このタイトルを見てどんな物語か想像してください

桜森よなが

このタイトルを見てどんな物語か想像してください

「暇ね」


 二人だけしかいない文芸部の部室で、彼女は机に頬杖を突きながら言う。

 その向かい側の席で本を読んでいた僕は、顔を上げて、大げさに溜息をついた。


「本でも読めばいいじゃないですか」


 と部室の端にある本棚に視線を向けるが、彼女はそちらの方を見ずに、僕に視線を固定して、


「もうここにある本は全部読んでしまったわ」

「え、全部ですか?」


 それはすごい。図書室ほどではないが、ここだって結構な量の本がある。

 おそらく数百冊はあるんじゃないだろうか。


 そう言えば、彼女は恐ろしく文章を読むのが速かったな。

 共通テストの国語の過去問も三十分くらいで解いていたっけ(しかも全問正解、僕はいつも時間が足らないのに……)。


「文芸部なんだし、小説でも書けばいいじゃないですか」

「私、小説は読み専なのよ」

「これを機に書いてみればいいじゃないですか」

「そんな急に言われてもね、別に書きたいものなんてないし、それに、小説の執筆って基本的にひとりで黙々とする作業じゃない。私はあなたと遊びたいのよ」

「はぁ、そうですか」

「何よ、こんな超美少女が遊びたいって言ってるのよ、もっと喜びなさいよ」

「自分で言うか、それを……」


 まぁ確かに彼女は美少女だが。

 背が高く、体系もスリムで、その割には胸も大きく、顔は睫毛が長くて、目が切れ長で、肌も白くてきれいで、学内一の美人と呼ばれている。

 なんでこんな地味な部にいるのか理解できない。


「つまんない男ね、あなたって」


 と蔑んだ目で見てくる。

 なら、この女はどうしてそのつまんない男と自分しかいない文芸部にいるのだろうか。


「あーもう、暇暇、ねぇ、つまんない男、 なんか面白いこと考えなさいよ」

「つまんない男って……まぁいいや、面白いことか、急に言われても困るな……」

「あなた、小説書くんでしょ、なら今すぐ面白い話が考えられるでしょ、それを言ってみてよ」

「小説書く人がみんなすぐにそんないいアイデアが浮かぶ人たちだとでも思っているのか……?」

「何よ、できないの? ほんと使えないわね、じゃあ、タイトルだけでも面白いの考えてみてよ」

「タイトルだけか……」


 と僕が顎に手を当てたとき、彼女はぱぁっと顔を明るくし、手を叩いた。


「そうだ、一緒に面白そうな小説のタイトルを考えましょうよ、それで、そのタイトルからそれがどんな物語か、お互いに想像し合うの、ね、面白そうだと思わない?」

「えーそうですか?」

「何よ、とってもいいアイデアだと思ったのに、一緒にやってくれないの?」

「いや、まぁやりますけど」

「じゃ、決まりね」


 とにんまりとほほ笑む彼女。

 僕は読みかけの本を閉じ、机に置いた。


 まぁどうせ暇だったし、べつにいいか。

 こうやって、毎回のように彼女の思いつきに振り回されるのは、少々癪だけど……。


「で、何かいいタイトルは思いついた?」

「ごめん、まだ、ていうか早いよ、今さっきこの遊びを始めたばかりじゃないか」

「何よ、ほんとあなたって、つまんない男ね、私はもう思いついたわよ」

「じゃあ、言ってみてくださいよ、早く」

「ゴリラの冒険」


 真剣な表情でそう告げる彼女。

 僕は一瞬、固まってしまった。


「……え、それがタイトル?」

「ええ」

「はぁ、ふざけてんのか?」

「ふざけてないわよ、大真面目よ、とても面白いタイトルじゃない」

「いや、べつに。でも、一応、学園一の美人と言われてるあなたの口から、そんな小説のタイトルが出てくるというところは、まぁ面白いかな」

「なにそれ、馬鹿にしてるの? しかも一応って何よ、一応って」


 唇を尖らせる彼女に対し、ごまかすように僕はこう訊いてみる。


「で、どんな物語なんだ、それは?」

「うーん、そうね、まず、ゴリラが主人公だわ」

「だろうな、それで?」

「ちょっと待って、今考え中……」

「まだそこまでしか考えてなかったのかよ……」

