第6話 ふ、ふつくしい……
「マヤ、おまえの母はこの場所で天に
南の草原、小さな石ころの墓標で私はマヤに教えた。
かつて四天王と勇者が戦ったその場所に私は戻ってきた。
母親の墓標を見つめるマヤは、今は静かにしている。
「勇者が憎いか?」
「ううん、ちっとも」
即答。迷うそぶりはどこにもない。
これは予想外の回答だった。
幼いこどもに
「だって、お母さんって悪いひとだったんでしょ?」
「知っていたのか?」
「そりゃ知ってたよ。私は人間なのに、お母さんは悪魔だし、口を開けば大魔王さまー大魔王さまーってさあ……お母さんがみんなに迷惑をかけていたのは、なんとなくわかってた」
迷惑、迷惑か。
迷惑どころか、人間の町をいくつも滅ぼした侵略者なのだがな。
マヤの認識は少し甘い……いや、わかっていて、言葉をにごしているのかもしれない。
マヤは墓標から視線をそらさず、フッといきをつく。
幼いこどもに似合わない
「どうしてなのかなあ。ナナシのおじさんがやってきたときに、お母さんが死んだことはなんとなくわかってた。だけど、こうしてお母さんのお墓を見ても、今はちっとも悲しくないの」
「マヤ」
「勇者さまをうらんだりなんかしないよ。お母さんは悪い魔族だったんだから、勇者さまに倒されてあたりまえなんだよ。しかたないんだよ」
「マヤ、それは――」
「わらべよ。それは違うぞ」
淡々とつぶやくマヤに、森の主が
おもわぬ相手から声をかけられて、マヤはきょとんと目を丸める。
「おぬしの母は、たしかに多くの人間を殺し、世界に恐怖をふりまいた。それは大魔王にしたがっていたからだと言い訳できない、魔族四天王としての母の罪じゃ」
「四天王……うん、それは知ってたよ」
「じゃがな、そんなことは関係なく、おぬしの母はおぬしの母じゃ。血がつながっていない育ての親だとしても、わらわはそこに愛情がなかったとは思わぬ」
「…………」
「わからなくともよい。じゃが母を無理に嫌う必要はない。自分の心を縛ることをするな。おぬしは優しい娘じゃ、いつもみたいに正直に感情をはきだせばよい」
「ありがとう、たぬきさん……」
マヤは涙を流した。
育ての親がいなくなって、本心で寂しくないはずはない。
達観したようなふるまいは、心を押し殺してしただけなのだろう。
森の主の言葉が心を開放する引き金になったか。
今だけは、森の主に感謝しよう。
しかしこのとき――沈んだ場に似つかわしくない不届き者があらわれる。
「お母さん、どうして死んじゃったの……」
「ハーッハッハッハッハ!!!! 小娘、それはおまえの母が、弱くおろかなサキュバスだからさ!!!!」
マヤの悲しみと涙をあざわらう外道の声が聞こえる。
障害物のない草原でどこから……いや、真正面からだ。
忍び足でいつのまにか近寄っていた、のではない。
魔法ですがたを隠して、
私は外道への苛立ちを押し殺して、マヤの前に立つ。
「なるほど、幻影魔法ですがたを隠しているのか」
「ほほう? うつくしくない者にしては鼻が利くようだな。
「外道、顔を見せろ。殺してやる」
それがマヤをあざわらったおまえの末路だ。
私が率直に伝えると、すがたなき者は笑いをひっこめた。
「殺す? 下賤な者が俺を? 幻影をあやつる、四天王の俺を殺すと言ったのか?」
「耳が悪いなら、もう一度言ってやろう。顔を見せろ。殺してやる」
「っ~~、一度ならず二度までも! よくも言ったな、ジジイ!」
ふっ、長寿の悪魔に年齢や呼び方などささいな問題だろう。
見栄えばかり気にしているから、プライドばかりが
「他人を侮辱するわりには、自分への侮辱に慣れていないようだな」
「黙れジジイ! このユート様をコケにして、生きて帰れると思うなよ!」
真正面の方向、開けた草原のなにもない場所の景色がゆがむ。
どうやら幻影魔法を解いたらしい。
あらわれたのは褐色肌と長耳の男……弓を構えたダークエルフだ。
臨戦態勢だな、出会いがしらにあいさつを交わす礼儀もないと見える。
「死ねジジイ!!!!」
真正面から矢が放たれる。
矢を射るのに姿を見せてよかったのか?
私はおかしい気分で、矢を避けようとして……気づく。
矢が風を切る音が、別方向から聞こえるのだ!
「むっ、これは!!!!」
私はとっさに動く!
