第5話 んー? (自爆スイッチと)間違ったかなあ?

「すごーい! 石でできた大きな人形がたくさんいるよ!」


 街にたどり着いたとき、マヤがうれしそうな声をあげた。

 マヤの首に巻き付くデブたぬきは、ぐーすか眠っている。


 人間とドワーフが暮らす街。

 それは鍛冶職人が暮らす魔道具技師の街だ。

 魔道具の生産地として有名なこの町では、いたるところでゴーレムが歩いている。


「ゴーレムはめずらしいか?」


「うん! すごく大きくて、かっこいいね! とっても強そうだよ~」


 マヤが感動するのも無理はない。

 ゴーレムはとにかく巨大だ。


 私が以前に戦ったオーガよりも大きな岩人形が、街中をドスンドスンと歩くすがたは、この上なく頼もしく見える。

 ゴーレムが治安を守っている白昼堂々で悪事を働けるものはいないだろう。


「ゴーレムが守ってくれるなら、魔族が攻めてきてもへっちゃらだね!」


「そうだな、並みの魔族では返り討ちにあうだろう」


 そのとき、私たちの会話に聞き耳立てた通りすがりの男が、せせら笑った。

 不愉快な男だ……無視してもよいが、意味ありげな笑いの真意を聞こう。


「なんだ。なにがおかしい?」


「あんたらよそ者だな? ゴーレムが魔族に勝つなんて、夢みたいなことを言うもんだから、おもしろくて笑っちまったよ」


「ぶーぶー、ゴーレムは強いんでしょ? 魔族にだって勝てるはずだよ!」


 ゴーレムへのあこがれを台無しにされたマヤが文句を言う。

 すると通りすがりの男は笑いを引っ込めて、悲しげな表情を浮かべる。


「……本当に何も知らねえんだな。ゴーレムはただの石だ。下級魔族の魔法でぶっ壊れるし、人間同士の戦争でも、ほとんど役に立たなかった」


「ほう? というと?」


「昔、大国の戦争に投入されたゴーレムは、投石器でいとも簡単に壊された。攻城戦では、動きがにぶすぎて、目標に近づく前にスクラップさ!」


「そ、そんなあ……ゴーレムって、そんなに弱かったの?」


 あこがれを打ちのめされて、マヤががっくりと肩を落とす。


 平和な街の警備を任せるならともかく、軍事を目的にするならば、ゴーレムは生産コストに戦果が釣り合わないらしい。

 戦争は個々が強ければ勝てるという話ではない。それもまた道理だ。


 しかし、マヤが悲しく落ち込むすがたは見るにたえない……

 私が対応に困っていると、見知らぬ青年が横合いから助け舟を出してくれる。


「弱くはないさ。ゴーレムは強い。ただ、集団での戦いに不向きなんだ」


「んん? お兄ちゃん、だれ?」


「俺は魔道具技師。死んだじーさんのあとをついで、ゴーレムをつくっている」


「けっ、役立たずのゴーレムをつくる、役立たずの技師さまか……」


 男は、いやみな捨て台詞を残して去っていった。

 魔道具技師の青年は何も答えず、口を結んでいる。


「お兄ちゃん! ゴーレムがバカにされたのに、どうして言い返さないの? マヤがお兄ちゃんだったら絶対に怒るよ!」


「怒ってくれてありがとう。だけどいいんだ。ゴーレムがみんなを守れなかったのは事実だからね。ゴーレム技師として、その汚名はあまんじてうけいれるよ」


「言いたいことはわかるけど~、わかりたくないよ~!」


「死んだじいさんが言っていた。技師なら言葉よりも自分の腕前で語るべきだってね。俺もそう思う。だから、俺は最高のゴーレムをつくって、今みたいなやつを見返してやるんだ」


 いかにも好青年といったふるまいの魔道具技師だな。

 彼は、私とマヤがこの街に来たばかりの旅人だと知ると、こんな提案をしてくれる。


「ナナシさんとマヤちゃんか。よかったらふたりとも、うちのゴーレム工房に来ないか?」


「よいのか?」


「ああ、こんな場所で出会ったのもなにかのえんだ。宿を貸す……といっても快適じゃないけど。ゴーレムに興味があるなら、ぜひ見ていってくれよ」


「えー、ゴーレムが見られるの!? 見たいみたい見たいみたい~!」


 マヤがおおよろこびでくいつく。


 渡りに船のありがたい提案だが……

 なぜ? 見知らぬ旅人にそこまで親切にしてくれるのか?


