第16話 初任務2
「訓練生アルト、これよりスルト殿がサレムにご滞在の間、従士としてお仕えすることになりました!短い間ですがよろしくお願いいたします!」
イドリア共和国帝都サレム。その中央に位置するイドリス正教の総本山、ロゼリア神殿にある来客用の宿泊部屋にて、アルトとノッテはスルトと対峙していた。
「ああ、君か。君の分析はなかなか的を射ていた。まさか耐え切られるとは考えもしていなかった。」
上機嫌のスルトに対し、アルトは謙遜する。
「いえいえ、僕は見ていただけですから。同期に恵まれた結果ですよ。」
そんなアルトにスルトは意地の悪い笑みを浮かべて答える。
「いや、終盤はなかなか肝を冷やされた。何せ凄まじい殺気を感じたものだからな。あのまま出力を上げ続けていたら、誰かに殺されていたのかもしれん。」
殺気の出処がアルトであると、完全に把握している顔。実際、あれ以上出力を上げるのであれば、殺しはせぬものの無力化は考えていた。隠していたつもりの殺気を感じ取られ、アルトは反省する。
「……滅相もございません。スルト殿を下せるような者は、訓練生の中には思い当たりませんね。」
スルトはその発言に頷くと、ノッテの方を向く。
「……さて、そちらのレディも私の従士か?」
スルトの発言に、アルトは内心ヒヤヒヤしていた。ほんの十数分の付き合いではあるが、ノッテの言動の破天荒さ加減を存分に味わっていたからだ。
シャルルの執務室からここに至るまで失礼のないように言い聞かせてはいたが、果たしてどうなる事やらだ。
「訓練生ノッテ、同じく従士としてお仕えさせていただきます。よろしくお願いいたします。」
意外にもまともな対応に、アルトはほっと胸を撫で下ろす。
「失礼だが、その仮面の理由を聞いても?従士の顔が見えぬのは、些か不安もあるのでな。」
しまった。そういえばノッテの仮面について、どう説明するか相談していなかった。
「幼い頃に村を魔獣に襲われ、その際の火事で顔に大きな火傷を負ったのです。治療が遅くなり火傷の痕が残ってしまい……必要であればご覧にいれますが。」
固唾を飲んで様子を見守るアルトだったが、見事な言い訳だ。或いは、シャルルに入れ知恵されたのかも知れないが。
「……いや、不躾なことを聞いてすまなかったな。君の前では火の魔法も控えよう。」
スルトが常識的な人間で良かった、とアルトはようやく胸を撫で下ろす。見せろと言われたらどうするつもりだったのかと、少し不安だったのだ。
「……それでは、スルト様。本日はこの後サレムの中央通りを散策されるおつもりとお聞きしましたが。」
余計なボロが出る前に本題に入ってしまおうと、アルトは話を振った。スルトがサレムに滞在中の予定は全て聞いてある。予め重点的に見ておいた方が良いスポットを知っておくためと、従士として全ての予定を完遂させるためである。
「ああ、次サレムまで来るのはいつになるか分からないからな。家族に土産でも買うつもりだ。」
ノッテはうんうんと頷いている。仮面で表情が読めない分、一つ一つの所作が大きい。離反者としてこの仮面をつけて、ある程度は時間が経っているらしい。
対してアルトは、スルトの発言にわずかに意外そうな表情を浮かべる。スルトはその表情の変化に目ざとく気づき、苦笑いだ。
「暴虐の限りを尽くすと言われる火の剣が土産とは、似合わぬと思っているか?」
スルトの洞察力に脅威すら感じながら、アルトは慌てて否定する。機嫌を損ねて、万が一周辺が焼け野原にでもなったら目も当てられない。
「いえ、決してそのような事は!ただ…遠征に向かうと必ず土産を買ってきた父のことを思い出しただけです。」
アルトは聞かれるがまま、父———アルバートのことを話す。魔獣の大量発生や魔獣による事件が発生すれば、イドリアのどこであろうと解決に奔走している父のことを。
「まさに弱きを助ける戦士の一族だな。ところでその……土産は何が嬉しかったか?」
意を決してどことなく気恥しそうにそう尋ねるスルトに、アルトは思わず吹き出す。火の剣という仰々しい肩書きと、目の前にいる父親の姿がどうしても一致しなかったからだ。
「す……すみません。間違いが無かったのは食べ物でしょうか。ここから3日の滞在の後自治区へお帰りになると聞いております。サレムから自治区まではおよそひと月ですから……
