Z世代の女子高生

八木沼アイ

とある女子高生のお話

 私達はZ世代という名称で括られる。


 Z世代の人達はインターネットリテラシーが高く、自身の生活をいかにして効率化することを求める傾向にある。実際に私もそうだし、否定はしない。自分の生活が第一だし、友人のゴシップとかコミュ力を身に着けようとか実のところ興味はない。

 友人はネットニュースをそのまま覚えてきたような調子で、毎朝私の机に乗りながら得意げに話す。そのため私がニュースを見る必要がない。彼女が1から10までその日の出来事をきれいにまとめてくれるから。


「んでね、ここでトップニュース、今、私達の学校の前にはパトカーが集まっています。なぜでしょう」

「あー、先生の車が生徒が乗ってる自転車と接触事故起こしたんでしょ」

「え、なんでしってんの」

「さすがにでしょ」


 いくらニュースに興味がない私といえども、ここからでも見える非日常感漂った景色は見ないほうがおかしい。階段を登ってる途中に嫌でも耳入ってきた。といっても、普段はイヤホンをして、外界からの情報を極力遮断している。今日は占いが2位だったので、なにか良いことがないかと浅薄な希望で外してみたが結果はこれだ。あまり気持ちの良くないニュースが、友人からではなく生徒の口から聞けるとは思いもしない。


 パトカーとともに続々と野次馬も集まっている。片手に携帯を持って。

 自転車がひしゃげているのが3階の教室からも見てわかるので、近くで見たら、酷い有り様だろう。多分、今インスタを開いたら、彼らのストーリーはこの話題で持ちきりだ。彼ら彼女らは、わざわざ事件現場まで行って写真を撮り、ネットに投稿する習性がある。将来は記者にでもなるのだろう。実に立派だ。私はそんな彼らの習性を咎める気はないが、友人は違ったらしい。


「あいつらってすぐ事件の当事者気分になって語りたがるよね〜、ほんと滑稽なんですけど」

「なんでそんな酷いこというの」

「えーだって、」


 彼女は彼女なりの意見を、いかにも正論であるかのような口ぶりで話す。彼女のそういうところを嫌いにはなれない。


「私はあーなりたくはないからかな」

「もう遅いでしょ」

「ひど」


こんな短絡的な会話をしてる最中でも、いま視界の端で起こっている事件は収まりを知らない。目を向けてみると、どうやらさっきよりも野次馬の数が多くなっているみたいだ。

 昨日、冷蔵庫に賞味期限切れの安売りで買った肉があることを思い出して、すぐに調理しなきゃと開けてみたら大量のウジが湧いていた。私はその肉とこの光景は、さして大差ないのではないかと考え始めた。もうすぐ事故が起きて30分を過ぎようとしている。


「あー、今日の大きな話題はこれで終わりかー、」

「逆に、これ以上大きなことは起きてほしくないけどね」

「へー、うそ」

「ばれたか」


 殊の外、私も楽しんでいるようだった。朝のホームルームの時間が刻一刻と迫ってる中、炎上しそうなネタに食いついていた虫たちが校舎という巣に戻っていく。ここから見える彼らの様子はさながらアリの行列のようで、少し滑稽に思えてしまった。


「あ、トイレ行くけど一緒に来ない?」

「行くわ」

 彼女に誘われるがまま、廊下に出る。すると帰ってきた生徒たちが呼応し共鳴するかのようにはしゃいでいた。


「マジやばくね」

「それな、あれはやばいわ」


 やばい、という鳴き声を持つ彼らには、同情する。感受性や語彙力といった部分でどこか欠落している様子が見受けられる。

 まぁ、最近だと、ショート動画の需要が高まって、視聴者の感情をいかに揺さぶれるかが、その市場での価値を示すらしい。だから、名著や傑作と呼ばれる映画に触れようとはしないのだ。むしろ彼らは興味がない。

 残念だが、そうさせてしまったのは環境だ。周囲が、みんなが、スマホが、それらを免罪符にして頭を預けてしまう。そうなれば話は早い。みんなその情報に、雰囲気に感染してしまえば怖くない。みんなゾンビなら怖くない。そんな安着な思想に傾いてしまったのが、あの炎上に群がる虫どもであろう。


「・・・って聞いてる?」

「ああごめん、帰りにアイスクリーム屋に寄る話だっけ」

「全然聞いてないし、だからさっきのチャリの話、あれさ、うちのクラスの生徒らしいよ」

「・・・だれなの」

「わからない」

「わからないんかい」


 この子は私の情報屋なんだからしっかりと役割を果たしてほしいものだ。そんな心にも無い言葉を浮かんでくる私の心は、きっと他力本願ゆえだろう。すると、校内に録音された鈍い金属音が響き渡る。

「あ、もう時間だ」

「いそげいそげ」


 走ってクラスに戻ると、厳粛な空気を漂わせた教室が待ち構えていた。入りづらいと思いながらも、入らなくては更に怒られるので、申し訳なさそうに入る。教室の後ろを通って、先生の顔を伺った。憤怒、より早く座れと言わん顔だ。そして黒板の前に知らない子が立っていた。


「おっそ、はよ二人座れ。転校生を紹介する、どうぞ」


「はい、私の名前は、宇宙ジン、です」

「は?」


私は戸惑った。なんでみんな受け入れてんの?え?確かに姿は可愛い女子高生だけど、あの頭の先についてるポンポンの触覚。みんな見えてないの?


「ということで、今日から加わるクラスメイトだ。みんな仲良くしてやれよ」

「「はーい」」


はーい、じゃねぇよ。そんなこんなで、朝のホームルームが終わった。


「ねぇ、めっちゃ可愛くない?」

彼女も含め、みんな受け入れている様子だった。

「いや、え?宇宙人だよね?」

「え、うん」

「今朝の事件よりびっくりしてんだけど」

「あー、あれ、あの子のせいらしいね。なんか、地球にきて、まだ1週間とかしかいないから、自転車の漕ぎ方とかわからなかったみたい」

「へぇ~、そうなんだ。ってなるかよ」

「うわ、ノリツッコミされた」


「もう気になりすぎるから話しかけてくる」

「いってら」


さすがにあれは見過ごせないだろ。


「ねぇ、なんであなたこの星に来たの?てかその触覚何?」

「え、ちょっとまって、なんであなた見えてるの?」

「私も宇宙人だからだよ、センサーが多分自転車の事故で破損してる」

「あれ?あ、ほんとだ、コードが抜けてた。他の擬態装置は無事みたい」

「危ないなぁ。この星の生命体には見えなくて助かったけど、私たちには見えるんだから気を付けてよね。他の宇宙人にバレたら敵対されるかもしれないんだから」

「うん、ありがとう」

「はーい」

「ところであなたは?」

「この星の保安部、上司がこの星の食べ物が好きだから守れってうるさくてさ。だから警戒してたわけ」

「そうなんだ、ありがとう」

「ところであなたは何を目的にこの星に?」

「えーとね」

「うん」

「私の上司が、Z世代の動向に興味があるから調べて来いって」

「なるほどねぇ、だから女子高生の姿なんだ」

「なんであなたは女子高生の姿なの?」


「それはね、人間をおびき寄せて食べるのに、最も合理的な姿だから」


「あんたたち~何話してんの~」

「なんでもないよ~」


次は彼女でいいか。

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