「じーさんの遺言でね。旅人には優しくしろ。そしたら、機嫌をよくした旅人が、ゴーレムとゴーレム技師の評判をよくしてくれるから、ってさ」


「ふふっ、なるほど。ご老人は人の縁をしたたかに考えるのだな。学びになる」


「俺もそう思うよ。わが祖父ながら、つくづく、抜け目のないじーさんだった……」


 青年が故人こじんをなつかしんで苦く笑う。

 根が善良そうな青年だ。ここで疑うのはいっそ失礼だろう。


「ねえねえ、いちばんかっこいいゴーレムを見せてね♪」


 マヤもこんなに喜んでいる。

 私は青年の提案を受け入れ、宿を借りることにした。


「ありがとう、世話になる」


 ……………………………………………………

 ………………………………

 ……………………

 …………


 私とマヤはゴーレム工房をおとずれて、まずその巨大に度肝を抜かれた。


 工房それ自体の大きさもさることながら、中央に立つゴーレムの巨大さがすさまじい。


 高さ5メートルはあるだろうか?

 人間どころかオーガやドラゴンさえひねりつぶせそうな巨大は見る者を圧倒する。


 加えて、このゴーレムは“材質”が特殊だった。

 石の巨人ではなく、黒い“金属”の巨神だ


「金属……まさかこのゴーレムは鋼鉄でできているのか?」


「す、すごく堅そう……」


 私とマヤは驚き、とにかくゴーレムのスケールに圧倒された。

 青年はそんな素人の反応を見守って、うれしそうに教えてくれる。


「ああ、そうだ。こいつはメタルゴーレム」


「メタルゴーレム? 聞いたことがないな。しかし、なぜ鋼鉄で作った?」


「単純に石だと強度が足りないからさ。大きいとそれだけで自重で崩壊したりもする。だから鋼鉄でつくるのが頑丈で素早くて……強い!!!! と、じーさんが言ってた」


「なーんだ、やっぱりゴーレムは強いんだね? マヤの目に狂いはなかったよ」


 マヤはメタルゴーレムに大満足しておおよろこびする。

 青年もうれしそうに、マヤにうなずきをかえす。


「ああ、強いよ。メタルゴーレムの素材は製造段階で精霊の祝福を受けているから、理論上では高位の魔竜ドラゴンだって倒せるはずだ」


 魔竜をほふるか!!!! なんという規格外の巨人だ!!!!


 私は感動してメタルゴーレムを見上げる。

 感動するのだが……青年の表情はどこか浮かない。


 やはり理論上は、というまくら言葉の通りか。

 こんな最強を形にしたような巨人が起動すれば、どう考えてもうわさになる。

 コレが戦場に立つことがあれば、魔王軍はひとたまりもないだろう。


 そんなうわさ話は聞いたことがない。

 となると、やはり技術的な問題があるのか?


「やはり、動かぬのか?」


「……ああ、魔力炉エンジンの出力が足りないんだ。3メートル規格のゴーレムを動かす魔力炉をダブルでのせても、まだ足りない。どうすればいいのか……」


「ご老人は、なんと?」


「じーさんは『問題ない』の一点張りだ。『いつかおまえが命を懸けるとき、こいつは味方になってくれる』とか、カッコつけたことを言って……昨年、ぽっくり逝っちまったよ」


