第3話 目が見えぬのか……

魔瘴気ましょうき!!!!」


 私は平手の指先から魔力をほとばしらせ、霧状の“もや”をつくりだした。


 だれかと戦っているわけではない。

 マヤが私の技を見たいとせがむものだから、ひとつ技を見せてやったのだ。


 マヤはおおよろこびで、ぱちぱちと拍手をしてくれる。


「すごいすごい! ナナシのおじさん、それはどんな技なの?」


「見ての通りだ。指先から魔力を放出して、霧をつくりだす」


 説明されても納得していないようすで、マヤは首をかしげる。


「え~? もっとドカーン! ドドーン! ってなる技はないの? 霧をつくりだすだけってなにか意味があるのお?」


「目くらましになる」


「めくらまし?」


魔瘴気ましょうき強酸きょうさんの性質を持つ。これを相手の目に吹きかければ、相手の視界を奪うことができる。強力な武器だ」


「なるほど~、技は使いようなんだね、勉強になるよ~」


 うんうん、とマヤが満足そうにうなずく。

 魔瘴気の使い方を知って、どんな勉強になるのかと思っていたら……


 マヤは思いがけないセリフを、うれしそうに言ってくれる。


「マヤは将来、美少女格闘家になるからね」


「ほう?」


「ナナシのおじさんみたいに激ツヨになるよ! それでそれで、悪いやつらをめっちゃくちゃにやっつけちゃうんだ! マヤはきっとモテモテだよ~」


 逆ハーレムか。

 最後のひとことに本心が出ているようで、私はほほえましく思う。


 動機はどうであれ、向上心があるのはすばらしいことだ。

 なにごとも挑戦してみなければ、始まらないからな。


「その技マヤも使ってみたいな! どうやるの? 教えて教えて!」


「魔瘴気か? まず体内で魔力を練り上げる」


「むー、やってみるよ!」


 マヤがむずかしい顔をして、集中する。

 私は幼い娘を見守るような気持ちで、口元をゆるめた。


 あなどっているつもりはないのだが、マヤを見ていると、どうしても保護者のような気持ちになってしまう。


「次は? 次はどうするの?」


「手を開き、練り上げた魔力を指先から放出するのだ。こんなふうにな」


 言葉の通りだ。魔瘴気!

