第2話 神か? 悪魔だ! 山村にあらわれた最強の男

 大魔王の手は主要な街道にもおよんでいた。


 今、ゴブリンの軍団が封鎖する道で行商の男が立ちつくしている。

 旅連れの妻子を人質にとられ、男はゴブリンに懇願こんがんする。


「妻と子に罪はありません! 命をうばうなら、私だけにしてください!」


「バカタレがあ!!!! 親子ともども皆殺しに決まっとろうがあ!!!! 人間の奴隷など必要ない。荷を奪ったら、おまえも妻子もあの世いきよッ!!!!」


「そ、そんな、殺生な……」


「うへへへへ、運がなかったと諦めるんだな。今は暴力がすべてを解決する時代なんだ」


 ゴブリンがこん棒をふりかざして、おおいに笑う。


 恐怖でふるえている妻子の様子を楽しんで、ゴブリンたちがニヤリと口元をゆがめる。


「さあ、これからおまえの妻と娘の頭を! こん棒で叩き割ってしまうぞ!」


「頭がバーンとなるぜええ!!!! スイカみたいになあ!!!!」


 妻子が悲鳴を上げて、行商の男が血相を変える。


「お、お許しを! お許しください! なんでもいたします!」


「黙れい! なにもできぬおのれの無力をかみしめて、妻子がむごたらしく死ぬすがたを、そこで見ているがいい――んん????」


 ひょいと、ゴブリンの手からこん棒を取り上げる。

 通りすがりの“私”は、取り上げたこん棒をそのままゴブリンの脳天にふりおろす。


「アボタッッ!?!?!?!?」


 ゴブリンの頭がスイカ割りのように爆散した。


 こん棒を持つ私の後ろで、旅連れの娘がキャッキャと笑う。

 娘はサキュバスの忘れ形見。彼女の名は、マヤという。


「すごい、すごい! 頭がバーン! ってなった!」


「マヤ、下がっていなさい」


「はーい、ナナシのおじさん! もういっかい! もういっかいやって!」


「いいですとも!」


「な、なんだこいつら――アボァッッ!?!?!?!?」


「きゃー、おもしろーい!」


 血のつながりはないとはいえ、さすがはサキュバスの娘。

 血の雨と爆散する脳みそを見て笑えるとは、すえおそろしい子どもよ……


「貴様何者だ!? ゲボアッ!?」


「外道に名乗る名はない。あの世へ行け」


 こん棒を振り下ろす。ゴブリンの頭が爆散する。


「大魔王様の兵である俺たちに逆らうとは――オボゲッッ!?!?!?」


 こん棒を振り下ろす。ゴブリンの頭が爆散する。


「やめ――」こん棒を振り下ろす。


「てめてっ――」こん棒を振り下ろす。


「ゆるして――」こん棒を振り下ろす。


「野郎、ぶっころ――」こん棒を振り下ろす。


 見渡す限り、ゴブリンの頭を爆散させて……一息つく。


「ふむ、こんなところか」


「もういっかい! もーいっかい!」


「その辺にしておきなさい。マヤ、命は尊いものだ。おもちゃにしてはいけない」


「ちぇっ、はーい! わかりました~!」


