第5話 赤く染まる頬
「おら!」
彼女の闘気をまとった右拳によって等身大の操り人形は五メートルほど空中を飛んで林の中にある一本の木に激突。
多少の木片こそ散ったが、人形はそのまま地面に落ちた。
人間ではありえないポーズとなっているが、ぴくりとも動かず、それに宿っていた心が完全に消えたようだ。
「終わったぜ、先生」
「ああ、ご苦労様」
彼女の報告に答える私。
今回は人形師の屋敷にある操り人形が夜な夜な敷地内をさまよっているということで、その解決のためにやってきた。
実害があったわけではないが、主が天国にいって誰もいなくなった屋敷のそばで人形が動いているだけでも近隣の住民からすれば恐怖でしかない。
まあ、動いていた理由は大切に扱われてきたことで人形に心が宿り、一種、精霊のようなものになったからだが、それもいま彼女が消し飛ばしたため、二度と自力で動くことはない。
「あれ、先生。よく見るとこいつ、昼間に下見したのと違うやつだぜ」
「なに?」
「あのときに見たやつ、瞳の色は赤だったけど、こいつはオレンジ色だ」
「……」
事前情報からメイド服を着た人形と知っていたため、昼の時点で対処できないかと彼女と一緒に屋敷に入って飾ってあるのを見ていた。
ただ、魔力を含んでいる物で動いているわけではなかったから、その状態ではただの操り人形。
容赦なく封印すれば済むことではあるが、例えればそれはスーパーでの買い物をするためにベンツを購入するようなもの。
過剰で高コストな対処になる。
そのため、あえて放置し、何が原因で動いているのかを見極めてから適切な処置をした方が良いと判断して、じっと深夜まで待っていたのだが。
「もしかすると、もう一体──」
話の途中で背中を押される感覚と同時に、私の身体から何かが突き出た。
月光に照らされて見えるこれは、人形の右手?
「くはっ……」
それが引き戻されると私は吐血し、両膝を落とした。
私は、刺されたんだ。
おそらく気づかないところにもう一体人形があったのだろう。
屋敷にあった人形が倒されたことで、もう一体の人形が
そしてこの状態。
傷口が
なるほど、
小説で書いたこともある描写だが、まさか体験することになるとは。
「先生……、先生! てめえ!」
顔を上げられないが気配で分かる。
彼女は瞬間移動のような速さで、私を刺した人形を攻撃したんだ。
何本もの木にぶつかる音の様子から威力の強烈さが伝わってくる。
おそらく原型をとどめてはいまい。
「先生!」
膝をついていた体勢も維持できず倒れる私を彼女は抱きとめた。
「先生、しっかりしろよ。先生!」
「……」
全身に力が入らず声も出ない。
流れ続ける血とともに生気も失われていってるようだ。
ぞくぞくと寒気がして、身体がびくっと反応する。
「先生、寒いのか? ほらマフラー」
彼女は巻いていたマフラーを私に巻いてくれた。
おかげで温かくなった気がする。
「先生、このまえのおみくじで大吉だったもんな、大丈夫だよな?」
ああ、そうだった。
でもその幸運は、君と一緒にいることに使っていたのかもしれない。
「一泊してうまい鍋料理、食ったもんな……。また行こうぜ」
新婚旅行みたいと言われたときは驚いたよ。
真似事でも、できて良かった。
「一緒に星も見たじゃねえか。まだまだ知らねえことがたくさんあるんだ……。教えてくれよ……」
そうだね。
でも、私だって知らないことはたくさんあるから、君のために勉強、しておかないとね。
「先生……、頼むよ……、いかないでくれ……」
……。
……。
すまない、君を泣かせてしまったね。
それが一番、悔やまれるところだ。
すまない……。
神よ、私のわがままを聞いてくれないか。
私は彼女と生きたい。
彼女を支えたい。
笑顔にしたい。
だからもう少し、生かせてくれないか。
お願いだ。
武神よ、ありがとう。
「お、先生。目が覚めたな」
部屋に入って私を見ると、彼女は笑みを浮かべながら声をかけた。
「ああ。ぐっすり眠らせてもらったよ」
ベッドに座りながら私は彼女に笑みをかえした。
──二ヶ月後。
私は自宅にある自分の部屋で療養していた。
あの時、瀕死の状態だったが、私のコートにあった
私のクセがある閃光術を見た
なんとも出来過ぎた展開だが、事実、私は助けられた。
もっとも、精神世界の中で何度か死神が訪れ、私の命を狩り取ろうとしたが、武神がそれらを払いのけてくれたりもしたので、人間だけでなく神の力も借りて生きながらえることができたのだが。
「先生、何か飲むか?」
「ああ、コーヒーをもらおうかな」
「オッケー」
そう答えると、彼女は壁際にある小さなテーブルに向かって、インスタントコーヒーを作り始めた。
この部屋は十畳の広さがある寝室兼書斎で、台所まで行かなくてもコーヒーが飲めるように電気ポッドなどが置いてある。
彼女は私が診療所から自宅療養に切り替わってからも毎日、学校から直接やってきて、身の回りの世話をしてくれた。
「ほらよ、先生」
「ありがとう」
コーヒーの注がれたマグカップを受け取ろうした時、私の手が彼女に触れた。
「あ……」
すっと手を戻し胸元におく彼女。
驚いたのかな。
「ああ、すまない」
私が謝ると、彼女は両手を後ろに回して呟いた。
「いいよ、別に。先生ならどこ触られたって……」
頬を赤く染めながら恥じらう彼女。
その可愛らしさに、私まで頬を赤くした。
あの一件から、彼女はとにかく私を意識するようになった。
相思相愛であることが確認できたのだ。
勇ましく優しい彼女。
いつまでもそばにいてほしい。
それが堂々とできるように、彼女が高校を卒業するのが待ち遠しい。
武神の巫女 一陽吉 @ninomae_youkich
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