第4話 (森を)焼 き は ら え !!!!

「ヒャハー! 森に火を放てえええええ!!!!」


「も、もう我慢できねええええええええ!!!!」


 朝ぼらけ、夜明けがおとずれるころあいに人間の軍団が森林に火を放った。


 ここは【魔の森】と呼ばれる場所。

 大都市と大都市を結ぶ交易路の中央に位置する……とある魔族の住処すみかだ。


 大魔王に従うことをしない、はぐれ魔族の住処……

 その森に火を放った男たちの思惑おもわくはと言うと……


「ぐへへへ、今は暴力が支配する時代なんだよお」


「大魔王様にしたがわないはぐれ魔族をぶっ殺せば、きっと大魔王様が褒めてくださる!」


「そうなれば俺たちも、魔族の一員として仲間に加えてもらえる計算よお!!!!」


「賢EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!」


 ――というそこらへんの悪魔よりも脳みそが腐った外道の思惑おもわくなどつゆほども知らず。


 奴隷商人をしりぞけた私とマヤは、次の町に向けて朝早くから魔の森を進んでいた。


 しかしどうにもようすがおかしい。

 具体的には森全体がざわめくような不和ふわを感じるのだ。


 その不和それ自体を、私はまもなく目にすることになる。


「な、ナナシのおじさん! なんか森の動物たちが大行進してるよ!?」


「むっ、なにごとか?」


「なんだか逃げているみたい……なにかあったのかなあ?」


 マヤが不安そうに身を寄せてくる。


 鹿、イノシシ、たぬき、キツネ、野うさぎ……

 森林で暮らす動物たちが、徒党ととうをなして駆けていく。


 その不自然な大行進に巻き込まれないよう、私とマヤは距離を置く。

 ――すると、群れはぐれた一頭のクマがこちらに向かってくる。


「森のくまさんだよ!」


「マヤ、下がっていなさい」


「待って、ナナシのおじさん。私が話を聞いてみるから!」


 私が引き留める声も聞かず、マヤが果敢に飛び出していく。


 話を聞く? 人語を介さぬ森の獣から? どうやって?


 するとマヤはおどろくべき技術スキルをみせてくれる。


ガウガウガウガウガウガウガウガウガウ!へい! そこのイカしたクマさん! 道を急いじゃって、いったいぜんたいどうしたんだい?


「はぁはぁ(*´Д`)かわいいお嬢ちゃん、実は大変なことになってねえ」


 それは猛獣の言葉!!!!


 まさかマヤは獣と言葉を交わせるのか!?

 おどろく私を置き去りにして、マヤはクマと立ち話(?)を続ける。


がうがうがうがうががうがうがうがーう!へ? 大変なことって?


「はぁはぁ(*´Д`)いやね? 実はモヒカンみたいな人間の悪党どもが森に火を放って……今、森の南部は大火災なんだよねえ。山火事ならぬ森火事だ! お嬢ちゃんも逃げた方がいいよ? それよりお嬢ちゃん可愛いねえ、あとでお茶でもどう? はぁはぁ(*´Д`)……」


「えー!?!?!?!? この先の道が火事になってるの!?!?!?!?」


「火事だと? どういうことだ? マヤ?」


 おどろくマヤに私は問いを投げる。


 するとマヤは獣の言葉を理解できない私に、翻訳をしてくれる。


「えっとね、この先で人間が森に火を放ったんだって! 南は大火災らしいよ! ど、どうしよう?」


「……人間が? 犯人は魔族ではないのか?」


「なんかすっげー頭の悪そうな人間どもでしたぜ」


「なんかすっげー頭の悪そうな人間どもでしたぜ、だってさ!」


 どうやらマヤは本当に獣の言葉がわかるらしい。

 意気投合した様子で、クマと笑いあっている。


 しかし大火災とは笑えもしない話だ。

 今は少しでも情報がほしい。


 私はマヤに再三問いを投げる。


「他には? 他には、そこのクマはなんと言っている?」


「はぁはぁ(*´Д`)、ところでお嬢ちゃん可愛いねえ、あとでクマさんのおうちに来ない? はぁはぁ(*´Д`)……だってさ!」」


 なるほどッッ!!!!!!!!