死角、左後方から“マヤに”向かっていた矢を、手刀で叩き落す。
危ないところだった……
そのときダークエルフが、怒りの演技をやめてにんまりと笑う。
「ほう、よく気づいたな。下賤な者にしては機転がきくようだ」
「それも幻影か。幻影魔法で本体のすがたを隠したまま、こどもを矢で射るとは、貴様には武人としての誇りがないと見える」
「ははは! 武人の誇り? そんなものは犬にでも食わせればよい! うつくしく、完璧な勝利をおさめてこその魔族四天王よ! 俺はそこの墓標で眠っている女とは違う。勝てばよかろうなのだ!!!!」
「外道、すがたをみせるつもりはないのだな?」
「くどいわジジイ! おびえ、すくみ、どこから来るともわからぬ矢に射抜かれて、死ねい!」
ふんっ、外道に加えて臆病者とは、とんだ四天王がいたものだ。
ダークエルフの四天王か、聞いたことがある。確か、名前は……
「四天王、【幻影のユート】だね!」
「知っているのか、マヤ?」
「お母さんがいつも言っていたんだよ。『あのクソキザナルシだけはいつか殺す』ってね!」
「ああ、その
戦いの場に似つかわしくないと知りつつ、私は笑ってしまった。
うつくしい、うつくしいと自らを称える恥知らずだと評判の四天王。
それが今、私たちを狙うダークエルフの正体だ。
「しかし解せぬな。なぜ四天王が私たちを狙う?」
「たわけめ! 貴様、自分がなにをしてきたのか、わかっていないのか?」
「なに?」
「北方の村を襲った魔王軍を全滅させ……」
「あ、マヤを村に迎えに来てくれたときの話だね」
「交易路を
「あ、行商のご家族と山村での話だね」
「大魔王さまに従い魔の森を焼いた悪人の軍団をなぎはらい――」
「……うーん、でもそれは魔族と関係なくないかなあ?」
「あげくのはてにゴーレムの生産都市を襲わせたエルダードラゴンを撃退した!!!!」
「あ、メタルゴーレムの話だね。ついこのまえだよね、なつかし~」
「大魔王さまに歯向かう裏切りの数々! 忘れたとは言わさぬぞ! 世間は勇者のしわざだと思っているようだが、この俺の目はごまかせん!」
うーむ、身から出たさびというわけか。
どうやら裏切り者の魔族として、私はとっくにおたずねものだったらしい。
「なるほど、だから四天王がやってきたということか?」
「その通りよ! うつくしく、強い! この俺が! 裏切り者を始末する役目を、大魔王さまから直々にあずかったのだ! 光栄に思い、死ねい!!!!」
矢が放たれる!
私は矢が風を切る音を聞く……
1本なら叩き落せば終わりだが、音は2つ!
2本同時撃ちとは、くさっても四天王ということか。
私は“マヤを狙った”一の矢を叩き落とし、二の矢を掴んだ。
そして問う。
「こどもばかり狙っていないで、私を狙ったらどうだ?」
「バカめ、正々堂々なんて時代遅れなことを――」
そこか!!!!
声は“音”だ。
ならば、その出所にやつはいるはず。
私は掴んだ矢をくるりと反転させて、声の出所に投げつけた。
結果は……すぐにわかる。
「ほぎゃっ!?」
クリーンヒットだ。
ダメージで幻影が解けて、ダークエルフの男がすがたをあらわす。
「し、しまった――」
逃がさん。二度も三度も幻影を見せられるつもりはない。
私は一息にふみこみ、男の顔面を殴りつける。
「げぼっ!? 顔は、顔はやめてくれ!」
「知るか。死ぬがよい」
顔面を殴打、殴打、殴打、殴打……
男が動かなくなるまで殴ったところで……
「終わりだ。
私はボロ雑巾のようになった男の顔を掴んで、草原の地に投げ捨てた。
四天王、
サキュバスをふくめると、これでふたりめの四天王が倒れたことになる。
魔王軍は総崩れ……とまではいかずとも、危機的な戦力不足だろうな。
いや、ひょっとしたら大魔王は無能を斬り捨てるつもりで、ダークエルフを私に差し向けたのか? 真意はわからないが、そんな気がする。
「さすがナナシのおじさんだね! でもちょっと怒ってた?」
「そう見えたか」
「うん、どうして?」
「この男はマヤを狙うばかりで、私を狙わなかった。最初から私と戦うことを避けていたのだろう。そんな小物が、負けたとはいえ勇者と戦った者を侮辱することが許せなかった。それだけだ」
「そっか、ナナシのおじさん……ありがとう。お母さんのために怒ってくれて」
「ぐふっ、ぐえっ、ふ、ふははははは、甘ったれたことを言う、やつらだ」
ダークエルフの男が、負け惜しみを言う。
まだ死んでいなかったか。しぶとい。
「外道、あの世へ行け、今度こそ引導を渡してやる」
「放っておいても、俺は死ぬ。だが、大魔王さまがおまえを許すことはない! 裏切り者に安息のときはないと、知れ!!! がはっ……」
男は血を吐いて、それきり動かなくなった。
ふむ、大魔王の刺客が私を狙いつづけると、そういう話のようだな。
私一人なら問題ないが、多勢に無勢ではマヤを守ることが難しいかもしれない。
「どうするの? ナナシのおじさん?」
「そうだな。こうなった以上、おおもとを叩くほかにあるまい」
「え、おおもとって?」
「刺客を差し向けてくる元凶だ」
裏切り者は裏切り者らしく、義理立てせずにやらせてもらおう。
不思議そうにしているマヤに、私は次の目的地を伝える。
「さあゆくぞ、大魔王を私が倒す」
悪のモブ戦士さん、大魔王に見捨てられた四天王を助けたらなぜか正義側に勧誘されてしまう @futami-i
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