悪のモブ戦士さん、大魔王に見捨てられた四天王を助けたらなぜか正義側に勧誘されてしまう
@futami-i
第1話 見えるはずだ、夜空に輝く一番星が
「おまえはもう用済みだ」
大魔王が冷酷に告げた。
やつは人族の勇者に敗れた四天王……サキュバスの女を戦いの場で見捨てたのだ。
女の表情が絶望に染まる。
「お慈悲を、お慈悲を!」とあわれを誘う声で
しかし大魔王は意に介さず、高らかに笑う。
「命乞いならそこにいる勇者にするがよい。ワシが築くあらたな時代のいしずえになれることを光栄に思って、死ねばよかろう! はっはっはっ!」
「てめえ、
勇者の青年が怒り、高笑う大魔王の声にくってかかる。
この場に大魔王のすがたはない。
魔法を使って遠くの場所から声だけをこの場に届けているのだ。
大魔王は年若い勇者の怒りなどは気にもとめず……それきり声は聞こえなくなった。
夕刻と夜闇のはざまにある世界、暮れの草原に残されたのは絶望した元四天王のサキュバスと、大魔王の冷酷に怒る勇者と4人の仲間たち……
そして“私”だ。私は地を這うサキュバスに近づき、笑う。
「くくく、あわれなやつよ」
「っ、貴様! 下級魔族のぶんざいで、わたしの
「なんとでも言え。生まれ持った美貌で大魔王様の寵愛をうけていると勘違いしていた、おまえのすがたはお笑いだったぜ」
女はことあるごとに自らの美貌を誇り、大魔王様の
魔族の頂点に立つ四天王のひとりとはいえ、女の高飛車な物言いを嫌ってうとんじる者も少なくない。
ある意味では、こうしてトカゲのしっぽ切りをされたのもあたりまえと言える。
勇者に敗れ、致命傷を負い、死を待つだけの女に情けをかける者は誰もいない。
彼女の部下たちは勇者の強さにおそれおののき、とっくの昔に逃げ出してしまった。
いやおうなく残っているのは、敵前逃亡が即死罪につながる下級魔族だけ。
その下級魔族もみな勇者の剣に倒れ、残っているのは私だけだ。
「大魔王様の心変わりはおそろしいのう! しかし、上級魔族は敵前逃亡しても許されるか。ははは、やつらめ、よい時代に生まれたなあ!」
「笑えばいいわ……どうせわたしは、もうすぐ死ぬのだから、好きなだけ笑いなさいよ」
致命傷を負い、息絶え絶えの女が
涙を流さないのは、魔族の頂点者として四天王のプライドだろう。
「ふーむ、くだらない意地だ。まあいい、ならば――」
「勇者様、なにをやっているんです! 今がチャンスですよ! とどめを刺しましょう! 勇者様がなにもしないなら、俺が四天王の首をとってやる――!!!!」
功を急ぐ若者、勇者パーティの中でも
「四天王の首をとれば王国から報奨金が出る! 楽な暮らしができるぜええええ!!!!」
矛先はまっすぐ女の首に伸びる。
私利私欲で死にかけの者に鞭を打つか、心のせまい男だな。
死にかけの女は抵抗しない。
じっさいもうすぐ死ぬのだろう。死ぬのが早いか遅いか、それだけの話だ。
しかし、涙をみせないとは気丈な女だ。
逃げていったこっぱの魔族どもとは違う。
誇り高い本当の上級魔族よ。ならば――
「ならば、そんな女のために居残る悪魔がいてもよかろう」
「ソイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
「油断したなバカめッ! 死ねいッ!!!!!!!!!!!!!」
私は突撃してくる青年の前に立ち、すれ違いざまに魔力で強化したこぶしをふるう。
そして、一撃!!!!!!!!!