「そうか……」


「このメタルゴーレムはじーさんの最後の作品で、じーさんの夢なんだ。大魔王からみんなを守る最強のゴーレムなんだ。だけど今、どうすればいいのか俺にはわからない……」


 老人の夢か。

 このゴーレムが老人の最後の作品であるならば、そこに魂を吹き込むのは託された若者の役目だろう。しかし、それは私が語るべき内容ではない。


 青年が自分で気づき、成し遂げなければならない……老人からの宿題だ。

 と、私たちが語らっている間に、マヤはいつのまにかメタルゴーレムに近づき、はしごを登って、胸元のあたりを観察していた。


「すごーい! このゴーレム、人間が乗る場所があるよ!?」


「ははは……確かにメタルゴーレムは人間にも操縦できるけどね。基本的にゴーレムは自立して動くものなんだよ」


「へえ、そうなの?」


「うん。だから、胸元のスペースは簡易シェルターみたいなもので、戦いから逃げ遅れた人たちをかくまうための場所なんだよ」


「人命を重んじるか。偉大なご老人だな」


「ああ、それがじーさんの設計思想ロマンだ。自慢の祖父だよ」


 青年が笑う――街に激震が走ったのは次の瞬間だった。


 轟音ごうおん!!!!

 大地震もかくやという揺れが街全体をおそう。


 むぅ、とても立っていられない……

 高所にいたマヤが危うく転落しそうになったくらいだ。


「どどどどど、どうしたの!? 今のなに!?」


 その答えは工房を出たとき、道行くひとびとが教えてくれる。

 彼らはみな、恐怖で顔をひきつらせて、逃げまどっている。


「魔竜だ!!!! 魔王軍のドラゴンが襲ってきた!!!!」


「ゴーレムが一撃で灰にされた……か、勝てるはずがねえ、この街はおしまいだ!」


「魔竜? 飛竜ワイバーンか?」


「バカタレ!!! 魔竜は魔竜だ! 最強のエルダードラゴンだ!!!!」


「エルダードラゴンだと!?」


 最上位クラスのドラゴンだ。

 魔王軍の中でも四天王に匹敵する……いや、それさえ超える脅威きょういだろう。


「むぅ……」


 たとえ勇者であっても勝てるかどうか。

 もはや、この街は終わりだ。

 私はこの窮地を脱するすべを考える。逃げて、生き延びるためだ。


 しかし、マヤはまったく違うことを考えているらしい。

 彼女は猫のような身のこなしでメタルゴーレムの胸元にすべりこむ。


「平気だよ」


「マヤ?」


「ナナシのおじさんがいるもん。マヤ、ちっとも怖くないよ。それに――」


 マヤはニコリと、太陽のような明るさで笑う。


「きっとゴーレムが、みんなを守ってくれるよ。そうでしょう?」


「……青年よ、しばらく、この子を頼む」


「か、構わないけど、ナナシさんはどうするつもりなんだ?」


 窮鼠猫を噛むという。

 なすべきことは決まっているさ。


「私は、アレを倒す」


「無茶だ!?」


「無茶でも、やらねばならぬ」


 エルダードラゴンが家屋を踏みつぶして歩いてくる。

 エルダードラゴンと魔王軍はゴーレム工房にまっすぐ向かってくる。


「ひゃはー! ゴーレム工房だああああああああ!!!!」


「めぼしいものをかたっぱしから奪えええええええええ!!!! 大魔王さまに献上するのだああああああ!!!!」


 ひょっとしたら、魔王軍の狙いはメタルゴーレムなのかもしれない。

 メタルゴーレムが魔王軍の手に落ちて、戦争に使われることがあれば……それは悪夢の一言だ。それだけは避けなければならない!


「ホアアアアアアアアアアアアアアアアアアアタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


「アブラ!?!?」


「カタブラッ!?!?!?!?」


 魔力を帯びたこぶしで一撃!!!!