「うるさいわね、タイトルからどういう物語か想像するっていう遊びなんだから、べつに今から考えればいいじゃない」


 と少し頬を膨らませて、十秒くらい考えこんだ後、彼女は口を開いた。


「まず、この物語はゴリラが冒険する話なんだと思うわ」

「だろうな、タイトルにそう書いてあるもんな」

「でも、どういう冒険をするのかしらね?」

「知るかよ」

「知るかよって何よ、あなたも考えなさいよ」

「ええ、なんで」

「なんでって、そういう遊びじゃない、あなたも考えなきゃ、小説のアイデアを一人で考えてるのと同じじゃないの!」


 切れ長の目を鋭く細める彼女。

 美人だが、憤った時の顔は結構怖い。


「わかった、わかった、そんな怒らないでくださいよ」


 とりあえず、目を閉じて、十秒くらい考えてみるが、特にいいアイデアは浮かばない。

 でも、それは僕の想像力が悪いんじゃない、このふざけたタイトルが悪いんだ、たぶん。


「どう、そろそろ何か思いついた?」

「いや、全然」

「はぁ、あなたって、ほんと、つまんないうえに使えない男ね……」

「うるさい……なぁ、思ったんだけどさ、まず、このゴリラが最初にどこにいるか、考えないか?」

「そうね、じゃあ、あなたはどこにいると思うのかしら?」

「うーん、舞台が日本だとすると動物園だな」

「じゃあ、冒険するにはまず動物園から脱走しないといけないわね」

「そうだな、でも、なんで脱走するんだろう?」

「そりゃあ、狭い動物園より、もっと広くて自由な世界に行きたかったからじゃないの?」

「でも、逃げてどうするんだ、動物園にいたやつが外で生きていけるのか?」

「無理でしょうね、ていうかすぐに捕まると思うわ」

「まぁ、だろうな、それで、ゴリラは動物園に戻るのか?」

「いえ、捕まえたのは怪しい研究者たちで、ある実験施設に連れていかれるわ、それでいろいろ実験された末に、サイボーグゴリラになるのよ」

「なんか急にすごい話になってきたな」

「でもね、研究者たちはサイボーグになって強くなったゴリラを制御できなくて、ゴリラが暴れて、研究者たちは殺されてしまうの、そして研究所から抜け出した後、

自分を苦しめてきた人間に怒りが湧いてきたので、ゴリラは人間たちに復讐し始めるの」


 あーもう話がめちゃくちゃだよ。

 でも、彼女は楽しいようで、目をキラキラさせながら饒舌に話している。


「それでね、数十年後、ゴリラは日本の人間を殺しつくしてしまうの」

「まじかよ……そのあとサイボーグゴリラはどうなるんだ?」

「そうね、サイボーグゴリラは昔いた動物園に戻るわ。かつての仲間たちの様子を見るために。でも、動物園の動物たちは、飼育してくれる人がいなくなって、全員死んでしまったわ。サイボーグゴリラは、仲良かったゴリラたちが全員死んでいるのを見て、泣き叫ぶの、そして自分がやったことの罪深さに気づき、深く後悔するのよ」

「うんうん、それで?」

「サイボーグゴリラはそれからずっと孤独に生きていくんだけど、そのうち食べるものがなくなって、周りに人も動物もいない中、ついに死んでしまうの」

「バッドエンドじゃねぇか!」

「うう、サイボーグゴリラ、なんてかわいそうなの、うっ、ぐすんっ」


 彼女は急にわざとらしく涙を流し始めた。

 それにしても、この女、こんだけ話を膨らませることができるのなら、小説書けるだろ。


「ねぇ、この話、とっても面白いと思わない?」


 と目をキラキラさせて言う彼女。

 彼女のセンスが良くわからない。

 あと、さっきの泣き顔はどこへ行った。


「いや、全然」

「えーそう? どの辺が?」

「いや、もう全体的に。まず、そもそもタイトルの時点でダメだな、なんだよ、ゴリラの冒険って」

「文句ばっかりねぇ、あなたって……」


 彼女は少し頬を膨らませた後、顎に手を置いて、何か考えるそぶりをする。


「あ、もうひとつ思いついたわ、次はタイトルから素敵なものになると思うわ」

「へぇ、どんなタイトルだ?」

「男性器がお尻に生えた女の子、よ!」


 ばんっと机を叩いて、どや顔で言う彼女。


「……ふざけてんのか?」

「いえ、大真面目よ」

 