「た、たすかった、あばよ、人間ども――アベガァ!?!?!?!?」


 先回りしてこん棒を振り下ろす。これで今度こそ、ゴブリンは皆殺しだ。


「生き残りがいたか、死んだふりとは野盗くずれにふさわしい知恵だ」


「ぶーぶー、おじさん、言ってることとやってることが違うよ~」


「マヤ、他人ひとの揚げ足取りをしてはいけない。悪いくせだ。あらためなさい」


「ちぇっナナシのおじさんはまじめだなあ……あ、行商の人たち! 大丈夫ですかあ?」


 行商の男と妻子は身を寄せ合ってふるえている。


 にこにこしているマヤとは対照的に、3人とも顔面蒼白がんめんそうはくだ。

 おびえているのか。かわいそうに、さぞおそろしい目にあったのだろうな……


「お、おかげさまで。危ないところを助けていただきありがとうございます……ですがあなたたちは、いったい……」


「私たちは旅の者です。この子はマヤ。私はただの名無しの権兵衛……」


「ナナシのおじさんだよ! すっごく強いの! さっき見たでしょ?」


「ナナシ様ですか、魔王軍の兵をああも簡単に倒すとは、なんとお強い……」


「それはゴブリンたちが油断していただけです。ところで、この先に村があると聞いたのですが、間違いないでしょうか? 水と食料を切らしてしまいまして……」


「み、水も食料もさしあげます! 命だけは、命だけはお助けくださいッ!!!!」


 む? なにか勘違いをされているようだな。困った。

 そこでマヤが進み出て、誤解を解くようにほほえむ。


「ナナシのおじさんはそんなことしないよ! この先に村があるんだよね? 水も食べ物も、そこできちんとお金を払って買うから、大丈夫!」


「さ、さようですか、しつれいをいたしました……たしかにこの街道を南に進めば村があります。しかし……」


「それだけわかれば十分です。ありがとう。おたがい、無事の旅を」


 私はマヤに出立をうながして、街道を歩き出す。


 どうやら、私たちは行商のご家族をおびえさせてしまったようだ。

 申し訳ないことをした。

 疫病神やくびょうがみはすみやかに視界から消えるのがよかろう。


 ちょこまか歩くマヤとはぐれないように気をつけながら、私はその場を後にした。


 行商のご家族が後ろでなにか言っていたが……小声で聞き取れない。

 まあよかろう。一期一会の縁だ。二度と会うこともあるまいさ。


「あ、ああ、行ってしまわれた……」


「あなた、たしか今、あの村には魔王軍が向かっているはずよ!」


「あの村はおしまいだ……私は恩人になんという仕打ちをしてしまったのだ!」


 ◆◆◆


 陽が沈むころ、私とマヤは山村にたどり着いた。


 しかし様子がおかしい。

 しずまりかえった村のようすを不思議に思い、私はあたりを警戒する。

 すると――物陰からクロスボウで武装した男たち飛び出し、私とマヤを包囲した!


