人類はいつの時代も問題を抱えているのでした

白川津 中々

◾️

一週間前から担当しているクラスの中原さんはお父さんが芸人さん(「争いなさい私のために」というフレーズで一躍有名になりました)なのだけれど先日ちょっとシャレにならないお遊びをされてしまって非常にまずいわけであります。


『ブラウンタイガーの中原、真夜中のハンティング。密室での熱い三時間』


何度読んでも頭痛のする見出しです。嘘であってくれたらと思うのですが一向に現実。どうせならパンダの繁殖についてでも書いてくれたらいいのに、どうして芸能誌というのは人が不幸になる記事しか掲載しないのでしょう。悲しい限りです。しかし今この瞬間最も悲しいのは中原さんでしょう。お父さんが火遊びで大火傷しただなんて、クラスの子供達にとって恰好のイジメポイント。きっと朝イチでえらい事になっているに違いありません。担任という立場上、私はそれを解決しなければならない。しかし古来よりいじめというのはなくなった試しがなく黙認が横行しています。いい塩梅にお茶を濁せればいいのですが最悪は……この先は考えないようにしましょう。とにかく、私は担任である以上生徒達と向き合わなくてはいけないわけで、あぁ、と溜息を着いても解決せず、重い足取りで教室の前に到着。できるならば帰りたいのですがそういうわけにもいきません。引き戸の先にどんな惨状が待っていても、受け入れるしかない。さぁ、頑張りましょう。そんなわけで、はい、ガラガラガラガラ……


「痛ったーい!」


教室に入った瞬間飛び込んでくるダメージボイス。まさかいきなり暴力行為が……中原さん大丈夫ですかー!


「不倫したのはブラウンタイガーの中原だろ。カナリアちゃんが何かしたわけじゃない」


おや、何か様子がおかしいですね。


「そんな綺麗事を吐き出したところで不貞者の子は不貞者の子だ。そしてそれを擁護する貴様も暴力に及んだ。罪人が罪人を庇っているこの状況はどう見ても僕が正義。ユースティティアの秤は既に落ちているぞ」


……暴力行為はあったようですが、どうやら想定と少し違うようです。


「あ、先生。聞いてくれよ。山窪のやつがカナリアちゃんをいじめるんだよ」


「いじめているわけじゃない。中原カナリアの血を断罪しているんだ。先生。川端の奴こそ僕を殴った。中原カナリアとともに、然るべき処置をお願いいたします」


これは困った事になりました。どうやら変な方向に話が進んでいってしまっているようです。


「えっとね、ちょっとお話を整理したいんですけど、山窪君が中原さんの悪口を言って、川端くんが止めたって事かな」


「悪口なんてレベルじゃないですよ先生。これは立派な侮辱であり、名誉毀損です」


「罪人に名誉などあるものか」


「ほら、こんな事言う。完全にアウトでしょ同義的に。人権侵害ですよ」


「罪人に人権はない」


「だったら人間は全員原罪を背負ってんじゃねーか」


「俺は仏教徒だ」


「なら慈悲の心持てやこのやろー!」


「うるさい不貞者は畜生地獄へ堕ちるんだよ!」


「落ち着いて落ち着いて二人とも」


困っちゃいましたね、どうしましょう……


「先生」


「先生」


「先生」


「あ、軽沢さん、重井さん、中里さん、どうしましたか?」


「先生、二人がうるさいので早くなんとかしてください」


「私達、というかその二人以外クラス全員カナリアちゃんと普段通り接するので」


「今時親の問題でいちいち騒ぐなんて馬鹿丸出しですよ。昭和ドラマじゃあるまいし」


……どうにも冷めている印象を受けますが、古来より解決不可能といわれていたいじめ問題について、クラス内で自浄作用が働いてるのは善いことでしょう。なんと素晴らしき現代の情操教育。人類の発展は人の心を豊かに育みました。


「分かりました。なんとかしましょう……山窪君。ちょっといいですか」


「はい」


「貴方は罪人の子は罪人と言っていましたが、その思想はかつての独裁者と同じです。そして独裁者がどうなったのか、どう歴史に残ったのか、知っていますね」


「……はい」


「じゃあ、山窪君の言動は正義でしたか?」


「悪でした」


「その通りです。人にはそれぞれ個人的人権や自然権といった権利が存在していて、それを傷つけてはいけません。今回の山窪君の行為はガッツリやっちゃいけない事をしちゃってます。表現の自由は認められて然るべきですが、特定個人への誹謗中傷は時と場合と世情によりますし、なにより道徳的によくないのでやめましょうね」


「善処します」


「……ま、いいでしょう。次に川端君。中原さんを庇ったのは偉いですね。でもいきなり暴力はいけません」


「他人を思いやれない馬鹿はぶん殴らないと分かんないですよ先生」


「そうかもしれませんし、時には暴力もやむなしかもですが、その前に話し合う努力はしましまか」


「した」


「本当にしましたか。頭に血が上って、話し合う前に手が出ていませんでしたか」


「……なんかごちゃごちゃ言っててムカついたので、面倒だからぶん殴りました」


「正直に話してくれてありがとうございます。川端君の考え自体は正しいと思うけれど、いきなり相手を殴っちゃうと取り返しがつかなくなっちゃいます。今度同じような事があったらまずは被害に遭っている子と一緒に先生のところに来てください。そうすれば、無駄な血が流れなくてすみますから」


「善処します」


「……じゃあ、二人とも握手してこの一件は落着としましょう」


「……」


「……」



硬く結ばれる手と手。これで問題解決です。

あぁよかった。これで減給や出勤停止をくらわずにすみます……じゃなかった。平和なクラスになります。後は中原さんのケアをして……



「先生」


「あ、中原さん。ちょうどよかった。あのね……」


「先生、どうして二人を止めたの?」


「え?」


「私のために争っている二人、とっても素敵だったのに」


「……」



……今回の問題は解決できました。でも、どうやらこのクラスは、問題児だらけのようです。

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