 私は先ほどしてみせたように魔力を放出して見せる。


 およその理屈は理解したようすで、マヤはしたり顔を見せてくれる。


「わかっちゃった! こうするんでしょ!」


「ほう?」


「ましょうき!!!!」


 マヤが指先から魔力を放出する……ことはなかった。


 えいっ、えいっ、と技を使う動作をくりかえすが、変化はない。

 マヤは不思議そうに、うーん……と、まゆをよせる。


「あれ~、おかしいなあ? 技が使えないよ?」


「気にすることはない。なんどでも練習すればいい。使えるようになるさ」


「そうかなあ? そうだよね! はじめからできてもおもしろくないし、ナナシのおじさんに教えてもらって、できるまで練習するよ!」


「その意気だ」


 あきらめずに挑戦する心持ち、それが“道”を極めるためにもっとも必要な才能だ。


 明るく、物事を前向きに楽しめるマヤにはその心持ちがある。

 あんがいと言わず、将来は本当に名のある格闘家になれるかもしれないな。


 マヤは魔瘴気の練習をしながら、こんなことを言ってくれる。


「ふっふっふ~、マヤが格闘家になって有名になったら~、ナナシのおじさんを師匠としてみんなに紹介してあげるね!」


「ははっ、こいつめ……」


 ほほえましい限りだ。そのときを楽しみに、私も長生きしなくてはな……


 そんなふうにマヤと話をしながら街道を歩いていると……

 向かいから来る人物が、なにやら血相を変えて近寄ってくる。


 なにごとか? と思い声をかけると、彼は旅の者だと名乗る。


 そして彼は私たちに教えてくれる。


「あんた、子ども連れかい。なら、この先にいくのはやめた方がいい。別の道を探しな」


「なぜだ?」


「この先には、子どもばかりを狙う、ひとさらいの奴隷商人が居をかまえているんだ。おそろしい話だぜ……その娘さんことを想うなら、迂回した方がいい」


「そうか。わざわざすまないな。教えてくれてたすかったよ」


「礼にはおよばんさ。良い旅を。お嬢ちゃんも、お父さんの言うことを聞いて優しい子になれよ!」


 そんなふうに気さくな物言いでマヤをにぎやかして、旅の青年は去っていった。


 とはいえ、マヤは不機嫌そうだ。

 どうやらお嬢ちゃんあつかいが気に入らなかったらしい。


「ぶーぶー、マヤはとっくに立派なレディなのに! 失礼しちゃうな!」


「ふふっ」


「あー! 笑ったねえ!? ナナシのおじさんも私を子ども扱いするんだ!」


「そんなことはない。だが、立派なレディなら優しい笑顔を絶やさず、どんなひとにもへだてなく接することができなくてはな」


「むむ、そうかなあ……」


「もちろん、いまの青年にもだ。彼は私たちの身を案じてくれた。優しいひとさ。怒るどころか、お礼を言ってもいいくらいだ」


「わ、わかってるよお。マヤは大人だからね! 恩あるひとに怒ったりはしないの。怒ったふり、怒ったふりだよ! ちょっとした冗談だもん!」


 わかった、わかった。と私はほほえましくうなずく。


 しかしマヤのご機嫌取りはさておくとして……

 問題はこの先にいるというひとさらいの奴隷商人だ。


 旅の青年の言う通り、マヤの身を案じるのであれば、迂回して別の道を探すべきだろう。

 しかしあまり遠回りをして、旅慣れしていないマヤを疲れさせてもいけない。


 こどもは風の子という。

 しかし、小さな体にたくわえられるエネルギーは決して多くないのだ。


 私が困って考えていると、そんな迷いを見透かしたように、マヤが言う。


「このまま行こうよ、ナナシのおじさん」


「よいのか?」


「ナナシのおじさんがいれば怖くないよ! 守ってくれるんでしょ?」


 にこにこと、太陽のような笑顔でマヤは私に信頼を寄せる。


 この笑顔に応えられる人物でありたいと、私も奮起ふんきするところだ。

 たしかに、遠回りに耐えられるほどの食料のたくわえがないのも事実……


 ここは危険だとしても、最短の道のりを選ぶとしよう――


 ……………………………………………………

 ………………………………

 ……………………

 …………


 そうして、夕刻、陽が沈むころに。

 私とマヤは森林の入り口にさしかかった。


 この森を越えれば、人間とドワーフがくらす大きな町がある。

 宿をとり、食料と水を買いそろえることができるだろう。


 しかし夜の森をあるくのは危険だ。

 今夜はこの場所で野宿をするのがいいだろう。


 私はマヤに寝袋を渡して、野営の準備をはじめる。


 最後に残った携帯食料をマヤに与えて……


「半分こにしよ!」


「ああ、ありがとう」


 半分、マヤの善意をもらっておく。

 あとでマヤがお腹をすかせた時のために、これはとっておくとしよう。


 夜が訪れるころあいに……しかし、不穏な来客がおとずれる。


「もしもし旅のかたがた、一曲聞いてはくれんかね」


「おじさんだれ~?」


「へへへ、あっしは旅の吟遊詩人でさあ。歌をうたうのが好きでねえ、勇者の魔王軍の戦いを物語にして日銭を稼ぐ毎日さあ」


 吟遊詩人か。

 うさんくさい男だ。こいつがひとさらいの奴隷商人かもしれんな。


「あいにくと持ち合わせがない。すまぬが、歌ってもらっても支払いはできんぞ」


「結構、結構、あっしは勝手に歌いますよお。へへへ、可愛いお嬢ちゃん、あっしの歌を聞いておくれ~」


 あさっての方向を向いて、男がにへら笑う。

 その不一致を不思議に思って、マヤがたずねる。


「おじさん、どうして暗いのに目をつむっているの? 見づらくない?」


「へっへっへ……どうしてかなあ。どうしてだろうねえ」


 男はマヤの言葉を頼りに、マヤと向き合おうとする。


 暗闇で目をつむる男。

 答えは簡単に見つかる。


「目が見えぬのか?」


「へい、若いころに仲間と無謀な遊びをやりましてね、そのときに失敗したんでさあ」


「なるほど。自業自得だ」


「へっへっへっ、耳が痛い……しかし、目が見えなくなって、代わりに音がよく聞こえるようになりましてねえ、こうして吟遊詩人として身を立てられるようになったんでさあ」


 目が見えなくなって聴覚がとぎすまされたとでもいいたいのか?


 まったく根拠のない、うろんな発言だが……まるきりウソとも言い難い。

 私は警戒して、マヤをかばうように前に出る。


「マヤ、下がっていなさい」


「ちょっとナナシのおじさん。気持ちはわかるけど、見た目で人を判断しちゃだめだよ?」


「しかしだな……」


「しかしもかかしもないの! せっかく来てくれたんだからさあ。一曲くらい聞いてあげようよ~、このおじさんも、いい人なのかもしれないよ?」


「おお! なんてえ心の広いお嬢さんだあ! まるで女神様のようだねえ! お嬢さんはきっと将来、すばらしいレディになるんだろうねえ!」


「えっへっへ~ 女神様は言いすぎだよ~」照れ照れ


 マヤはお世辞でもほめてもらえてうれしそうにしている。


 まあいい仕方があるまい。

 マヤのリクエストだ。私もよきょうに付き合うとしよう。


「歌ってみろ」


「へい! それでは自慢の美声をお聞き下せえ……」


 満を持して、男が口を開く――


「ぼえ~~~~~~」


(なんというダミ声だ……)


 おもわず耳をふさぎたくなる。

 まゆをひそめるだけでとどめたのは、私の善意と言えよう。


 しかし私と違って、マヤは心が広いからな。

 あんがいと彼女は音楽家のセンスを発揮して、喜ぶかもしれない。


 どうだろうか?