「では(クマを)処刑する」


「え?なにこのひと怖い」


懺悔ざんげの用意はできているか?」


「ぐおおおおおおおおおおお!!!! ぐおおおおおおおおおお!!!!」


「待って、ナナシのおじさん! 『冤罪えんざい冤罪えんざいです! イエスロリータノータッチ! イエスロリータノウタッチッッッ!!!!』 らしいよ! 意味わかんないけど!」


「ほう? 獣が紳士の真似事をするのか……」


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「いいだろう。その善性にめんじて、命は取らずにおいてやる」


「え? ひょっとしてナナシのおじさんもクマさんの言葉がわかるの?」


「いや、さっぱりわからないが、悪意がないことは理解できる」


 自然に生きる動物は厳しい環境を生き抜いている。


 ウソやまやかしよりも、質実剛健しつじつごうけんな態度を好むのだ。

 その点で、私はクマの言葉をなんとなく察せられる。


「マヤ、下がっていなさい。クマさんはもう行かねばならないそうだ」


「ぐおおおおおおお……(うん、またね、かわいこちゃん(´・ω・`)……)」


「うん、またね! クマさんも元気でね!」


 のそのそと、未練がましい態度で、クマが去っていく。


 年端としはもいかぬ娘をたぶらかすとはおそろしい獣だな……

 しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。


「火事か。まずいな。早く逃げなければ、私たちも丸焼きだ」


「で、でもどうするの? この森を通り抜けないと次の町には行けないんだよね?」


 マヤが不安そうにたずねた。


 その通りなのだが、大火事になっている森の中を通り抜けるのは自殺行為だ。

 私はやむなく、次善の策を考える。


「……やむをえない、森の主を頼る」


「森の主?」


「この森には大魔王に従わないはぐれ魔族が住みついているのだ。その者を頼れば、あるいはこの状況を打開だかいできるかもしれない」


「まどろっこしいよお! いつもみたいにナナシのおじさんがバーン! ドーン! ってやってどうにかならないの!?」


「無理だ」


「むー、そこをなんとか!」


「無理なものは無理だ」


 荒くれ者を相手取るならともかく、森の大火災を消し止めるすべなど、私は知らない。


 南部へ進むのは危険だが、かといって行く道を引き下がるわけにもいかない。

 私は「ぶーぶー」と不平をぼやくマヤを引き連れて、森の奥地へと向かう。


 ……………………………………………………

 ………………………………

 ……………………

 …………


 いまだ大火災が及ばない魔の森の奥地。


 その場所に“森のあるじ”はいた。


「ふふふ、ようこそ、わらわのテリトリーに」


 見た目はクマほどもある巨大な“たぬき”だ。


 腹太鼓をたたいているのが似合いの、デブたぬきだな。

 そのたぬきは、私とマヤを交互に見て、品定めするように言う。


「魔族のせがれと……人間のこむすめかえ? わらわになんのようじゃ?」


「単刀直入に言う。森が焼かれている。なんとかしていただきたい」


 事態は一刻をあらそう。


 森が大火災で焦土になるのも時間の問題だ。

 余裕めかせた言動も、時と場合によるだろう。


 偉そうな物言いをする森の主をうとましくおもいながら、私は言う。


「具体的にはあなたの魔法で、森の火災を鎮火していただきたい」


「え? わらわの森が燃えているのかえ? マジで?」


「え?」


「……え???? マジかえ!?!?!?!? やばやばだえ!?!?!?!?」


 まさかこの森の主、大火災に気づいて……いない?


 とんだポンコツだな。大魔王に従わないはぐれ魔族というから、気概きがいのある者かと思っていたが……

 期待外れもはなはだしい。とんでもない間抜けのようだ。


「……マヤ、ひとまず帰ろう。私が間違っていた」


「……そうだね。ナナシのおじさんにも、たまには失敗があるよ」


「まままままま待ってくれだえ! わらわを助けてくれだええええええ!!!!」


 高位の魔族ともあろうものが、恥も外聞もない……


 森の主は私とマヤの帰り道に回り込んで平身低頭へいしんていとうで頭を下げる。

 頼まれても、私とマヤにはどうすることもできないのだが……


 ――森に火を放った人間の軍団がやってきたのは、そんな時だった。


「ヒャハああああああああああああ!!!! 森の主だあああああああ!!!!」


「大魔王様に歯向かうおろかなやつよお!!!!」


「こいつをぶっ殺せば俺たちの未来は A N T A I安泰だぜえ……」


「賢EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!」


 わけのわからない状況で、わけのわからない連中がやってきたな……


 しかし、どうやら彼らが森に火を放った主犯格であるらしい。

 人間の身の上で大魔王に取り入ろうとは、悪党は手段をえらばないということか。


 しかし自らが生きるための緊急避難だとしても、度が過ぎている。


 私は意味がないと知りつつ、彼らに問う。


「なにが目的だ? おまえたちはどうして森に火を放った?」


「バカタレがああああああああああああああああああああ、そんなもん肥よくな大地を手に入れて、農業をやるために決まっとろうがああああああああああああ!!!!」


「そうよお!!!! この陰気な森を焼き払うことで焦土と化したこの大地は!!!! まさしく次世代の食糧庫!!!! 黒いダイヤモンドよ!!!!」


「ぐへへへへ、そうして俺たちはこの地で焼き畑農業を行い、収穫しゅうかくした作物を大魔王様に献上するのさ!!!!」


「いまどきはやりの炎上商法ってやつよおおおおおお!!!!」


「賢EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!」


 ……みなさんおくすりでもキメていらっしゃる?


