2024/12/25

 角蔵氏の生存に気づいていたのは、読増さんだけではなかった。

『らぶ殺』三人目のフォロワーは、奥さんの代美子さんだったらしい。「タイトルのセンスがそれっぽかった」という、奥さん以外にはまったくピンとこない理由で突き止めたというから、もはや感心を通り越して呆れるほかない。

「まぁ、夫にも長い休暇が必要なんだろうと思いましてねぇ。今まで放っておいたんですの」

 と、あまりにもおおらかである。

 その一方で、この屋敷で起こっていたポルターガイストらしき事件の半分ほどは、双子の好美ちゃんと和美ちゃんの仕業だったらしいということもわかった。これは単に「この屋敷から引っ越したくない」という理由からそうしていたようだ。

「だって赤ちゃんのときからずーっとこの家だし」

「今更タワマンとか住むの想像できないし」

 と口々に説明してくれた。他人から見ればホラーゲームみたいだが、生まれたときから住んでいる彼女たちにとっては、これが「家というもののあるべき姿」なのだろう。

「じゃあ、さっき窓の外から泥の手形をつけたのは?」

 菊代さんが残念そうに尋ねると、

「わたし」

「好美」

 とまた口々に答えた。なるほど彼女の小さな体格なら、室外機の影に隠れることができるのだ。それからは和美ちゃんの手引きで窓から邸内に戻り、先生とおれがいた応接室に、単に「お客さんがびっくりするかと思って」という理由で突然現れた。いつでも悪戯ができるよう、あらかじめマスターキーを持ち出していたというから、これも呆れるほかない。

「本物のポルターガイストなんて起こってなかったのね……」

 菊代さんが、おれには理解しがたい類のため息をついた。泰成氏は双子の頭をなでながら、「とにかくお祖父さまが見つかったから、このお屋敷を売る話はなくなったよ」と説明した。

「やった!」

「よかったー」

「もうポルターガイストみたいなこと、しちゃ駄目だぞ!」

「「はーい」」

「角蔵さんも、もう死んだフリなんかしちゃダメよ」

 代美子さんが夫を叱り、角蔵氏は「はい……」とうなだれていた。

 読増さんは怒るだろうか――と思いきや、角蔵氏が現れた途端に「ぜんせいぃ」と泣き崩れてしまい、まだべそべそしている。担当編集である前に大ファンらしい。どさくさまぎれに『らぶ殺』の完結までは仕事量をセーブしてもらう、という約束をとりつけられていたので、おれはほっとした。

 結果的に裏切者みたいな扱いになってしまったおれのことも、角蔵氏は許してくれた。

「結界さ……柳さんにはご迷惑をおかけしました。やはりいつまでも逃げていてはいけない。自分から戦って得るのでなければ」

「それ、『らぶ殺』のデスゲーム編ですよね」と言うと、角蔵氏は明るい顔で笑ってくれた。

「『らぶ殺』は必ず完結させますからな。更新を楽しみにしていてくださいよ!」

 こうしてポルターガイストも、角蔵氏の逃亡事件も解決することができた。

 雨息斎先生とおれは屋敷を後にし、東京に戻ることになった――


 で、おれの処遇が心配である。なにしろ、先生を自分の意志で裏切ってしまったので……。

 色々事情があって、先生はおれをクビにできない。ということはおれも逃げられない。しばらく針の筵に耐えることになるだろう、とおれは腹をくくった。

 ――のだが、先生、案外怒ってないのである。事件が丸く収まったということもあるのだろうが、

「『らぶ殺』、結構好きかもしれない……」

 などと帰りの新幹線の中で突然言い出したものだから、おれは座席から落ちそうになった。

「そうですかぁ!?」

 読増さんが素っ頓狂な声をあげる。

「いや、読増さんはたぶんプロ目線で、『ラブコメとしてどうか』という点について厳しく見ておられるんでしょうが、私は面白いと思いますよ。いや全然キュンとかはないんですけど、あの妙な空気感というか……ホラーとギャグの紙一重のところを彷徨ってる感じというか、独特のシュールさがあって……」

「そうそうそうそうそうそうわかります」

 おれは全力で乗っかることにした。だって『らぶ殺』が書籍化されたらめちゃくちゃ嬉しい。ほしい。

 読増さんはそう簡単に腑に落ちないようで、腕を組み、「そうですかぁ……? そうかぁ……」と首をひねっている。先生が「文芸編集部の××さんに相談されたらどうですか?」と謎の人脈を披露し、書籍版『らぶ殺』が見たいおれは全力で太鼓持ちをした。

「いやしかし、まずwebで人気が出ないことにはなぁ~」

「やり方によってはわかりませんよ! 『らぶ殺』はまずジャンルを変えてみることと、それからSNSなどで宣伝をして、露出を増やすことで読者が増えるのではないかと思うんですよね。キャッチコピーも変えた方が絶対にいい……というか思い切って小隈野先生のお名前を出してみては?」

 かくして『らぶ殺』の回し者と化した先生とおれ、そして首をひねり続ける読増さんを乗せつつ、新幹線はクリスマスの東京を目指すのだった。


<禅士院雨息斎のホーンテッドハウス劇場・了>

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【アドベントカレンダー】禅士院雨息斎のホーンテッドハウス劇場 尾八原ジュージ @zi-yon

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