イドリア特産の果物を乾燥させたお菓子などいかがでしょうか。様々な種類がございますし、日持ちもしますよ。」
スルトは怒ることもなく、ではそうしようと椅子から立ち上がる。身支度を必要以上に手早く済ませたのは、照れ隠しからだろうか。
—————————————————————
結局その後は滞りなく買い物を済ませ、食事や明日の予定の擦り合わせを行ったあとスルトは床に着いた。
アルトとノッテはそのままスルトの部屋の護衛につき、数刻後に交代が来るまで待機となった。
そうは言ってもこの客室は窓の無い造り。出入口は2人の守るこの扉しかないため、ほとんど立っているだけになるとは思うが……
「…ねぇねぇアルトくん、聞いてもいい?」
少しして。今日一日大人しくしていたノッテだったが、周りに誰もいなくなったと見るやそんな調子でアルトに話しかけてきた。
「護衛中だぞ。黙って気を張れ。」
アルトは厳しく言い放つ。自由にさせていたら何を言い出すかわからないのだ。
「まだ護衛は長いよ?ずっとその仏頂面で立ってるつもり?黙ったまま?」
アルトは少し考えると、ため息をついて言葉を返す。
「……くだらない事を聞くなよ。それから重要事項も。どこで誰が聞いているかわからない。」
それを聞いて嬉しそうに少しジャンプしたノッテは、何を聞こうかと思案している様子だ。
「んーと…あ!アルトくんは、どうして神殿騎士になろうと思ったの?」
アルトは話すべきかどうか悩んで、ふと自分が話している間はノッテが他の余計な質問をしない事に気付く。そしてまた1つため息をついて動機を話し始めるのだった。
「幼なじみが巫女になったんだ。それも、どうやら凄い巫女らしい。」
巫女になるだとか、どうやってなるだとか、そういった小難しいことはアルトは知らなかった。
それを知ってか知らずか、ノッテは補足するように相槌を打つ。
「もしかして、赤毛の巫女?私でも知ってるよ!巫女の持ってる加護は教皇アウレーリアからの貰い物。どれだけ加護を分け与えられるかで巫女としての格が決まるんでしょ?
基本的にはいつも巫女候補の器がいっぱいになって加護の受け渡しは終わるけど、赤毛の巫女は加護の受け渡しが終わらなかったから時間で儀式を終えたって聞いたよ!」
「教皇”様”だ。名前を呼ぶな、不敬だぞ。」
不機嫌に言いつつも、ルーチェが讃えられるのは悪くない気分だった。ほぼ無尽蔵の加護を持つ教皇が、かつてないほど加護を分けることの出来た相手。そしてなお余力を残す可能性の塊。
それこそが、未来への希望「赤毛の巫女」ルーチェだった。
「それで、赤毛の巫女の光になるために頑張ってるんだ〜」
話を先読みしてうんうんと頷くノッテ。
「なんだか妬けちゃうなぁ」
頬に人差し指を当てながら言うノッテを、アルトは何を言っているんだと言わんばかりの冷ややかな目で睨む。
「黙れ人殺し。僕がお前に感情を抱くことすらありえない。」
辛辣なアルトの物言いに、コロコロと笑うノッテ。
「そんなの、覚えてませ〜ん」
本当に笑えない、とアルトはノッテに軽蔑の目を向けながら周りの警戒に戻る。
どれほど経過したか、しばらくの静寂。軽蔑と気まずさの混じった、心地の悪い静寂だ。
それを切り裂くように、突然2人が同時に動く。アルトとノッテは、己の直感を信じるままに、お互いの背後を攻撃していた。
互いに無意識の一撃。或いは、対象が自分でなかったから反応できたのかも知れない。
アルトの短剣に、ノッテの暗器に貫かれたその刺客たちの体には黄色い鴉の刺青。盗賊の国シャドランを治める黄鴉のラザル、その直属の精鋭の証である。
「やっぱり無駄な話をしてる場合じゃなかった。こいつら、僕らの目を盗んで背後まで来てたんだ……
標的でない方への魔法が甘くなってて助かった。ノッテ、動けるか?」
短剣の血を拭き取りながら背後の死体を確認するアルトは、ノッテに問う。
「ええ!アルトくんが私の心配してくれたの!?嬉しい!」
その返答にアルトは、聞かなければ良かったと嫌な顔をする。
「煩い。動けるなら警戒だ。僕はスルト殿の様子を確認する。」