「おじさん、 歌 へっっったあああああああああああ!!!!」


 と、思っていた時期が私にもありました。


 マヤはへたくそが一周回ってお気に召したようすで、けらけらと笑い転げている。

 私もまったく同感だったので、ほほえましく思う。


 しかし、けなされた男は激怒する!


「な ん だ と ク ソ ガ キ !!!!」


 くわっ!!!! と閉じていた目を見開き、その目でギョロリとマヤをにらむ。


 焦点のあった目だ。やはり、見えている。

 盲人もうじんの演技はここまでのようだな。


「もう一曲歌ってくれ、今度は投げ銭を出すぞ」


「うるせえ! バカにしやがって! ガキを捕まえて売り払ってやろうと思ったが、気が変わった。この場でぶっ殺してやる!!!!」


 演技をやめた男が、腰に下げた短剣を引き抜き、マヤに襲い掛かる。


 マヤはきょとんとしていたが……ふむ、なんとも軽率な男だ。


魔瘴気ましょうき!!!!」


「ぎゃああああああああああああああああ!?!?!?!?」


 私は男の顔面に、強酸の霧をふきかけた。


 男はのたうち回り、両目をおさえてもだえ苦しむ。


「め、目が、目があああああああ」


「……目が見えぬのか?」


「へ、へい。今のはほんの出来心で……悔い改めます。お許し下せえ!」


 都合の良い男だ。

 おそらくはこいつがひとさらいの奴隷商人だろう。


 その二枚舌で、どれだけのこどもを不幸にしてきたのか。

 命乞いなら、私ではなくマヤにするべきだったな。


「ダメだ。死ね」


「旦那、そんな冷たいことを言わず! 許してくだせえよお! なっ、なっ?」


「ダメだ。死ね」


「旦那、そんな冷たいことを言わず! 許してくだせえよお! なっ、なっ?」


「ダメだ。死ね」


「旦那、そんな冷たいことを言わず! 許してくだせえよお! なっ、なっ?」


「ダメだ。死ね」


「旦那、そんな冷たいことを言わず! 許してくだせえよお! なっ、なっ?」


「ダメだ。死ね」


「旦那、そんな冷たいことを言わず! 許してくだせえよお! なっ、なっ?」


「ダメだ。死ね」


「旦那、そんな冷たいことを言わず! 許してくだせえよお! なっ、なっ?」


「ダメだ。死ね」


「旦那、そんな冷たいことを言わず! 許してくだせえよお! なっ、なっ?」


 そこまで言われて、私はハッとする。


「むっ、これは!?」


「かかったなドアホウめええええええええ!!!! これぞ卓越した話術のなせる『無限ルウプコンボ』よおおおお!!! 目の痛みも癒えた、てめえ今度こそぶっ殺してや――」


魔瘴気ましょうき!!!!」


「ぎゃああああああああああああああ!?!?!?!?」


 男がのたうち回り、その場に気まずい沈黙が落ちる。


「…………」


「…………」


「目が見えぬのか?」


「へ、へい、今のはほんの出来心で……悔い改めます。お許し下せえ!」


「おもしろい男だ。許してやろう。殺すのは次の機会にしてやる」


「あ、ありがとうごぜえます! それではおさらば――」


「いまのは ウ ソ だ」


 逃げ出そうとした男に先回りして、腹部に蹴りを叩き込む。


「ふべらああああああああああああああああああ!?!?!?!?」


 ものすごい勢いで吹き飛んだ男は、樹木に激突して、そのまま動かなくなった。

 よく見ると痙攣けいれんしている。しぶとい。死んではいないか。

 相応の罰には違いない。このまま放っておくとしよう。


「森の獣に喰われぬよう、せいぜい祈ることだ」


 私はマヤと協力して、手持ちのロープで男を樹木に固く縛り付けておいた。


 ――翌朝、私たちは命乞いする男を見ないふりして出発する。

 うっそうとおいしげる樹木の中、道とも呼べぬけもの道を、ひた進む。


 そして【魔の森】と呼ばれるその場所で。

 私とマヤは新しい仲間を得ることになる……

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