第5話 運命

 放課後、廊下にて。


「楢崎さん!」


 気付けば私は楢崎さんに、

 この場合は突っ掛かったというのが正しいと思う。



「どうしてナージャが死ななきゃいけないの!?」



 彼女は人目を気にして、教室の隅の席に私を誘った。


「ナージャを愛してくれてるのはうれしい。でも、これは外せないの」

「どうして」

「オーディションで演じてくれたみたいに、ナージャは情熱の裏で孤独なの」


 楢崎さんは少し目を逸らす。

『ネタの解説をさせられるのは恥ずかしい』とか聞く。

 脚本を書く人も同じなんだろう。


「そのナージャが行方ゆくえをくらませて、あとのことも分からない。世界から消えてしまう」


 でも彼女は私をしっかり見つめ直す。

 それが信念と情熱なんだろう。


「でもそんなことはなくて。道々関わってきた人たちの中に、助けてきた人の中に。ナージャは消えずに残っている。それが一番大事なところなの」

「そんな」

「他のどこを変えても、ここは譲れない」


 だから私も納得して引き下がる、

 わけにはいかない。


「だからって、ナージャの命は!」

「落ち着いて。行方が分からないだけで、死んだと決まったわけじゃないから」


 話しても平行線だと思ったんだろう。

 楢崎さんはさっさと立ち去った。






 その晩のナージャは、小舟で湖を渡っていた。

 旅はすでに半分を終え、魔界は近く昼でも薄暗い。


「この分だと私が先に魔王を倒すかもね。そしたら公演観に行っちゃおうかな?」


 彼女は暢気のんきに笑う。

 結末も、私の気も知らずに。


「ねぇナージャ」

「なに?」


「やっぱりやめない?」


 だから私も思わず口をついた。


「何を?」


「しまった」と思った。

 でも真っ直ぐ見つめられて引けない。


「旅」

「どうして」


 引けないけど、言えるわけない!


「いいじゃん! もう逃げようよ! ここまでがんばったしさ!」

「ここまでがんばったのに?」

「やっぱり危ないよ!」


 いつしかみたいに、ヒートアップする私と、


「ねぇ」

「なに!」



「私、魔王を倒せないの?」



 冷静で悲しいナージャがいる。


「知ってるんだね?」


 目を逸らすと彼女は私の肩を強くつかんだ。

 ゆらりと小さく炎が漏れ出る。


「それは」

「教えて」

「魔王、は、倒せるよ。でも」

「でも?」


 私は答えられなかった。

 でもそれが答えみたいなもの。

 1分近い沈黙のあと、


「そう、か」


 彼女は私を放して



「魔王は討てるんだね。だったら構わない。私は行く」



 向こう岸を睨む。


「どうして!?」

「どうしてって」

「勇者だから!? 使命感とか情熱とか!?」

「それはね」


 振り返ったナージャは切ない表情を浮かべている。

 私が一生かかっても、演技では出せないような。


 彼女は何か答えようとして、


「ねぇ。どこかの国では『三途の川』って伝承があるらしい」


 話題を変えた。


「水を渡るとあの世とこの世。もう戻れない世界なんだ」


 ナージャは小舟の中で立ち上がる。

 揺れる船体をものともせず、堂々遠くを見据える。


「きっとこの湖もそう」

「えっ」


 それから、今にも泣きそうな瞳で私を見つめた。



「ここから先は付いてきてはいけないよ」






「ナージャ!」


 飛び起きた私は、舟ではなくベッドの上だった。


「うーん」


 反対側のベッドで旭ちゃんが寝返りを打つ。


 私も1分1秒でも二度寝をしようと試みたけど、

 どうにも心臓が主張して一睡もできず、






 その晩から、私はナージャの夢を見なくなった。






 それからの数ヶ月。

 私はちょっとバランスを失ったみたいで。


「槙島さん、ますます鬼気迫る感じだよね」

「まるでナージャの情熱が乗り移ったみたい」

「最初は『なんであの子が』って思ったけど、あそこまでやられると納得しかないわ」


 レッスンにますます、周囲の子を驚かせたり。

 一方で


「槙島さん、ちょっと悲壮すぎるわ。ナージャの孤独は分かるけど、まるで『死ぬと分かってる』みたい」

「先生。ナージャは生死不明です」

「そうだったわね。ごめんなさい楢崎さん」


「やっぱりみんな、そう見えてるんじゃん」


「槙島さん? 今何か」

「いえ、何も」


 のめり込みすぎにもなっていたみたい。



 でも、自覚はなかった。

 ひたすら


『私が演じる限り、ナージャは死なない』

『私がナージャになる』


 それだけを思っていた。


 冬休みも年末年始も記憶にない。

 私は全ての時間をナージャに捧げて、



 気付けば学外公演の日が来ていた。

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