アルトはまだ何人かの気配を感じていた。部屋の中のスルトにも既に刺客が差し向けられている可能性がある。
扉以外出入口が無いと言っても、通気口はある。どんな手を使ってくるかわからない以上、スルトの安全を確認する必要があった。
「スルト殿、襲撃です!失礼いたします!」
豪華な扉の鍵を開け、ガチャりと開く。すると扉の隙間に一陣の風が吹き抜ける……いや、正確には三陣。
「鍵開けご苦労さま〜」
その内の1人、若い男にそう煽られる。男の首元にも黄鴉の刺青。さしものアルトも苛ついた顔をしながら合点がいっていた。
指令書に書かれた”敵対勢力”という曖昧な表現。どこの誰がと書いた方が対策もしやすいというのに、また団長の無茶振りかと思っていたが違う。
諜報部の連中が情報を盗まれたのだ。であれば筋が通る。
「全く、それくらい気付けよ……」
ため息をつきながらアルトは若い男の腕を咄嗟に掴み、死を与える。指令の対象であれば、原初の死の摂理を使用することが認められている。
「……はっ、スルト殿!」
一瞬行動が遅れた。既に2人の刺客がスルトの寝るベッドに近づいている。
「私もいるよっ!」
ノッテの投擲した暗器が片方の刺客の首を貫くが、もう一方は死んだ仲間を盾に暗器を防ぐ。
「貰った……!」
スルトまで到達した刺客が、腰の短剣を抜き振り下ろさんとする。
アルトの顔に汗が伝う。初任務から要人を守れなかったとなれば、神殿騎士としても教団員としても信用を失う。
それだけはあってはならないと、渾身の力を脚に込めて踏み込む。石で出来た神殿の床にヒビが入るほどの踏み込みから発生した初速は、しかし間一髪間に合わない———
と、思われたが。アルトは先ほどとは売って変わって、刺客とは反対側に飛び退く。それほどに凄まじい殺気を感じたからだ。
他ならぬ———スルトから。
「うあああ!」
刺客の持った短剣が一瞬だけ燃え上がり、跡形もなく溶け落ちる。溶けた短剣は刺客の手に流れ落ち、耐え難い苦痛を受けた刺客はその場に倒れ込んだ。
「……何やら面白いことになっているようだな、アルト訓練生。」
ベッドから起き上がったスルトは、最低限の身だしなみを整えて廊下まで出てくる。
「……お目覚めでしたか。お手を煩わせ申し訳ございません。」
いやいい、とスルトはアルトのそれ以上の謝罪を制止した。
「凄まじい殺気を感じたのでな、今し方起きたところだ。」
恐らく、刺客のものではなくアルトのもの。スルトはそれが分かっていてアルトを揶揄っている。
「……相当な手練だったのでしょうね。ご覧下さい、黄鴉の刺青です。失礼ですが、シャドランから恨みを買うようなことに心当たりは?」
アルトはからかわれている事を自覚しながら躱し、逆に反撃してみせた。自治区でもスルト相手にここまで言い返す者はほとんどいない。
スルトは無意識のうちに口の端が緩んでいた。
「いや、これが全くな。立場上誰に狙われてもおかしくはないが、シャドランから狙われる理由は思いつかん。」
スルトは本当に思い当たる節がないといった様子で考え込んでいる。
「では、生き残った1人に聞いてみるといたしましょうか。」
アルトは振り返り、うずくまる刺客に目を移す。見ると、先んじてノッテがその者の拘束を始めており、目が合う。
アルトとノッテは互いに頷くと、死体と刺客を部屋の外に出していく。
「尋問はこちらにお任せ下さい。スルト殿はこちらの部屋で、明朝までお休みいただきますよう。」
アルトとノッテは先程の部屋から死体と刺客を運び出し、団長に報告。新たに部屋を用意し、護衛も増員することとなった。
「ああ、尋問は任せた。」
スルトはそう言ってアルトの肩を二度叩くと、部屋の中に入っていった。
「……さて、ノッテ。ここからは僕らの仕事だ。」
尋問。アルトは別に気が乗らない仕事だったが、ノッテは楽しみでうずうずしている、という様子だ。
「……やりすぎるなよ?」
近くにいた護衛の神殿騎士に釘を刺されるが、ノッテは元気に返事をしてそのまま捕虜を連れ立って去っていく。
アルトは護衛の騎士と目を合わせ、肩をすくめると急いでノッテを追うのだった。
イスタロスの円環 @azusacom
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