第4話 星空を見上げて
「出てこねえな」
待つのに疲れたといった感じで彼女は呟いた。
深夜、郊外にある公園で、私は彼女と魔物が現れるのを待っていた。
ここから車で十分もいけば遊園地や美術館などもある、娯楽の場に近い所ではあるが、いまは移動する車もなくひっそりとしている。
ただ、雲一つない夜空は輝く星々でいっぱいだった。
「そこのベンチで少し休もうか」
「そうだな、先生」
私に促されて、彼女は隣りに座った。
「星がきれいだね」
「本当。すっげえな、先生」
じつはこの公園、いまでこそ魔物の出現で人はいないが、隠れたデートスポットでもある。
日中は山間を見下ろして季節に関わらず風景を楽しむことができるし、夜は
依頼を受けたときは知らなかったが、その後の下調べと現地に来て、なるほどと納得した。
「
「聞いたことはあったけど、あれがそうか」
私が指差すと、彼女は感心したように答えた。
「オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウスで構成されている三角形。三つの星座がつながっているのがおもしろいね」
「たしかにな。そうだ、先生。オリオンてギリシャ神話に出てくるやつだろ? こん棒を持って強そうなやつ」
「そのとおり。狩りが得意で、結婚のために凶暴なライオンとも戦ったらしいね」
「へえ、そうなんだ」
さすが武神の巫女。
こういう話は好きなようだ。
「ただ一方で恋多き人物でもあったようで、いろんな女性に手を出し、場合によっては力づくということもあったようだ」
「力づく? とんでもねえやつだな」
「そうだね。でも最後は狩猟の女神であるアルテミスに矢で射抜かれたという話だ」
「お仕置きされたってわけか」
「いや、オリオンとアルテミスは恋仲になって、結婚は時間の問題という状態だったらしい。ところが、アルテミスの兄アポロンが反対したんだ」
「反対? どうしてだ?」
「アルテミスは処女神でなければならないという考えがあったかららしい。ましてや恋多きオリオンとの結婚となれば、そのままではいられないだろうからね。だからアポロンは計略でオリオンを海へと追いやり、人だと分からないほど沖にいったところでアルテミスを呼んで弓を引かせたんだ。あれを射抜けるほどの腕があるかと挑発してね」
「つまり、それが当たって死んじまったってわけか? それはそれはできっついな」
「射抜いたのが愛するオリオンと知ってアルテミスは悲しみ、大神ゼウスにオリオンを星空へあげてくださいと申し入れ、聞き入れられたことで彼は星座になった。そして、月の女神でもあるアルテミスは夜空でオリオンに会うことができるようになったということみたいだね。まあ、諸説あるらしいが」
「なるほどな。さすが、先生。小説家だけあってよく知ってるな」
「いや、このくらいはネットなんかで簡単に調べられるよ」
「でもさ、画面も見ないですらすら言えるのって、やっぱすげえと思うぜ」
「はは、ありがとう」
褒められればやはり嬉しい。
「結婚か。そういやあ俺、武神の巫女だって言っても別に縛りがあるわけじゃねえから、恋愛は自由なんだよな」
「あ、ああ。そうだね」
「俺、先生みたいな人と結婚したいな」
「え?」
顔を寄せて話す彼女。
唇と唇の距離が近い。
このままでは。
……。
……。
──ザワ。
「お、ようやく出やがったな」
立ち上がり、右拳で左手を打つ彼女。
その視線の先には、人影が立体化したような魔物、
依頼内容と合致してるから、あれが目標で間違いない。
「そんじゃ、ぶっ倒してやるぜ!」
そう言うと、彼女は振り向きもせずに跳びだした。
……。
もし、魔物が現れなければ、お互い接触していたかもしれない。
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