額に十字架のある異国人

クロノヒョウ

第1話





 額にある大きな十字架の傷口がパックリ開いたかと思うと中から触手のようなものが勢いよく伸びてきて俺の目の前の男の頭に食らいついた。そして男の体は一瞬にしてその触手にのみ込まれた。

 夜の繁華街の路地裏。

 目の前の男が消え、残ったのは俺と、何事もなかったかのように無表情で立っている相棒だけだった。

「ここは、どこだ」

 相棒のジューンが俺に向かってそう言った。

「さあ、どこだろう」

 ここはいったいどこだろうか。異国の地には間違いないのだが。

「とりあえず、どこかで休もう」

 俺がそう言うとジューンは小さくうなずいた。

 路地裏を出て人ごみにまぎれ街を歩いた。俺たちとはずいぶん見た目が違う人間ばかりだった。彼らにとっては俺たちが珍しいのだろう。ただ歩いているだけなのに道行く人の注目を浴び、何度も知らない男に胸ぐらを捕まれた。

「おいおい、何だお前ら」

「ふざけてんのか?」

 そう言われながら男にどつかれたジューンはまた男を路地裏に連れ込みさっきと同じように額の十字架から出る触手で男をのみ込んでいた。

「俺たちは何もしてない。なのになぜ暴力をふるう」

 そう言って悲しそうな表情をするジューンに俺は何も答えてあげることができなかった。

 ようやく繁華街を抜け静かになったところで見つけた小さな店。ドアを開けて入ってみるとそこは古いバーのようだった。

「いらっしゃいませ」

 カウンターの中に立っていた店主らしい男が俺たちにそう言って笑いかけていた。他に客は誰もいなかった。

「何か酒とつまみを」

 俺はそう言ってジューンとカウンターに座った。ジューンはさっきから何人か男をのみ込んでいたから腹は減っていないだろうが俺はぺこぺこだ。

「どうぞ」

 目の前に置かれたジョッキを持ってジューンと乾杯した。喉もからからに乾いていたからか、やけにおいしい酒だった。

「最近多いのですよ。太陽フレアのせいでね」

 店主は俺たちにそう話した。

「太陽フレアの電磁波の影響でここには毎日たくさんの宇宙船が墜落してきます」

 そうだ。俺たちの宇宙船も突然制御がきかなくなった。

「そういうことだったのか」

 ジューンも納得した様子で酒を飲んでいた。

「それにしてもこの地の人間はひどい。見た目だけで俺たちに殴りかかってくる」

 つい愚痴をこぼしてしまった。

「ああ、申し訳ないね。我々もエイリアンには困っていてね。平気でゴミを捨てるわ車の邪魔をして通れないわ危ないわ、ひどい者は人間を食べてしまったりしてね。我々もぴりぴりしているんだよ」

 店主の言うことも一理ある。確かに俺たちも、掴みかかられたとはいえジューンも人間をのみ込んでしまった。とはいえどうもこの地を好きになれそうにはない。

「人間は、おいしくなかった」

 ジューンが店主に聴こえないようにそっとささやいた。

「そうか、やっぱりこの地は俺たちには合わないな」

 俺もそうささやくとジューンは静かにうなずいていた。

 それにしても腹が減った。とにかく早く何か食べたい。そう思っていると何やら心地よい音楽が耳に入ってきた。

「店主、この音楽は何だい?」

 俺が聞くと店主は嬉しそうな顔をした。

「この曲はスティングの『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』という曲です」

 聞いたところで何もわからなかったが俺はこの曲が気に入った。

「あ、しまった!」

 無意識だった。腹が減って仕方なかった俺の額の十字架から伸びた触手は無意識に店主をのみ込んでしまっていた。

「うあっ、本当にまずいな」

「だろう?」

 この地は俺たちには合わない。

 でもしばらくは我慢してここで暮らさねばならない。

 ここにいて勝手にこの店に入ってくる人間たちを我慢して食べれば飢え死にすることはないだろう。店の中には酒もたくさんある。壁にぎっしり並んでいる酒のボトルと店内を見回していると奥の壁にかけられている大きなスクリーンが目に入った。

「お、あれは俺たちの仲間じゃないか」

 映っていたのは俺たちと同じように額の十字架から触手を出して人間をのみ込んでいる仲間の姿だった。そして『このエイリアンには要注意』という文字も。 

「注意するのは俺たちのほうだよな」

 ジューンはそう言いながら額の十字架をひくひく動かしていた。

 また腹が減ってきた。早くお客がこないものか。

 俺も額の十字架をひくひくさせながらこのお気に入りの曲を何度も繰り返し聴いていた。



           完





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額に十字架のある異国人 クロノヒョウ @kurono-hyo

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