 いや、絶対この女、ふざけている。


「どんな内容なんだ?」

「まず、冒頭はこうよ、彼女はある朝、起床したときにお尻に違和感を覚えるの。

そして男性器がお尻に生えていることに気づいて、戸惑うの」

「そりゃあ戸惑うだろうな」

「彼女は泣くわ。一日中ショックでふさぎこんでいたけど、翌日には、両方の性器があるって、お得じゃない? と思い始めて立ち直るわ」

「立ち直るの早くないか? もうちょい、葛藤を……」


 しかし、彼女は無視して、楽しそうに話を続ける。


「すっかり元気になった彼女はある日、不良に絡まれている少女を見つけるわ」

「勇気を出して助けるんだな?」

「もちろん、少女を助けるために、その不良たちを、お尻の男性器で刺し殺すわ」

「いやいや、やりすぎだろ」

「そしてその助けられた少女は、お尻に男性器が生えた女の子に恋をするの」

「ええ……」

「二人は恋人になり、数年後、二人の間に子供ができるわ」

「急に時間が飛んだな、ていうか、ちょっと待て、二人は同性だろ? なんで子供が……」

「片方はお尻に男性器がついてるじゃない」

「そうだけど、ええ……マジか……」


 なんかもう話の展開についていけない。


「その子供はどうなんだ、ふつうの子なのか?」

「いえ、お尻に男性器がついた女の子が生まれるわ」

「なんでだよ、普通の子にしてあげろよ」

「それだとつまらないじゃない」


 と悪気が全くなさそうな顔の彼女は、鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌に話を続ける。


「その子は優しい両親のもと、なに不自由なくすくすくと育つわ、でも、小学生になると、周りにいじめられるの、お尻に男性器があるせいで」

「もちろん、いじめは解決するんだよな?」

「ええ、決まってるじゃない、ある日、我慢の限界が来た彼女はいじめたやつらを男性器で刺し殺してしまうわ」

「そんな猟奇的な解決は望んでなかったよ!」

「彼女は殺人鬼として警察に追われるわ、そして彼女の両親は娘が殺人鬼になったことに絶望して二人とも自殺。娘は一年以上逃げ回るけど、ついに警察に捕まってしまうわ」

「それで、その後は?」

「自分の人生に絶望した彼女は、警察官から盗んだ拳銃で自殺するわ」

「またバッドエンドじゃねぇか」

「感動的で素晴らしい物語だったわね」

「どこがだよ……もっと明るい作品にしてくれ」

「うるさいわねぇ……じゃあ、次は明るいのにするわよ」


 と言って、彼女は腕を組んで、数十秒くらい目を瞑った後、カッと目を開いて、こう告げた。


「トイレ」

「なんだよ、急に、トイレに行きたいなら勝手に行けばいいだろ」

「いえ、ちがうわ、タイトルよ」

「は? トイレっていうのが作品のタイトルなのか?」

「そうよ」

「……どんな物語なんだ?」


 タイトルから察するに、またどうせろくでもない話なんだろうが。


「まず、主人公はたぶんトイレにすごく行きたいのよね、でも、この世界にはトイレがないの」

「ええ……ということは、みんなどこで用を足すんだ、まさか野ぐそか? 立ちしょんか?」

「そうなるわね」

「やばいな、その世界」

「そうね、女の子は人に見られないところで、トイレしないといけないから大変だわ」

「いや、男だって人に見られないところでしないといけないよ」

「そうかしら、男って結構そこらへんで立ちしょんとか野ぐそとかするんじゃないの?」

「いや、する奴もいるかもしれないけど、そんな多くはないよ、たぶん。特に野ぐその方は。男にどんなイメージ抱いてんだよ」

「ふーん、そうなの、まぁどうでもいいわ、そんなことは、物語を考える続きをしましょう」

「僕はどうでもよくないが……まぁいいや、それにしても、トイレなくて、そこらへんで用を足してるとか、衛生的に大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわ、感染症が蔓延していて、若くして亡くなっちゃう人が多いの」

「やっぱりそうだよな」

「そんな世界にある日、救世主が現れるわ」

「どんなやつなんだ」

「トイレのない世界にトイレを作ろうとするの」

「おお、ついに……」

「数年後、苦労の末に、世界初のトイレができるわ」

「やっとか……」

「トイレを作ったその人物は、人々に神と崇められるようになるわ、そして彼の名を冠したトイレ教という宗教ができるの、のちに彼が作ったその排泄物を流す機器も彼の名であるトイレと呼ばれるようになるわ」