 私は回答に困って黙る。

 さすがのマヤも「このひとたちなに言ってるのかわかんないよ……」と頭を抱えていた。


 森の主だけが「な、なんと極悪なやつらじゃ!」とまじめに反応していた。


 ふざけた状況にイカれた連中……私も答えねばなるまい。


「そうか。だが残念だったな。貴様ら外道の野望がかなうことはない」


「そうじゃそうじゃ! やってしまえ!」


「な、なにぃ!?」


「なぜならば、ここには森の主さまがいらっしゃるからだ」


「へ?」


「「「「「な、なにぃ!?」」」」」


「悪党ども! 見えるはずだ。空に燦然さんぜんとかがやく、あの日輪にちりんのかがやきが……その化身たる森の主さまをおそれぬならば、命をかけて挑んで来い!!!!」


「え、えええええええええええ!?!?!?!? わらわが戦うのか!?!?!?!?」


「イエーイ! シャケナベイベー! 森の主さまの~? ちょっといいとこ~?」


「「「「「み て み た ー い!」」」」」


 マヤが音頭をとって、悪党どもが追従する。

 あらくれの悪党どもをこうも簡単に手なづけるとは、すえ恐ろしい娘よ……


 やり玉にあげられた森の主ことデブたぬきは、おろおろとうろたえている。


「わ、わらわ、わらわは、そんな……」


「森の主よ、どうかご決断を」


 私は従者のようにこうべを垂れる。


 森の主の判断は見事なまでの即断即決である。


「ふえええええええええええええええええええええ、わらわ戦いとかできないしいいいいいいいいいいいいい、魔法だって万能じゃないしいいいいいいいいいいいいい、無茶ぶりされても困るのじゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」


「では大火災の対処は?」


「できるわけがあるかあああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」


 そんなことだろうと思ったよ……


 予定調和の泣き言を聞き流して、私は手指と首をポキポキ鳴らす。


「では(悪党どもを)処刑する」


「イエーイ! やっちゃえナナシのおじさん!」


「へっ、ロートルがあ、イキがってるとケガする――ゼブラッ!?!?!?」


 ハイヤッ!!!!

 まずひとり、顔面をハイキックで蹴り飛ばして、手近な樹木の幹にたたきつける。


「てめええええええええ――ゲボラッ!?!?!?!?」


 次にひとり。こぶしで顔面と前歯を粉砕する。

 その時点で、悪党どもは私にかなわぬと悟ったようだが……


 特に問題なく、ひとりずつ、逃げる者も逃がさずに仕留める。

 来るものは拒まないが、去る者は決して許さないとはこのことだ。


 そうしてあらかた静かになったところで、逃げまわっていた森の主が肩で息をして言う。


「ぜえ、ぜえ、できるなら、最初からそうしてくれ、なのじゃ……」


「ご無礼をいたしました」


「いや、別によいのじゃが……どうしようかのう、この状況」


 と、気づけば大火災は森中に広がっていた。


 悪党どもが放った火の手は、いまや取り返しのつかない状況に達していた。


 未曽有みぞうの大火災だ。間違いなく、魔の森は焦土になるだろう。

 この火災を消し止めるすべはないが……この場を脱するすべは想像がつく。


「森の主よ。転移魔法を使っていただきたい」


「ほう?」


「私とマヤをこの先の町に送り届けていただきたいのです」


 腐っても森の主だ。おそらく、このくらいの魔法は使えるだろう。

 できなければ、私もマヤも燃える魔の森と運命を共にすることになる。


 それだけは避けたい……と思っていたら、森の主は色よい返事をくれる。


「よいぞ! わらわも住処をうしなって困るところじゃ! ともにゆこうではないか!」


「え~? たぬきさんも来るの~?」


「うむ、そうじゃぞ、わらべよ。これからよろしくな!」


 言うなり、デブたぬきは『しゅわしゅわ~』とサイズを小さくして、マヤの首にマフラーのように巻き付いてしまった。


 たぬきのしっぽはもふもふして温かそうだが……余計な荷物が増えたようだな。


「無能め……」


「なんじゃと?」


「いえ、独り言です」


 かくして、私とマヤは(特に望んでいない)旅の仲間を得る。


 魔の森を越えて、次なる目的地は、人間とドワーフが暮らす大都市だ。

 魔道具兵器ゴーレムの生産地として有名な都市まちで……


 私とマヤは、とある魔道具技師の青年と出会う――


 その出会いが戦争の分岐点になることを、私たちはまだ知らない。



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