2024/12/24

 いやしかし困った。

 屋根の上で震えながら、おれは回らない頭で必死に考えた。

 角蔵氏の逃亡を助けるために、おれは一体何をすべきだろうか? 一応連絡先は交換したが、現時点で連絡をもらったとしても、できることは何もない。とりあえず雨息斎先生の追及を逃れるのが精いっぱいだ――などと考えながら、耳を澄ましてみた。

 静かだ。先生のことだから、おれを放置しておくはずはない。いずれ必ず報復があるだろう……なんか、ポルターガイスト屋敷よりも先生の方が怖いな。「本当に怖いのは生きている人間の方かもしれない」って、こういうときに使う台詞なのかもしれない。

 しかし困った(二回目)。屋根の上にいると、屋敷の中の状況がわからない。そろそろ下に降りて、皆の様子を探った方がいいんじゃないか? いやしかし、それこそ先生の思うツボかもしれない。

 だんだん疑心暗鬼になってきた。本当の敵はおれ自身なのかもしれない――

『柳さーん』

「ヒェッ!」

 突然名前を呼ばれたので、恥ずかしながら飛び上がってしまった。

 おれは慌ててバランスをとりながら、声が聞こえた方を見た。

 庭に双子が立っていた。手に手に拡声器を持ち、こちらに手を振っている。

『柳さーん』

『結界さーん』

 双子は例によって交互に呼びかけてくるが、拡声器を挟んでいるせいで、ホラーっぽさが全く演出されていない。

『おつかれさまでーす』

『降りてきてくださーい』

『おじいちゃんつかまりましたー』

『おばあちゃんがつかまえましたー』

 おじいちゃん――彼女たちのおじいちゃんだよな。てことは角蔵氏か!?

 おれは「ヒェエッ!!?」と奇声を上げた。なんてこった。


 双子の呼びかけはブラフではなかった。おれの知らないところで、捕り物劇は終わっていたのだ。

 角蔵氏は屋敷の応接室で、しょんぼりと肩を落として座っていた。庭から戻ってきた双子が傍に並んで立っているが、心なしかシュンとしているように見える。

 彼らの近くには、見覚えのない老婦人が座っていた。翔氏に連れられてやってきたおれを見ると、彼女は立ち上がり、丁寧なお辞儀をした。

「角蔵の妻、代美子よみこでございます」

 いるとは聞いていたものの、姿を現さなかった角蔵氏の奥さんだ。見た感じは和服の似合いそうな上品なマダムだが、今はいかにも登山用といった感じのフリースやズボンを身に着けている。

「ご挨拶ができなくてごめんなさいね。ちょっと、この人のいそうなところを周っておりましたの。ホホホ。今日こそ捕まえることができてよかったわ」

「母さん、父さんが生きていたって気づいていたなら、教えてくれたらよかったのに……」

 部屋の隅で控えていた泰成氏が、ため息交じりにそう言った。

「柳さんも主人を探してくださってたんですって? 遠くを見るためにわざわざ屋根の上に登られたって……まぁ、ご迷惑をおかけしました」

「はい?」

 身に覚えのないお礼を言われて戸惑うおれの肩を、いつの間にか隣にやってきた雨息斎先生が叩いた。

「いやぁ、少しでも皆さんのお役に立てばと、私が止めるのも聞かずに外へ出て行きましてね! 責任感の強い男ですよ!」

 先生、おれが逃げ出したことを自分に都合よく改変している……!

 しょんぼりと座る角蔵氏の視線が痛い。違う。違うんだ先生……おれは裏切ってないんですよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る