「そいつ、トイレって名前だったのかよ!?」


 衝撃の事実過ぎる。

 向かい側の彼女は、「どう、面白いでしょ?」と言いたげなどや顔。なんかむかつく。

 ていうか、その世界は神の名前がついたもので排泄物を処理するのか……狂っているな。


「今度はハッピーエンドだったでしょ?」

「確かにハッピーエンドだったかもしれないけど、うーん」

「文句ばっかり言うわねぇ、あなたもそろそろひとつくらいなにかタイトルを考えなさいよ」

「うーん、そうだなぁ」


 考える人みたいなポーズでしばらく考えてみたが、何も思いつかない。僕には小説家の才能がないのかもしれない。


「まだ思いつかないの? 早くしなさいよ」


 苛立たし気に、机を指でトントンと小刻みに叩きながら、彼女は言う。

 ええい、もういいや、適当で。


「ぶべちょぶぶらちょ」


 僕がそう言うと、彼女はきょとんとした顔になった。


「……は? なにそれ、それがタイトルなの?」

「ああ、それがタイトルだ」

「……ふざけてるの?」

「いや、大まじめだ」


 嘘だ、正直思いつかなかったから、突然頭に浮かんだ謎のフレーズを発しただけだ。


「まあいいわ、このタイトルがどういう物語か想像しましょう」

「うーん、ぶべちょぶぶらちょか、どういう物語なんだろうな、これは」

「いや、あなたが考えたんでしょ、このタイトル、しっかりしなさいよ」

「うーん、そう言われてもな」


 頭に浮かんだ謎の言葉を口に出しただけだし。


「はぁ、しかたないわね……その、ぶべちょぶぶらちょだっけ? あなたはそれがなんだと思うの、なにかの生物、それとも物?」

「うーん、生物、かな」

「生物ねぇ、こんなへんてこりんな名前なんだし、ふつうの生物ではないわよね」

「うーん、じゃあ妖怪、とかなのかな」

「妖怪か、どんな妖怪なの?」

「そうだな、なんか不快な鳴き声とか発してそうな気がする」

「どんな鳴き声?」

「ぶべべべべってひたすら叫んでるんじゃないだろうか。人の傍で」

「なんで?」

「なんでって言われてもな……」

「人の傍で泣き続けているのなら、何か目的があるんじゃないの?」

「うーん、たぶんその人を苦しめたいんだろうな、そんな不快な鳴き声で泣くんだから」

「なんで苦しめたいの?」

「……そいつがいやな奴だから?」

「いやな奴ね……つまりそいつが何か悪いことをしている奴で、ぶべちょぶぶらちょはそいつを罰したいのかしら」

「そうかもしれないな」

「どんな悪いことをそいつはしたのかしら」

「うーん、人の悪口を言ってるとか、好きな異性のストーカーをしてるとか、浮気してるとか?」

「それは全部ひとりの人間がしているの?」

「いや、たぶん複数の人がしているんだろうな」

「ということは、ぶべちょぶぶらちょは、悪い奴のもとに現れて、そいつを罰するために、不快な鳴き声を発するのね、案外いい妖怪ね」

「そうだな、なんかだんだんどういう物語か想像が膨らんできたぞ、まず主人公のもとにそのぶべちょぶぶらちょが現れるんだ、その主人公はネットでやらかした有名人を叩いて、ストレスを発散しているやつなんだ、それで、そいつがその行いを悔い改めるまで、傍でぶべべべべって変な声で鳴き続けるんだ」

「で、最終的にはその男が改心して終わりって感じ?」

「まぁそうだろうな」

「ふーんつまんなそう」

「え、そうか?」


 自分では結構面白そうだと思ったのに。

 少しがっかりしていると、彼女が言いすぎたと思ったのか、こう言ってきた。


「まぁでも、ここまで話が膨らんだんだし、実際に書いてみれば?」


 このぶべちょぶぶらちょという自分でもわけわからない物語をか?

 まぁ物は試しか。


「そうだな、どっかの小説投稿サイトに投稿してみるよ」

「あ、そうだ、ならさ、今日のこのタイトルから物語を考える遊びもさ、小説にしてみない?」

「面白いか、そんなの小説にして?」

「私はけっこう面白かったし、やってみる価値はあると思うわ」

「まぁべつにいいけど、作品のタイトルはどうする?」

「タイトルは、そうね……」


 彼女は目を閉じて、数十秒くらい考え込んだ後、目と口を同時に開いた。


「このタイトルを見てどんな物語か想像してくださいって、タイトルはどうかしら?」

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このタイトルを見てどんな物語か想像してください 桜森よなが @yoshinosomei

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