 凶器の切っ先を向けられ、私はマヤをかばって立つ。


「むっ、なにごとか?」


「動くな! 動けば体中に矢が突き立つぞ!」


「魔王軍の尖兵せんぺいめ! この村から出ていけ!」


「むう……」


 これまた勘違いをされているようだな。

 私は両手を上げて、無抵抗の意志を示す。


「お待ちください。私とこの娘は旅の者です。あやしいものではありません」


「黙れ! 油断を誘うつもりなら、そんなウソは通用せんぞ!」


「うそではありません。水と食料を、少しだけでもわけていただきたいのです」


「水と食料を略奪にきたのか!」


「牢屋にぶちこめ! 抵抗すれば殺してもよい!」


「…………」


「どーするの? ナナシのおじさん?」


「彼らに罪はない。ひとまずは従おう」


 私は質素な馬小屋を改造した牢とも呼べぬ牢屋に入れられた。


 マヤについてだが、彼女は村人に保護されたようだ。

 彼女のことはどうやら私がよそからさらった子どもだと思われたらしい。


 ――そうして、月明りと星が頼りの夜更よふけに。

 マヤは付き添いの老人といっしょに、私がすわる牢の前にやってきた。


 マヤは私のあつかいに怒って、ぶーぶーと不平と言う。


「おじさん、どうして抵抗しないの? いつもみたいにドーン! バーン! ってやったらこんな牢屋からすぐに出られるのに!」


「マヤ、許してあげなさい。村人たちに罪はない。彼らはみな、おびえているだけなのだ」


「そうなのかなあ……」


「暗い時代だ。『大魔王が村を攻めてくる』彼らはきっとそんな疑心暗鬼にとらわれているのだろう……そうでしょう? ご老人?」


「さようでございます。村のご無礼をどうか、お許しください……」


 老人は「こころばかりですが」と前置き、水と食べ物を差し出してくれた。


 囚われの者にこんな真似をしたとバレたら、老人もただでは済まないだろう。

 私は老人に頭を下げて、いそぎ食事をさせてもらった。


 この老人、表向きはマヤの監視役を買って出たという立場らしい。

 ろうそくの明かりを頼りにする老人は、力なく、なげくように語る。


「おっしゃるとおり、暗い時代でございます。誰もかれも、大魔王の暴力におびえて、正気をうしなっている。誰かが……誰かがこの地獄から救いだしてくれまいかと、みなが日々願っているのです」


「いたましいことです。しかし今は勇者がいます。人族の希望が、かならずやその願いをかなえてくれることでしょう」


「勇者ですか……ですが、勇者が大魔王を倒すまでに、どれほどの悲しみが繰り返されることか……もっとも、わたしのような老体にはどうすることもできませんが……」


 老人は「さあ、夜も遅い、今日はもう寝なさい」とマヤを促し、牢から立ち去った。

 マヤは不満そうに口を曲げながらも、わがままを言わず去っていく。


 …………………………………………

 ………………………………

 ……………………

 …………


 そして翌日。


 寝心地の悪い牢で目を覚ました私は、村の異変を察する。

 武装した男たちが、牢屋の前をひっきりなしに通り過ぎていく。


 私はそのうちのひとりを呼び止めて、たずねる。


「待て、何があった?」


「ああん!? ま、魔王軍だよ! 魔王軍が攻めてきたんだ! 今、村人が総出で戦っているが……まるで歯が立たない! この村はもう終わりだ!」


「マヤはどうした? 彼女は無事なのか?」


「マヤ? あの子どもか……逃げ遅れた老人を逃がすために、オーガに立ち向かったんだ。今は村の子どもたちといっしょに人質にされているよ」


「オーガだと?」


「ああ! あんな筋肉の塊みたいなバケモノにかなうはずがねえ! クロスボウの矢が刺さらねえなんて、ふざけてるぜ! あんたも早く逃げた方がいい。今出してやるから……」


「…………」


「あんた、なにを? その牢は急ごしらえだが素手で壊そうってそりゃあ無理だ――」


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


「ひ、ひいいいいいいい!?!?!?!?」


 邪魔だ!!!! 貧弱な牢を粉砕して、私は屋外に走り出す。


 太陽の下には、みるも無残な地獄が広がっていた。

 村の子どもたちを人質に取られた大人たちは、手も足も出ずにいる。


 助けを求める子どもたちの悲鳴が巨大なオーガを大いに笑わせるようだ。


「聞けいっ!!!! 今、このときから、この村は大魔王様の支配下におかれる! 貴様ら下等種族にんげんどもは、みな犬畜生とおなじよ! われら魔族のために働き、泥水をすすって死ぬのだ!!!!」