 ゴーレム工房に押し入った魔王軍の兵を粉砕する。


 ここにいたって、もはや戦うしかあるまい。

 私は青年に覚悟を問う。


「メタルゴーレムを起動させろ。時間は私が稼ぐ」


「む、無理だ。メタルゴーレムはまだ未完成なんだぞ!?」


「無理は承知。だがそれくらいのことをしなければ、大魔王に立ち向かうことはできない」


「大魔王に……」


「どうする? しっぽを巻いて逃げ出すか?」


「ッ、逃げるなんて嫌だ!!!! じーさんなら、そんなことはしない!!!!」


 青年は意固地にさけび、工房の機材を使って魔力炉の起動を始めた。

 彼は老人の“夢”に命を懸けると決めたのだ。


 若者が気概きがいと“魂”を見せたか……

 ならば、私も答えねばなるまい。


「来い、エルダードラゴン。私が相手だ」


「笑止、小さきものよ。おまえなど歯牙しがにもかけぬわ。そこに突っ立っている鉄クズのゴーレムもろとも、闇の炎で灰にしてくれる!!!!」


 エルダードラゴンが大きく息を吸い込む。

 それが闇の炎を吐き出すブレス攻撃の前兆であることは語るまでもない。


 残念だ。

 私ごとき小物では、寸刻すんこくの時間稼ぎもできそうにない。


 死ぬことは恐ろしくないが、マヤと青年を巻き添えにしてしまった失敗は悔やまれる。

 私は諦めかけていた……しかし、マヤは――


「目覚めて、メタルゴーレム」


 マヤはゴーレムの胸元コンソールにこぶしを叩きつける。


「ここには老人おじいちゃんの夢と、若者おにいちゃんの魂と、そして――」


 そのとき、ゴーレムのまなこが輝く。


「そしてッ!!!! “私”がいるよッッッ!!!!」


 エルダードラゴンのブレス攻撃が直撃する瞬間――

 精霊の加護が、“結界”となり、私たちを守った!!!!


 いな、その加護は守るだけなく、闇の炎を跳ね返し反対に魔竜を焼く!


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 なんという荒唐無稽こうとうむけいだ……

 これがメタルゴーレムの力なのか?


 しかし、マヤはどうやってメタルゴーレムを起動したのか?


「マヤ、なんのボタンを押した?」


「え? 赤くてどくろマークがついたカッコいいボタン……」


 魔道具技師の青年がサァッと顔色を変える。


「ば、バカ!? それは自爆スイッチだぞ!?」


「んー? 間違ったかなあ?」


 自爆スイッチ……なんの設計思想ロマンだ?

 どうしてそんなものが搭載されているのかは、おおいなる謎だが。

 私と青年は魔力炉の出力を測定する計器から、ある気づきを得る。


「魔力炉の出力が臨界点を越えているぞ……いや、これは!?」


「自爆スイッチで魔力炉を一気に臨界に到達させて、限界を超える出力を得たのか? あの、偏屈ジジイ!!! わけのわからん設計をしやがってええええええええええ!!!!」


 自爆スイッチによる魔力炉の強制起動とは!!!!

 人が命を懸けるときに味方になってくれるとはこのことか!


「くくく、油断したぞ。鉄くずの分際でなかなかやるでは――ナイガッッッ!?!?!?」


 怒れる巨神の一撃!!!!

 自立して動くメタルゴーレムがエルダードラゴンを殴った。

 鋼鉄の剛性と、圧倒的な質量で殴りつける……それは規格外の暴力だ。


 エルダードラゴンは一撃で頭部を爆散させて、死んだ。

 メタルゴーレムの威力は、魔竜の強度をあっさりと上回ったのだ。


 頼みのエルダードラゴンをうしなった魔王軍は、戦意喪失して敗走を始める。


 戦いが終わり、メタルゴーレムが活動を停止した時――

 街に、あらん限りの歓声がひびきわたる。


 ――人族の守護神メタルゴーレムの完成。

 そして、魔王軍最高戦力であるエルダードラゴンの完全敗北は大陸中に知れ渡った。


 もう二度と、悪意ある敵がこの地を踏むことはないだろう。

 これは余談だが、魔道具技師の青年はメタルゴーレムの開発者として、彼の祖父とともにのちの世でおおいに称えられる……


「ありがとうマヤちゃん。そしてナナシさん。お元気で!」


「また会おう」


「まったね~、お兄ちゃん!」


 そして私とマヤは旅を続ける。

 “目的”をはたすために。


「ナナシのおじさん、私たちはどこにいけばいいの?」


「南へ」


 南の主戦場へ。大魔王が待つ場所へ。

 それは、マヤが母親の真実を知るために……


「ふぁあ、うん? わらわが寝ている間になにかあったのかえ?」


無能おまえは寝ていろ」


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