第6話 舞台と私と炎とナージャ

「今日が本番! 今までの成果を出し切っていこう!」


 おー! と返事が響く中、

 私は何も感じなかった。


 暗い舞台にも

 眩しい照明にも

 大きな劇伴にも

 たくさんの観客にも


 何も感じなかった。


 それがよかったのか。

 私は自分の世界へ入り込めた。


 夢で見た景色も、脚本で知った姿も。

 演じるより思い出すように、アルバムを指でなぞるように。


 私はナージャの人生を繰り返す。


 けれどそれは、終わりへ向かうことでもあって。






 舞台は進んで魔王との決戦。



「『今度こそ終わらせる! 世界のために! 大切なもののために! 私のために!』」



 運命を知らぬ少女が切る大見得おおみえ

 あぁ、終わってしまう、終わらせてしまう。


 満身創痍のナージャはやいばを振るい、長い立ち回りの末魔王を討ち果たす。

 ここで終わればいいのに

 そうはならない。


 魔王の魂は城そのものであり、肉体を滅ぼしてもすぐ復活する。

 少女は一人で城を消し去らねばならず、不意打ちで深手も負ってしまう。


 なんて残酷な運命。

 かわいそうなナージャ。

 今までたくさんの役を演じたけど、こんな苦しみは初めて。


 悲劇は進む。

 ナージャは最後の力を振り絞り、魔王と打ち合いながら城を走り回る。

 情熱の炎で放火して周り、敵の剣を拾った二刀流で柱を崩す。


 自らの命を燃やし、崩していく。


 あぁ、ナージャ!


 私のあご先から一つの雫が落ちると、



 足元でジュッと音を立てた。



「えっ」


 小さく呟いたそのとき、










 舞台が燃えている。











 照明かと思った。

 でも違う。


 私の視界では確かに燃えていた。

 何よりの証拠に、


「あ」




 私の隣で、ナージャが刃を振るっている。




 名前を叫ぼうとして熱気を吸い込み、声にならない。

 彼女も気付かないくらい必死に戦っている。


 私の体は自然と、ナージャの姿を、動きを追い掛ける。

 二人の体がシンクロしていく。


 私がナージャになっていく。


 やがて






 ナージャは魔王を討った。

 城は燃え盛り崩れ、もう蘇ることもない。


 その真っ只中で彼女は、


「あぁ」


 あの日、最初の夢で見た。

 全てを果たし、呆然と佇む姿。


 もう彼女には、城から逃げ出す力は残っていない。

 血を情熱を炎を流しすぎた。


 私にも彼女を救う力は。


 私たちは仲良く並んで、崩れた柱を背に座り込む。



 ナージャ。

 私はあなたを演じ切った。

 あなたを最後まで演じ切ってしまったし、演じ切って魅せた。


 これでよかったのか分からない。

 ナージャ。



 答えを求めるように、彼女の方を見ると、



『レイナ』



 彼女も私の方を見て、微笑んでいた。

 思わず声を上げそうになった私に、彼女は人差し指を立てる。

 まだ舞台は終わっていない。


 誰にも聞こえない小声で、口も最小限の動きで応える。


「ナージャ、どうして」

『分からない。分からないけどレイナが見えた。久しぶりだね』

「本当に、本当に!」

『本当に会えなくなっちゃったもんね。ごめんね。でもその甲斐あってさ。カッコよかったよ、レイナの私』

「甲斐ってなに」


 彼女は天井を見上げる。


『湖のあの日、逃げなかったのはね。使命感でも情熱でもないの』


 息もえ。

 このままじゃやっぱり。


『洞窟でさ、お互い弱音を見せたでしょ。それが私に勇気をくれた。レイナが私を勇者にしてくれた』

「大袈裟だよ」

『だからレイナには、カッコいい勇者でいたかったの』


 そんな小さなこと、

 そして、私だけのために。


「ナージャ」

『なに?』

「だったら大成功だよ。ナージャ、本当にカッコよかった。最高の勇者だった」


 涙が溢れる。

 メイクが崩れちゃう。


「私、ナージャになりたいと思ってた。だからがんばれた。なれたかは分からないけど、今の私が舞台にいる」

『そっか』



「私がなりたいあなたでいてくれて、ありがとう」



 彼女は満足そうに笑う。

 今すぐにでも抱き締めたいけど、なんだか体が動かない。


 代わりに炎が燃え広がり、ナージャの周囲を包んで撫でる。

 あぁ、終わっていく。


『私も感謝してる』


 だから最後の心残りを吐き出すように、彼女は言葉を紡ぐ。


『一人で寂しい旅だったから、レイナが来るのを心の支えにしてた』

「私も。うれしい」

『一緒だね。だから、レイナが私のところに来てくれるよう願ってた。でもね』


 ナージャは私に肩を寄せる。



『次は私から会いに行くよ』

「私も、ナージャが会いにきたい私でいるね」



 そのまま私たちは、炎の中で微笑みあって、






 舞台は暗転し、エピローグがあって、



 ナージャの物語は幕を閉じた。





















 でもね?


 人がいて舞台がある限り、幕はまた上がるのよ?






 あれから10年経った今日も、新しい舞台が始まる。




 私はその上で今も、客席にナージャを待っている。






                 〜Fin〜

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舞台と私と炎とナージャ 辺理可付加 @chitose1129

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