「ぼぶあっ!?!?!?!?」
私のこぶしは一撃で青年の腹部を貫通し、勢いのまま風穴のあいた体を吹き飛ばした。
「セリヌンティウス!!!!」
「残念だが、その男はすでに絶命している」
勇者の仲間たちが悲鳴を上げるが、あとのまつりだ。
「内臓を完全につぶした。いかなる治療魔法でも、蘇生できるはずがない」
勇者が仲間にいる女僧侶に目配せするが、やはり彼女も首を横に振った。
仲間の死にうろたえない辺り、彼らは一流の戦士だ。
おくればせに勇者が剣を構え直し、油断ならない視線で私を射抜く。
「おまえ強いな、何者だ?」
「下級悪魔に名前などないわ! 私はあの一番星と同じ、名無しの権兵衛よ!」
「名無しの権兵衛……」
「立ち去れ。この女、四天王だった者はじきに死ぬ。放っておいても害はない」
「へっ、悪魔の言うことは信用ならない。って言ったら?」
「どうしてもとどめを刺したいのであれば好きにしろ。ただし……」
私と勇者は視線をかわし、凶悪に笑いあう。
「ただしその時には、おまえたちの内ひとりには確実に死んでもらう」
勇者と仲間たちの表情に戦慄のような緊張が走る。
私が冗談で言っているわけではないと、わかってもらえたのだろう。
「ときにそこの女魔法使い」
「へ? わ、わたし?」
「さて……何秒後に死ぬかな?」
私は平手の指を、一本ずつ折りたたんで数える。
カウントダウン。
5、
4、
3、
2、
1――
「わかった。この場は立ち去ろう」
と、勇者が剣を下ろして、この場を収めた。
賢明な判断だ。
窮鼠猫を噛む相手を恐れられるなら、この勇者は長生きできるだろう。
あるいは本当に大魔王様の首に剣を届かせるかもしれない。
「ところであんた、名無しの権兵衛だったな」
「なんだ?」
「あんた、俺たちの仲間にならないか?」
虚を突かれて私は大いに動揺した。
しかしすぐに心を持ち直す。
「やめておこう」
「そっか。残念だ。でもあんた絶っっっ対、悪魔に向いてないぜ!」
「よく言われる」
陽がしずみ、暗闇につつまれた世界で、勇者は背を向けて去っていく。
彼は去り際に一度だけ振り向いて、手を振ってくれる。
「また会おうぜ。名無しの権兵衛」
「今日で最後だ。二度と会うことは無いだろう」
静まり返った草原で、私はひとり女の最期をみとった。
最期のときに、女は私に言葉を伝えてくれる。
「娘がいるの。血はつながっていないけれど、北の雪山のふもとにある人族の村に隠れ住んでいる、人間の娘が……」
「わかった。任されよう」
「ありがとう……」
それきり、女はなにもしゃべらなくなった。
そして私は旅に出る。
勇者に敗れて、生き残ってしまった下級魔族が魔王軍にもどることはできない。
さりとて魔族の私は勇者の仲間になることもできない。
だから私は、北の雪山のふもとにある村をおとずれて、女の忘れ形見をひろう。
「少女よ。見えるはずだ。あの一番星が」
「ねえ、ナナシのおじさん、私たちはどこへ行けばいいの?」
「あの一番星のふもとへ……」
「ヒャッハー! 人間の村だー!」
「略奪だあああああ皆殺しだぜえええええええええええ!!!!!!」
激流のように押し寄せるこっぱ悪魔の軍団が、遠く雪原に見える。
しかし今、ふるえる少女の手を引く私の歩みが止まることはない。
「ゆくぞ。あの一番星のふもとに。キミの母が待つ場所に」
――後の世において、勇者の伝説には奇妙な矛盾が生じる。
ありえない短期間で大戦果を挙げた勇者の伝説を吟遊詩人の作り話とうたがう者も多い。
しかし勇者の実在は確かであり、その功績も現実のものであった。
ゆえに彼は勇者の“影”となる。
名無しの男が歩んだすべての道のりは勇者の功績として称えられるのだ。
これは暗黒の時代に生まれた、勇者とは違うもうひとりの――
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