見つめ、手を取る

 冷たい感触がジンライの左腕を這っていてその違和感で目を覚ました。


 焦点が合わずにボヤけた視界で一点を見つめていれば宝石のような瞳と目が合う。


「生きて、ました…」

「そうね。私が水を止めて心肺蘇生したから」

「ありがとう……ございます」


 ジンライは次第に意識を戻していき直前のことを思い出す。


 横たわっているこの場所は先ほどと同じ神殿内のオアシス。

 しかし広間を埋め尽くしていた水は無くなっており、真水の池は静かに凪いでいた。


「何から聞きたいのかしら?ジンライ」

「な、名前…」

「貴方が最初に名乗ったのでしょう?砂漠の王国第一王子のジンライって」

「そういえばそうでしたね。では俺が知りたいのは君とこの神殿のことです」


 ゆっくり身体を起こしたジンライは隣に座る砂漠の巫女と向き合う。

 身体を浮かせてない巫女と目を合わせれば彼女は嬉しそうに口角を上げた。


「この神殿はある厄災を鎮めるために建てられたものよ。そしてここは生贄を捧げる部屋。そこから察せられるのは?」

「君は生贄ということですね」

「その通り。私に名前が無いのは生贄にされる前に取られてしまったから。例えその名前を覚えていたとしても口にしてはならない」

「そうだったのですね。しかし不思議です。君は生贄なのに生きている」

「ふふっ、そうね。私も不思議に思っているわ。ここに閉じ込められたあの日からだいぶ経っているはずなのに私の中では昨日のように思える。ねぇ今は何年?」


 ジンライは巫女に王国が出来てからの年数を教える。

 一瞬信じられないという表情になるが辺りを見渡した後、納得したように頷いた。


「神殿の状況からすればそれくらいは経っていてもおかしくないわね。この神殿が建てられたのも私が生贄になったのも700年前の話よ」

「700年…!?」


 今度はジンライが同じ表情をする番だった。


 そして考察のため懐にある手帳に手を伸ばすが水が染み込んで使えないことに気付く。

 それに肩を落としながら顎に手を当てると大きな独り言を喋り出した。


「700年前の神殿なら当然資料は残っているはず。なのにこの場所は地図から消されてしまっています。砂塵で闇雲に走ったとはいえコンパスの方角からして南の果て。現在の地図に描かれた南の果ては小さな街で終わっている。なぜ…」


 ジンライが考察をしていると巫女は人差し指をツンツンと彼の左腕に当てる。

 そこは蛇の刺青のようなものが描かれている場所だ。


「それに人の時を止めるなんて技術は存在しない。加えて神殿の中にオアシスが存在している仕組みって…」


 次に巫女はスリスリと撫で始めた。


「何をしているんですか?」

「綺麗な模様ね。私は蛇の眼という忌々しい蛇繋がりがあるけれど、ここに描かれている蛇は好きよ」

「それはどうも……ってまた地震ですか。700年後の王国領は地震が起きやすいのです」

「へぇ…」


 ジンライがそう教えると巫女は手を戻して何やら考え込む。

 所々の仕草がとても丁寧でジンライは石板の解読内容を思い出した。


「そういえば君は砂の王の血を引いているのですか?」

「砂の王?私は王家の人間では無いわ。強いて言うなら蛇人間かしら」

「先ほどから妙に蛇を強調しますね」

「だって私はこの眼のせいで生贄に選ばれたのよ?それに誰かを見るとすぐに石化させてしまうから、この祭壇に来るまでは目隠しを強制されていたし」

「石化の力があるとはいえ君のその眼を拝められない人達は残念でなりませんね。こんなにも綺麗な眼は他にないはずなのに」

「あら、現在の第一王子は口が上手いのね」


 巫女は小さく笑いながら立ち上がる。ジンライも釣られたように腰を上げた。


 そして巫女は砂が混じる水の中の時と同じようにジンライの頬に手を添える。


「砂塵は止んだ。今の私の導かれし運命は貴方に着いていくこと。どう思う?」

「君からそう言ってくれて良かった。どっちみち誘おうとは思っていたんです」

「そうだったの?」

「だってこんな神殿に独りぼっちでは寂しいじゃないですか。俺も導かれし運命に従いましょう」

「ええ、ありがとう」


 ジンライは手を差し出し巫女はその手を力無く取る。2人はオアシスに背を向けると、石板が飾られていた通路を通って神殿を後にした。


ーーーーーー


 外に出ると巫女のお告げ通り砂塵は止んで澄んだ砂漠の世界が広がっていた。

 神殿の影に避難させていたラクダは静かに遠くを見ている。


「そうだ。王国に戻る前にこれを」


 何かを思いついたジンライは自身が着ていた服の一部をビリビリ破ると巫女へ預けた。


「この部分なら汚れは少ないはずです。ちゃんとした目隠しは王国に戻ってからご用意します」

「気が利くのね」


 巫女は布を手にしながら700年後の砂漠を眺める。青く黒い線の入った瞳は永遠に続くと錯覚してしまう砂漠を鮮明に映していた。


 そして確かめるように深呼吸した後、布を目に巻き付ける。


「私が生きた時と何も変わってないわ」


 ポツリと呟いた巫女はジンライを探すように手を伸ばした。

 ジンライは伸ばされた手をそっと握ると隠されてしまった巫女の目を見つめる。


「ねぇジンライ」

「はい」

「貴方は私をここに閉じ込めた奴らとは違う。そう思っているわ」

「俺は蛇の眼を理由に生贄を選びませんよ」

「ええ。何となくそういう人間だって感じている。だから導かれし運命を信じて私は貴方の力になることを約束するわ。でもその代わり」

「何でしょうか」

「この時代で私が幸せになれる手伝いをして。今度こそ私は生きたいの」


 巫女の願いは大まかで形の見えないものだった。しかしジンライはそれに応えるように握る手に力を込める。


 目の前にいる彼女は700年前の人間。それだけでよっぽど価値がある存在だ。

 考察が好きで、ありとあらゆる謎を解きたいと思っているジンライにとって面白い人材だろう。


「良いでしょう。俺が君を幸せにしてみせます」

「なんかプロポーズみたいね。一応言っておくけどそういう意味の願いではないわ」

「勿論。出会って半日も経っていない人にプロポーズするほど軽い人間ではありませんよ。ただ本当にどうしようもなくなったらその手段を取るまでです」

「ふふっ。改めて気に入ったわ。それじゃあこれからよろしくお願いするわね。ジンライ」

「こちらこそ砂漠の巫女」


 ジンライは巫女の手を引いてラクダの上に乗せる。


 しばらく砂塵が舞うことはないはずだ。

 ラクダを走らせる前に2人は自然と神殿に顔を向ける。


 片方は見えないのに神殿の意味を知っていて、もう片方は何も知らないのに神殿をその目に焼きつけた。



 ………2人が王国に辿り着いた数分後。神殿を隠すように砂漠にはまた砂塵が吹き荒れた。



ーーーーーー



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砂漠の王子を生贄の巫女は見つめる 雪村 @1106yukimura

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