「くそう、子どもを人質にとるとは卑劣な!」


「卑怯だぞ、正々堂々と戦え!」


 遠巻きにおびえながら吠える村人の言葉を、オーガは意に介さない。


「ふんっ、下等種族をあいてに正々堂々と戦うバカがどこにいるのだ。俺は勇者に負けるようなバカな上級魔族どもとは違う。頭を使って成り上がるのよ!」


 筋肉ダルマのような外見とは反対に、小ズルい物言いでオーガが鼻を鳴らす。


「王都への街道につながるこの村を落とせば、大魔王様もきっとお喜びになる。この【激震げきしん豪鬼ゴウキ】が四天王の座につく日も近いぞ、ははははは!」


「お待ちください、村の子どもたちに罪はない……人質にするなら、どうかこの老体をお使いください……」


「出過ぎたなジジイ! ジジイの命に価値などないわ! 今すぐに死ねいッ!!!!」


 枯れ葉のような老人の身体に、オーガの剛腕が迫る。

 見れば老人はボロボロに傷つき、体中に青あざをつくって立っていた。

 きっと老人は最後まで、マヤを守ろうとしてくれたのだろう。


 報いねばなるまい。

 私は……老人の前に立つ。


「ぬっ!? な、なにぃ!?」


 自慢のこぶしを私に片手で受けられて、オーガはひどく動揺する。

 私は自らの身体を魔力で強化して……オーガの剛腕を打ち払う。


「ホアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 圧力におされて、オーガが後方へとしりぞく。

 私は構えることをせず、ただオーガに歩み寄っていく。


「き、きさま、なにやつ!?」


「外道と語らう舌はもたぬ」


 オーガはおののきしりぞく。私は、ただ踏み込む。

 外道とはいえオーガの一族の誇りがあるならば、挑んで来るがいい。


「来い、小鬼こおに。女子供、老人に向けるこぶしなど、私には効かん」


「笑止っ!!!! 俺は激震の豪鬼! 四天王になる男よ! どこの誰とも知れぬ馬の骨など、一撃でちりにしてくれるわ!!!!」


 オーガが剛腕を振りかぶり、こぶしを繰り出す。

 その一瞬の合間を縫って、私は魔力で強化されたこぶしでオーガの胸を貫く!


「ホアアアアアアアアアアアアアアアアアタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 心臓を狙った致命の一撃!

 オーガの動きが止まり、鮮血が爆裂ばくれつする!


「さすがだよ! ナナシのおじさん! 相手が前に出る勢いを利用した踏み込みと、タイミングを見計らった完璧なカウンターだね! そして、魔力で強化されたこぶしは鋼鉄の門さえ貫く! これを受けて無事な相手はいないよお!」


 と、後ろで人質になっているマヤが手に汗を握り言ってくれた。


 年若い身の上で戦士の攻防を見抜くとは、すえ恐ろしい娘よ……


「く、クロスボウが刺さらなかったオーガを一撃で倒した!?」


「つええ、強すぎるぜ!」


「勇者だ! 勇者が俺たちの村を救ってくれたんだ!!!!」


 大将を失い敗走をはじめた魔王軍とは反対に、村人たちが沸き立つ。


 勇者の名に希望を見出すか。

 やはり勇者は彼ら人族の希望なのだな。


「すごーい! やっぱりナナシのおじさんは無敵だね!」


「ゆくぞ、マヤ。長居は無用だ」


「おっけー!」


 マヤも村の子供たちとおなじく無事に解放されたようだ。


 これ以上の滞在は無用な騒ぎに巻き込まれる。

 戦いのどさくさにまぎれて、いそぎ旅立つとしよう。


「ち、違う、あのお方は、勇者などではない……」


「なに言ってんだよ、じーさん。あの人は勇者様だぜ? 【天に悪の星かがやくとき、地に勇の星あらわる】、じーさんばーさんが大好きな勇者の伝説だろ?」


「【天の闇は深く勇の星をのみこむ。されど、地より深き地獄の門が開くとき、真なる地獄の使者が悪を討つ】」


「……え、じーさん?」


「ワシは見たのだ。あのお方が身にまとう、純粋なる魔の闘気とうきを」


 傷だらけの老人は、天にかがやく太陽を見上げて、ひとりつぶやく。


「勇者伝説とついをなす、地獄の悪魔将軍伝説……そうかあなたが、あなた様が……」


 太陽の光にまぎれて、星は見えない。


 しかし、まぎれもなく“その星”は、そこにある。

 老人にはきっと、その星が見えていた。


 老人は涙を流し、これから戦う戦士たちの宿命を悟る。


「おゆきなさい戦士よ。あなた様はすべてを救う使命を持った、たったひとりの……」


 私とマヤは旅に出る。

 それは果てない戦いの旅であり、マヤが母親の真実を知る求道の旅でもある。


 その道の終わりと安息の時を祈って、老人はこうべを垂れる。


「――あなた様こそは、すべてを救う一番星救世主なのだから!!!!」

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