど、町長はおいしいなんて言ってくれたことありませんでしたし」
「おいしいというだけでそんなに喜んでくれるなら、君の作ったご飯を食べるときは毎回、おいしいと言うよ」
「ふふふ、嬉しいけど、まずい時はちゃんと正直に言ってくださいね」
「そんなにおいしいの? あたしも食べたかったわぁ」
なんてチャーリーがうらやましそうにぼやいている。
あっという間に彼女が作った料理を食べ終えてしまった。
その後、食器を濡れた布巾などで拭き、後片付けをした後、寝る準備に入った。
僕はバッグから二人分の寝袋を用意する。
「クルシェ、これで寝られる?」
「大丈夫です、硬い地面に横たわって寝たこともありますから」
意外とワイルドだな、と思っていると、
「あ、あのー、その、後ろ、向いててくれませんか?」
彼女が突然もじもじとしだす。
「え、なんで」
「この格好だと寝づらいので、寝間着に着替えたいのです」
「ああ、そうだよね、うん、着替え終わったら言ってね」
「はい」
そうして僕は彼女に背中を向けたのだけど、後ろから時折聞こえる布が肌と擦れる音が、なんかすごく気になる。
そんな僕の様子に感づいたのか、チャーリーがぼそっと「いやらしい」なんて言ってきた。
「うるさい」
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもないよ」
ちょっとどもってしまった。
それからもドキドキしながら待つこと一分くらい、「もうこっち向いていいですよ」と言われた。
前を向くと、ワンピースタイプのパジャマを着たクルシェの姿があった。なに来ても似合いそうだな。
「あの、そんなじろじろ見られると、恥ずかしいです」
「あ、ご、ごめん」
なんだか少し気まずい雰囲気になる。
「ね、寝ようか」
「あ、そうですね」
と二人して、慌てた様子で寝袋へ入る。
チャーリーが「初夜を迎える夫婦みたいねぇ……」とぼそりと言っていたが無視しておく。
そして、お互い寝袋に入り、僕は目を閉じたのだが……
「寝られん」
思わず声に出してしまう。
今まではすぐに眠ることができたのに。
たぶん、隣にクルシェが寝ているせいだ。
彼女が隣で寝ていると思うと、妙に落ち着かない。
「寝られないんですか?」
そんな時、クルシェが声をかけてきた。
「うん、クルシェもかい?」
「はい、どうも落ち着かなくて……」
まさか、彼女も僕と同じように、隣に異性がいることでドキドキしいてしまっているのだろうか。
「隣りにご主人様がいると思うと、落ち着かなくて……」
それを聞いた瞬間、ドキッとしてしまう、やっぱり彼女も僕のことを意識し――
「寝た瞬間、隣のご主人様が私を襲いに来るんじゃないかって思うと、落ち着かなくて……」
「襲わないよ!」
思わず叫んでしまう。
ドキドキが一気に吹き飛んでしまった。
「君は僕がそんな奴に見えるのかい?」
「見えないですけど、でも、お母様が、昔、男は夜になると、けだものになると……だから二人きりになってはダメだと教えられて……」
「いやいや、ならないよ、いや、中にはそういうやつもいるかもしれないけど……」
「いるかもしれないんですか……」
と彼女は不安げな顔で僕を見る。
「いやいや、僕はしないよ、ていうか、クルシェ、そういうこと言う割には、以前、町長の屋敷で僕の部屋に呼んだ時、自分から脱いでたじゃないか」
「あ、あれは、雇い主である町長にああ言われていたので、しかたなく……本当は初めては、大切にしておきたいのです! 寝込みを襲われるようなのは嫌なのです!」
と顔を朱に染めながら力説する彼女。
あ、そういう経験はないんだ。
いや、そんなことよりも、
「とにかく、僕は襲わないから安心して」
「そうですか……わかりました……」
とは言うものの、彼女はまだ不安げな声だった。
「お二方、あたしのこと、忘れてない?」
チャーリーがあきれ混じりの声を上げた。
「大丈夫よ、クルシェちゃん、あたしがこの男を見張っておくわ」
この男って……。
「ありがとうございます、それなら安心ですね、これで寝られそうです!」
と晴れやかな笑顔をクルシェは浮かべる。
なんだか腑に落ちない……。
それからは会話がない時間が続くと、やがて、彼女の寝息が聞こえてきた。
その寝息を聞いているうちに、僕もいつのまにか眠っていた。
「ぐがーぐごー」
と謎の音が聞こえて、意識が覚醒する。
まぶたを開くと、眩しい光りが顔に注いできて、目を細めてしまう。
もう朝か、それにしてもうるさいな、なんだこの音は……
と思って顔を左右に動かしていると、どうやらチャーリーがいびきをしているようだった。
「見張っておくんじゃなかったのかよ」
嘆息を一つした後、クルシェの方を見る。
こちらは小さな寝息を立てて、ぐっすり寝ていた。
チャーリーとは大違いだな。
それにしても、寝顔もかわいいな……
なんて見つめていると、彼女の目がパチッと開いた。
「あ」
「え?」
と目をぱちくりとまばたきする彼女。
目が合ってしまった。
その次の瞬間、
「きゃあああ、襲われるうううう!」
「ちょ、ご、誤解だ」
「なんですってー、テル、あんた、昨日あんだけ言ったじゃないのー!」
チャーリーも目覚めたようだ。
「だから誤解だ!」
「雷の精霊よ、天上より現れたまえ、我に力を、罪深きものに聖なる裁きを――」
「上級魔法を詠唱するな、死ぬ、死ぬから、なんならオーバーキルだから」
クルシェとチャーリーが落ち着くのにそれから十分ほど要した。
「で、犯そうとしていないなら、なにしようとしてたってわけ?」
と訝しんだ声を出すチャーリー。
僕は正座していた。いや、別に二人がそうしろと言ったわけじゃないけど、なんとなくそうしないといけないような気がしたのだ。
「なにもしようとしてない、ただ寝顔を見つめていただけなんだ」
「いや、女の子の寝顔を見つめているだけでも、やばいと思うわよ」
とチャーリーが蔑んだ目で見てくる。
「う、それはそうだな、ごめん」
「まぁ、なにもしてないのでしたら、いいですけど、それにしても、なんで私の寝顔なんて……」
「いや、寝ている顔もきれいだなって、つい、見とれてしまって」
「へっ、な、何を言い出すんですか、急に」
ぼっと顔を赤くする彼女。
「まぁ、ほめられて、悪い気分ではないですけど、でも、今後はいきなりそういうこと言うの禁止です」
「わかった、気を付けるよ」
「あ、でも、たまにならいいですよ」
どっちだよ。
「まぁ、今回は大目に見てあげるわ、これからはクルシェちゃんとも旅をしないといけないんだから、彼女に様々な面で配慮しないといけないわよ、テル」
「うん、そうだな、気をつけるよ」
「わかればよろしい、じゃ、そろそろ出発しましょうか」
「あ、ちょっと待ってください、私、メイド服に着替えてくるので!」
「ああ、じゃ、むこう向いてるよ」
彼女に背を向けると、チャーリーがふぅと疲れた感じの息を吐いた。
「どうした?」
「いえ、クルシェちゃんが来て、騒がしくなったなって」
「いやか?」
「いえ、楽しいわ」
「それはよかった」
「あなたはどう、クルシェちゃんと旅して?」
「楽しいよ、今のとこ」
「そっ、ならよかったわ」
「着替え終わりましたー」
とメイド服姿の彼女がバッグを持ってこちらに来る。
彼女はかごに荷物を置いて、僕の後ろに座る。
「よし、行こうか、次の目的地へ向けて」
自転車のペダルに足をのせる。
そして、僕たちはまだまだ終わりが見えない旅を続けていく。
最強のママチャリに乗って美少女と一緒に異世界をのんびりと旅する 桜森よなが @yoshinosomei
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